第24話
「おー、ツルちゃん、もう帰ってたの」
桃太郎が玄関の方から庭園を渡って母家へと戻ってきた。
「桃太郎よ、何か収穫はあったか」
「とりあえず都の北側で聞き込みしまくってたんだけど、なんか最近、東山の方で鬼みたいな怪物を見たって人が何人かいたねー」
東山と言えば、清水寺のある辺りだ。
あのあたりに鬼が出没しているのは間違いない。
一寸法師は二日後に姫とお参りに行くと言っていた。
やはり、あちらのストーリーに乗っていけば確実に鬼と遭遇できそうだ。
あとはうまく桃太郎たちを誘導して、一寸法師を追跡する作戦に乗せればいい。
「奇遇だな。実は余も同じような情報を得た。しかも、近々東山の寺に鬼を退治しに行くという侍と出会った。嘘か真か怪しいところではあるが、その男が言うには、どうやら鬼の居場所を探知できるらしい」
もちろん嘘だが、ストーリー上は一寸法師と姫が鬼と出会うのは間違いないだろうから、そう言っておいて何ら問題ない。
「え、マジで?じゃあ、そいつと一緒に行けば鬼と戦えるってこと?」
「余もそう思ってその男に交渉したのだが、どうやら連れの姫に格好をつけたいらしく、一人で戦いたいとのことだった」
「あー、そういうタイプ」
「だが、我々が後ろからそやつの後を追う分には問題ないとのことだった。出発は二日後の朝、目的地は清水の寺らしいから、我々もこっそり後をついていこう」
「二日後かー。まだ結構時間あるね」
「実はもう一つ、我々で解決しなければならない問題が出てきた」
桃太郎が驚いた表情で俺を見る。
「え?なんかあったの?」
「実はあの山姥にやられた貴族だが、朝廷の高官らしい。昨日、我々がその男のフリをして都に入ったのを複数の人間に目撃されていたようだが、今日になってその男が大内裏に出勤していないことが京の町で噂になっておった」
「それがなんかまずいの?」
「問題は、男がこの京に入ってから行方知れずになったことが噂になっている点だ。朝廷の高官がそのような事態になったとあれば、京の町中に捜索の手が伸びるだろう。中にはこの近辺に物の怪が棲んでいて、男はそやつらに攫われたと噂をしているものまでいた」
「おー、すごい。当たってんじゃん」
「感心している場合ではないぞ。もしその噂から捜索の手が実際にこの辺りまで伸びれば、せっかく見つけたこの便利な根城も放棄せねばならん」
俺は庭の影に停めてある牛車を指差した。
「噂が広まっている以上、あの牛車を下手に外へ出すわけにもいかないが……あれがここにあると重点的にこの屋敷が捜索されてしまうだろう」
「確かにそれは困るね」
「だから、少なくともしばらくはあの男が生きていると偽装する必要がある」
桃太郎は首をひねった。
「あれ、でもそんな事できるの?俺らの誰かが変装して出勤しても、すぐにバレるでしょ」
「もちろん大内裏になど行かぬ」
「じゃあ、どうすんの?」
「あの山姥が言っていただろう。男は元々、手に入れた宝を手にかぐや姫の元へ求婚しにいく途中だったのだ。我々でそれを再現すればいいだけだ」
「え、そんなんで大丈夫?」
大丈夫かどうかはわからないが、俺の真の目的は『竹取物語』にこれ以上ストーリーの歪みを生じさせないことも兼ねている。
何とかそれらしい理由をこじつけて、桃太郎を説得しなければならない。
「大丈夫だ。余に作戦がある」
俺は先ほど織り上げた衣を手に取った。
桃太郎が物珍しそうにそれを眺める。
「あれ、これどうしたの?すげー綺麗な着物じゃん」
「これは本物の『火鼠の皮衣』の代わりに作った偽物だ。余が男のフリをしてこれをかぐや姫の元まで持っていく。さすれば、少なくとも町の者どもには男が生きていてかぐや姫の元へと向かったことまで認識させることができる」
「え、でも偽物持っていって大丈夫?」
「むしろ偽物である必要があるのだ。本物を持っていって、余がかぐや姫と結ばれても、それはそれでまずかろう。そもそも余は女だ。この時代設定で女と結婚はできぬ」
「あ、確かに!」
桃太郎は手を打った。
「男が無事生きていて、かぐや姫に会いにいったと言うところまで町の者に認識させれば良いのだ。皮衣が偽物だとバレれば、かぐや姫は男の求婚を断って屋敷から追い出すだろう。そのまま傷心のフリをして京外に出れば、少なくともこの屋敷から町の者の目を逸らすことができる」
「なるほどねー!何か面倒臭い作戦だけど、それで何とかなりそうな気がするね。さすが俺らパーティーの軍師、ツルちゃん!」
そう言って、桃太郎は俺の肩を叩いた。
「で、いつかぐやちゃんの御殿に行くの?」
「今夜だ」
「え!?さすがに急すぎない?」
「先ほども言ったろう。右大臣が京に入ったまま行方知れずになっていることは、すでに京じゅうの噂になりつつある。明日も続けて行方がわからないまま大内裏に出勤もせずにいれば、さすがに捜索隊がすぐに編成されてしまう可能性が高い。できれば早めに右大臣が『存命』であることを町の者に見せておきたい。だが、夜が明けるのを待ってから明日に街中へ顔を出してしまうと、普通に考えてまず出勤しないとおかしいだろう」
「あー、なるほどね。確かに言われてみれば」
「今宵であれば、大内裏ではなくかぐや姫の御殿に向かっても不自然ではない。その後で京外に出てから行方をくらましたフリをする」
「オッケー。じゃあ、牛車の準備をしておいた方がいいね」
「手間をかけるが、頼んだぞ。余は貴族の出立ちに変装してくる」
桃太郎が牛車の様子を確認しにいっている間に、俺は貴族の装束に着替えることにした。
そもそも必要がなかったので探していなかったが、ここは元々貴族の邸宅。
どこかに鏡があるはずだ。
俺はそう思い屋敷中を探し回ったが、それらしいものは見つからない。
唯一奥の部屋にあった鏡は、粉々に砕かれていた。
部屋は特に荒らされた様子もないので、意図的に割ったのだろうか。
小さな破片になるまで執拗に砕かれているところを見ると、何か強い意思を持って割られたのかもしれない。
この部屋で鏡を割る必要のある、何か怪しげな儀式でも行われていのだろうか。
それとも、これもあのババアの手によるものか。
鏡を粉々にするほど自身の容姿を嫌っていたのなら、身体の乗り換えはあのババアにとって悲願だったのだろう。
だが、この異世界においては勝ち残ったものだけが次の果実にありつける。
かくいう俺も、その無慈悲なゲームのプレイヤーでしかないのだ。
仕方がないので居間に戻って着物の上から装束をまとい、髪を上げて烏帽子を被った。
ちょうど桃太郎が牛車の点検を終えて帰ってきたところだった。
「桃太郎よ。余の出立ちは大丈夫か」
「オッケー!ちゃんと着れてるよ。似合ってんねー」
夕陽が山際に沈みかけている。
「日が暮れるな。急いで準備をしてかぐや姫の御殿へ出かけよう」
桃太郎は屋敷の門の様子を伺い、あたりに人がいないかを確認した。
元々この辺りは住居として不向きだったのか、エリア全体が打ち捨てられたような感じだったので、町の者は皆、気味悪がって、この時間にたむろしている者もいなかった。
「大丈夫そうだね」
俺はポチと猿を見やる。
「こやつらは留守番をさせておくか。さすがに屋内には入れてもらえないだろうし、牛車で待機していてもやることがなかろう」
ポチと猿は寂しそうに鳴いていた。
「そう悲しそうな顔をするな。前にも言ったが、ここは人通りがない分、他の賊がうろついているかもしれん。この根城を守るのがうぬ等の役目だ」
しかし、ポチが頑なに唸りながら俺の足に抱き着いて離れない。
「……仕方がない。ポチだけ連れて行くか」
その途端、ポチはキャンキャンと嬉しそうに鳴いて俺の足元でくるくると走り回った。
俺は先ほど急ごしらえした偽物の皮衣を手に取った。
何気なく部屋の隅に目をやると、床に置いてあった本物が目に入る。
暗がりの中ですら、やはり輝きが別格だ。
俺はふと思い立ち、念のため本物の「火鼠の皮衣」も携えていくことにした。
俺はポチを抱えて牛車に乗り込み、桃太郎が屋敷の門から慎重に車を出す。
無事、誰の目にも触れぬように大路まで出ることが出来た。
後は逆に、道行く人の目に触れるように牛車を進めればよい。
俺は牛車の簾から外の様子を垣間見た。
もう日も沈んでいたので人通りはまばらだったが、道行く者の何人かが俺たちの牛車を見て指を差したり、小声でひそひそと会話を始めた。
どうやら車の家紋から右大臣であることに気づいたようだ。
まずは第一段階。計画通りだ。
その時、どこからか男が大路を走ってきた。
服装から見るに、朝廷に仕える官吏と思われた。
「待たれよ!その家紋、阿倍御主人殿の牛車ではござらぬか?」
桃太郎は俺の方を向いたので、俺は簾を上げてうなずいた。
桃太郎はそのまま男の方へと向き直る。
「そーだけど、どした?」
男はタメ口で話す桃太郎を訝しげに見つめる。
「貴様、どうしたなどと言っている場合はではないぞ。宮中は御主人殿の行方がわからなくなってから大騒ぎじゃ。これまでどちらにおられたのだ」
桃太郎は頭を掻きながら面倒臭そうに答える。
「いやー、なんか町のみんな、かぐやちゃんに告ったのがどうとかうるさいから、夜まで隠れてたんよ」
「そんな……いくら御主人殿とは言え、そんなものにうつつを抜かして政の業務をおろそかになさるなど、一体、どういう了見——」
桃太郎は男を制して言った。
「もー、わかってないなぁ。そういう無粋なことは言わない約束よ。それくらいかぐやちゃんへの愛が深いってこと、わからない?」
男は桃太郎が何を言っているのか理解できない様子で口を開ける。
「わからないって……そんなもの、わかるわけないだろうが!」
「まーまー、そう熱くなりなさんなって。明日になったらちゃんと出勤するから」
桃太郎はそう言って男を追い払う仕草を見せた。
「さぁ、どいたどいた。これからかぐやちゃんのところに言って、ビシッと決めてくるから、アンタはこれ以上邪魔しないでね」
桃太郎は呆然と立ち尽くす男を尻目に、牛車を急がせた。
「あ……こら、ちょっと待て!」
男から逃げるように、牛車はどんどんかぐや姫の邸宅へと進んだ。
俺は簾の奥から桃太郎に声をかける。
「先ほどはうまくかわしてくれたな。多少、強引ではあったが」
「まー、あれくらい朝飯前ってことよ」
「これで阿倍御主人が今夜かぐや姫に求婚しに行くことは再び京の噂として広まるだろう。計画の第二段階まで完了だ」
牛車をしばらく走らせると、大路から続く一際大きな邸宅が見えてきた。
この屋敷も三条の藤原氏の大邸宅と同じく、区画の端から端まで続く長い塀に囲まれ、中心に大きな門を構えていた。
門の前には侍と思われる用心棒までついている。
桃太郎は門の前で立ち止まり、侍たちに話しかけた。
「すんません。ここってかぐやちゃん家っすか?」
いや……もうちょっと聞き方があろうだろうに。
いきなりの質問に、用心棒たちは顔を見合わせて一気に警戒心を露わにした。
「貴様、何やつだ」
どうやら完全に目をつけられたようだ。
桃太郎は得意げに牛車の御紋を指差す。
「この家紋、見てわかんない?」
あたりがすっかり暗くなっていたせいか、用心棒たちは松明を掲げながら目を凝らし、牛車の側面を凝視する。
阿倍家の御門に気づくと、急いで居住まいを正し俺たちに頭を下げる。
「これはとんだ御無礼を致しました……!」
「いいってことよ」
用心棒たちは昨日の侍のように、頭を地面にめり込ませて土下座した。
やはりこのスタイルはこの異世界のスタンダードなのだろうか。
「今からかぐやちゃんに告りにきたんだけど、まだ起きてる?」
「かぐや姫様は気まぐれだ。今宵は起きていると思うが、しばし待たれよ」
そう言って用心棒は屋敷の方へと走っていった。
地面の玉砂利の音がはるか向こうへ遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
一体、どれだけの敷地なのだろうか。
普通の屋敷が3つか4つほど入りそうだ。
一体、どれほどの財宝を手に入れればこんな豪邸が建つのだろうか。
そのうち、先ほどの用心棒が戻ってくる足音が聞こえた。
「かぐや姫様は床に入るところであったが、阿倍御主人殿のご来訪を告げたところ、是非お会いしたいとのことだ」
「なんだか悪いねー、寝ようとしてたところ、無理いっちゃって」
「いや何、求婚を迫ってきた過去の男どもの中には、はるかに酷い下郎どももいたからな。これくらい何のことはない」
用心棒は俺たちを邸宅の敷地の中へと招き入れた。
しばらく進むと車寄せのような場所に出たので、桃太郎が牛車を牛から外してくびきを台に乗せた。
俺が車から降りたまさにその時、屋敷から一人の老人が走ってきた。
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