第6話

 あれから、どれくらいの時間が経ったのか。


 私は鉛を流し込まれたみたいに、体が重たくて仕方なかった。それでも、頑張って瞼を開ける。ぼんやりとだが、見覚えのある少女や中年男性、似たような年齢の女性がいるのが分かった。少女は親友の理咲、中年男性は父で。女性は確か、母方の叔母だ。皆、驚きの中にも安堵を滲ませた表情だった。


「……りさ?」


「……うん、明里。良かった〜」


 理咲は涙ぐみながら、私の右手をぎゅっと握る。その手から伝わる温もりに寂しさではなく、安心感が湧いてきた。


「あの、理咲。ありがとう」


「ううん、あたしじゃなくて。おじさんや加苗かなえさんにお礼を言ってね」


「……うん、分かった」


 私は頷いた。理咲は泣き笑いになりながらも、叔母に席を譲る。


「……明里、目が覚めたのね。心配したのよ」


「加苗叔母さん、あの。ありがとう」


「あんた、四日近くは意識不明だったのよ。事故にあったと聞いた時は気が気じゃなかったわ」


 叔母はそう言って、ハンカチで目元を押さえた。私は中一の頃に母を病気で亡くした。それ以来、叔母には凄くお世話になっている。


「……明里、お前が事故にあったと言うのに。側にいてやれなくて、すまない」


「お父さん……」


「今日は土曜日だったから、お見舞いに来れたんだ。意識が戻って良かったよ」


 父はそう言って、私の頭を撫でた。大きくて骨ぼったくはあるが、温かい手だ。小さな頃を思い出して懐かしくなる。


「明里、お前が目覚めた事を先生に伝えてくるよ。ちょっと、叔母さんや理咲ちゃんと待っていてくれ」


「うん」


 頷くと、父は病室を一旦出た。私は叔母や理咲と三人で待った。


 しばらくして、主治医の先生と看護師さん達がやって来た。先生は私の診察をして、一通り確認してから言った。


「……うん、問題はないですね。西藤さん、他には違和感はない?」


「ないです」


「ふむ、それにしても。奇跡としか言いようがないですよ、あれだけの大怪我だったのに」


 先生は心底、驚いたと言う表情で告げた。私は苦笑いするだけにした。


 その後、私は改めて診断結果を聞いた。何でも、頭部や体を強く打ち付けていて一時は危篤状態に陥っていたらしい。特に酷かったのが後頭部で、出血もしていた。父が言うには大手術だったとかで。病院に救急車で搬送された後、手術が終わるまでに約三時間は掛かったらしい。しかも、左足の脛の骨にもヒビが入っていた。だから、そちらの手術もやり、大変だったとは先生も話していた。


 入院期間は約二ヶ月くらいだとか。両手は無事だったので、食事や勉強には困らなかったけど。着替えやトイレ、お風呂などはかなり苦労した。まあ、叔母や看護師さんがサポートはしてくれたが。

 私はリハビリもこなしながら、入院生活を過ごしたのだった。


 意識が戻ってから、早くも半月が経った。車椅子に乗った状態でなら、病室を出る事もできるようになっている。廊下をゆっくりと進んでいた。そうしたら、白金色の目立つ髪に琥珀色の瞳の超がつくイケメンが佇んでいた。


「……よう、久しぶりだな」


「……あ、ライさん?」


「そうだ、意識が戻ったって聞いたんだ。それで来てみた」


 イケメンもとい、ライさんはコンビニのレジ袋を右手にさげながら、ニカッと笑いかけた。私は嬉しさやらが混ざり合い、泣きそうになる。


「なっ、明里ちゃん。ここで泣くのは我慢してくれよ?」


「分かった、ごめん。ライさん」


 ライさんは眉を八の字に下げながらも私の車椅子を押してくれた。自分でやるよりも、速く進む。やはり、自身よりは力があるなと思う。病室に向かったのだった。


 病室に入ると、ライさんは私がベッドに戻るのを手伝ってくれる。車椅子から降りる前にしゃがみ込んで、スリッパを脱がしてくれた。そうしてから、両手の力と無事な右足の力で車椅子から降りる。ライさんがすかさず、私の両手を握った。左足はびっこを引きながらもゆっくりとベッドの端に座る。


「ありがとう、ライさん」


「いや、これくらいは慣れてるから」


 ライさんはそう言って、私にレジ袋を手渡してきた。受け取り、中身を見る。バームクーヘンやシュークリームなどのスイーツに温かいミルクティーがあった。どうやら、差し入れとして買って来てくれたようだ。再度、お礼を言った。

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