第26話

「アベ……?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかったが、阿倍御主人のことだと一瞬遅れて気がついた。


「てかさー、なんでアンタがアベちゃんに成り代わってるワケ?」


 俺は真実を伝えるかどうか迷ったが、嘘をついても仕方がない。


「阿倍御主人殿はそなたに宝を届ける道中、山賊にやられて命を落とした」


 一瞬、かぐや姫は何を言われたかわからない様子で口を開けた。


「え……ウソ」


 かぐや姫はその事実に少なからぬ衝撃を受けたようで、手を口に当てて絶句した。


「残念ながら、嘘ではない。余が見つけた時には、すでに賊に襲われた後でこと切れていた」

「え、どうしよう……アベちゃん結構気に入ってたから、マジでショックなんだけど……」


 かぐや姫は少し涙目になっているようだった。

 うつむくかぐや姫を見て、俺は少し同情した。

 もしかすると、本心から阿倍御主人に好意を抱いていたのかもしれない。

 俺はかぐや姫に向かって話を続けた。


「犯行現場を見た我々にも危害が及びそうだったので、犯人を追跡した。すると、京の外れにある屋敷の廃墟に住み着いていた山姥が、お主の身体目当てで襲ったことがわかったのだ」

「私の……カラダ目当て!?」


 かぐや姫はサッと手を身体に回して身を硬くした。


「本当に文字通りの意味だ。どうやらお主の若さと美貌を自分のものにしたかったらしく、魂と身体を取り替えてお主本人に成り代わろうとしていたらしい」

「え、そんな事できるの!?」

「まあ、山姥だから妖術の類でも使うつもりだったのだろう」


 余計な脇道に逸れないよう、俺は三枚の札のことは伏せておいた。


「だが安心せい。山姥は倒した。そなたに降り掛かろうとしていた脅威は、すでに去ったのだ」

「え、ツルちゃんがやっつけてくれたの!?」

「桃太郎と家来たちも助太刀したがの」


 かぐや姫は目を潤ませて俺を見た。


「え、もう私のヒーローじゃん!アベちゃんの仇まで取ってくれたんだね、ありがと!」


 かぐや姫はとびきりの笑顔で俺に微笑み、俺に抱き着いた。

 なんだこの娘。

 可愛すぎるだろ。


 俺は女の子だから正確にはヒロインなんだ云々という桃太郎にも思ったことを頭の中に繰り返していたが、そんなことはどうでもいい。

 その可愛さに俺は不覚にもかぐや姫にときめいてしまったが、その感情を振り払って言った。


「そういえば阿倍御主人がそなたに渡そうとしていた宝だが、ここに——」


 俺はそう言いかけたが、ふと何かが心に引っかかった。


「時にかぐや姫よ、そなた、『竹取物語』のあらすじは知っておろうな」

「うん、前に学校で習ったの覚えてるから大体知ってるけど、それが何?」

「では、この異世界転生の仕組みは知っているのか」

「え、何その『仕組み』って」

「余は幾多の転生を繰り返して異世界のシステムについてある程度の知識を持っている。それをそなたにも教えよう」


 俺はかぐや姫に向き直った。


「異世界転生したものは、転生先の世界で命を落とした場合、次に別の異世界へと再び転生するのだ。その際に前世の記憶を保持できる者とできない者がいるらしい。余は過去からの歴代の異世界の記憶をなぜかほぼ全て保持できている。まあ、そもそも自分が何だったかと、最初当たりの記憶はなくなりかけてはいるがな……」


 かぐや姫がぽかんとして俺の顔を見ていたが、俺は話を続けた。


「転生先の異世界は、現世でどれだけ役割を全うしたかによってグレードが変わる。成功した人生を歩めばより望ましい異世界、失敗すればより望ましくない異世界に転げ落ちていく。余は中世ヨーロッパ風の世界が好きだが、前世で魔王として勇者に敗れたので、この日本風おとぎ話の異世界に落ちてしまったというわけだ」


 かぐや姫は混乱した様子で俺に尋ねた。


「え、何か一気に色々言われてもわかんないんだけど……てか私、この世界割と好きなんだけど」


 女子校生にしては古風な趣味だなと思いつつ、そういった偏見は良くないと俺はすぐに自分を戒めた。

 今まで考えもしなかったが、そもそもこの世界は俺にとって魅力がないだけで、他の転生者にとってはより望ましい世界なのかもしれない。


 かぐや姫は頭を抱えながら言った。


「……えーとさっきの話だと、私もこの世界で役割があって、それを達成しなきゃダメってこと?」

「その通りだ。そなたは『竹取物語』のかぐや姫の役割を与えられている。死後により望ましい異世界に転生したくば、本来のストーリー通りに話を進めなければならない。『竹取物語』のあらすじ通りでは、そなた、つまりかぐや姫は求婚してきた貴公子たちに宝を入手してくるよう難題を課し、求婚を全て断る必要がある」


 かぐや姫は途端に神妙な顔つきになった。


「そっか……じゃあ、アベちゃんと結婚はできなかったんだね。まあ、どっちにしろもう死んじゃったなら、もうどうしようもないか」


 そう言って、かぐや姫は肩を落とした。

 目には再びうっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。


 かぐや姫と阿倍御主人との間に何があったのかは知らないし、知る必要もない。

 ただ、やはり彼女は本心から彼に好意を持っていたことだけは確かなのだろう。

 俺は携えてきた偽物の皮衣を取り出した。


「ここに『火鼠の皮衣』がある。ただし、これは余がこしらえた偽物だ。ストーリー通りに進めるのならば、そなたがこの皮衣の真贋に疑いの目を向け、本物であれば燃えないはず、と言って火にくべればよいだけだ。そうすれば阿倍御主人の求婚は失敗に終わり、次のシーンへと話が進むはずだ。また別の貴公子が偽の宝を持って、そなたのところへやってくるだろう」

「え、ちょっと待って、これツルちゃんが作ったやつなら、アベちゃんはお願いしてた宝はどうしたの??持ってなかったってこと??」


 俺はついうっかり口を滑らせたのを後悔したが、もう遅かった。

 盗賊に盗まれたまま見つからなかったと言い訳もできたが、先ほどかぐや姫の阿倍御主人を想う心を聞いてしまった以上、嘘をつくのも心苦しく感じてしまった。

 俺の手は、自然と本物の「火鼠の皮衣」に伸びていた。


「……本物はここにある。我々が山姥たちから取り返した」


 俺はかぐや姫に本物の皮衣を手渡した。

 かぐや姫は目を輝かせてそれを受け取ると、手元で広げた。


「キレイ……」


 薄明かりの元にあってなお、皮衣は玉虫色の輝きを放っている。


「アベちゃん、私との約束、ちゃんと果たしてくれてたんだね」

「余が持っている鑑定スキルで真贋を確かめたが、間違いなくこれは本物の『火鼠の皮衣』だった。念のため、元々破れていた切れ端を火にくべてみたが、やはり燃えなかった」


 かぐや姫は口を閉じたまま首を振る。


「そんなことしなくても、これが本物だってことくらいわかるよ」


 そう言って、かぐや姫は皮衣を抱きしめた。


「……これは元々そなたに届くべきものだったものだ。そなたの手元にあるべきものかもしれない」


 俺は自分で余計なことを言っているのはわかっていたが、かぐや姫のこんな姿を見せられてはそれ以外の選択肢はない。


 こういう詰めの甘さが前世の魔王で勇者に敗北した原因であることは承知しているが、この欠点ばかりは俺の原初から引き継いでいるものでどうしようもない。


 今さら確かめようがないが、もしかするとあの男も転生者だったのではないだろうか。

 俺はずっと、なぜあの男が本物の「火鼠の皮衣」を持っていたのかが気になっていた。

 ただの現地人キャラであれば、ストーリー通り偽物の皮衣を持ってきたはずだ。


 異世界のシステム上も、デフォルト設定であればアイテムとして偽物を取得するはずだ。

 あの男はそれが偽物だと知った上で意図的にそれを捨てた。

 つまりストーリー完結を放棄し、本物を探してきたということに他ならない。

 この異世界転生システムを知っていたのか知らなかったのかはわからないが、いずれにせよあの男は『竹取物語』のストーリーを捻じ曲げてでもかぐや姫と結ばれる道を選んだのだ。


 かぐや姫はしばらく皮衣を眺めていたが、やがて何か覚悟を決めたように口を開いた。


「やっぱいいや。てゆうか、これ貰っちゃったら私、ツルちゃんと結婚しなきゃならないってことだよね」

「いや……さすがにそうはならないと思うが、うまくストーリー破綻させないようにそなたへ渡す方法があるかもしれん」

「でも、やっぱりいいや。アベちゃんの想いがわかっただけで、私は十分」


 そう言って、かぐや姫は皮衣を俺に戻した。


「これ、ツルちゃんにあげる」


 俺は驚いてかぐや姫を見た。


「……しかし、良いのか?そなたと阿倍氏の大切な思い出の品だろう」

「だからだよ。これ見てたらアベちゃんのこと思い出しちゃうし。私はストーリーを前に進めることにするよ」


 かぐや姫は俺が作った偽物の皮衣を手に取った。


「おんじ!火鉢持ってきて!」


 すると、どこに待機していたのか、火鉢を抱えた翁が暗闇から現れた。


「かぐや姫、これで良いかの?」

「うん、ありがと!」


 かぐや姫は立ち上がって簾を更に上げ、偽物の皮衣を持って部屋の真ん中に置かれた火鉢のところまで歩いていった。

 火鉢が熱くなっているのを確認すると、かぐや姫は口を開いた。


「この皮衣、本物なら燃やしても燃えないはず。もし本物なら求婚を受け入れます」

「姫!阿倍殿を試すような真似はいけませんぞ!」

「試すのは良くないですが、それでも燃やしてみましょう」


 かぐや姫はセリフの棒読みのようにそういうと、偽物の皮衣を火鉢にくべた。

 衣はチリチリと焦げ、大きな炎も出さずにあっという間に燃え尽きた。

 翁はがっかりした様子でそれを見つめる。


「なんと、偽物だったとは……」

「これでおしまい。おんじ、下がっていいよ」


 翁ががっかりした様子で肩を落として去っていくのを見届けるかぐや姫の瞳は、燃え尽きる衣の残り火を映し出し、赤く怪しげにゆらめいていた。

 その目、その表情から、その心の内を推し量ることはできない。


 翁がいなくなったところで、俺は気になっていたことをかぐや姫に尋ねた。


「時にかぐや姫よ。そなた、一体どのようにしてそのスマホを異世界に持ち込んだのだ」

「え??フツーに欲しいなって思ったら出てきたけど」

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