第23話

 一寸法師は呆気に取られた表情で俺を見ていたが、これで俺の言うことも信じてくれるだろう。


「そなたが鶴だったとはな……さっきから新情報が多すぎて、頭がついていかん」

「余の他にもクエストを外れてストーリー乗り換えを試みた転生者がいるようだが、まあいい。本題に戻らせてもらう。先ほど申した通り、余は『桃太郎』でのストーリー完結を目指しておる。そのためには鬼退治が必要だが、どうもパーティーのリーダーである桃太郎が鬼の討伐を軽く考えているようでな。余が諭して、先に鬼の基本情報を調べ、対策を練り上げてから討伐に向かうことにしたのだ」


 一寸法師は腕を組んで俺の話を聞いていたが、訝しげに尋ねた。


「なるほど。して、まさか拙者に『桃太郎』のパーティーに加勢して共に戦え、などと言うのではあるまいな……」

「さすがにそこまでは考えてはおらぬ。むしろ、うぬはうぬで『一寸法師』のストーリー完結での転生を考えているのだろう」

「当たり前じゃ。悪いがそれで忙しい。そなたたちへの協力はできん」


 話が変な方向に逸れてきそうだったので、俺は元に戻した。


「いや、待ってくれ。先ほどの話の通り、うぬに我々の鬼退治へ加勢してもらうつもりは毛頭ない」

「では一体、拙者に何用じゃ?」

「我々はひとまず鬼の情報が欲しいのだ。確か『一寸法師』の話では、うぬが仕えている姫君が寺社仏閣の参拝中に鬼に襲われるところを、うぬが追い払って助けると言うストーリーだったな」

「その通りじゃ」

「うぬが鬼を追い払った後、我々で鬼の情報収集と調査を兼ね、鬼と対峙したいのだ。うぬが万一鬼にやられかけても、そばに我々が入れば加勢することも可能だ。ストーリー完結の成功確率も上がるだろう。うぬにとって、悪い話ではないと思うが」


 それを聞いていた一寸法師の表情が徐々に変わり、安堵しているように見えた。


「なんじゃ、それならそうと早く言ってくれればいいものを。今の話なら、請け負うことはやぶさかではないぞ。むしろ、拙者としても助かる」

「では、決まりだな。そちらのストーリーはいつ頃動きそうなのだ」

「確か、姫が二日後に清水へ詣でたい旨の話をしていた」

「では、我々はこっそりとその後をつけていくことにしよう」

「承知した。だが、くれぐれも姫君の前で鬼を倒すようなことはせんでくれよ」

「もちろんだ。それくらいは理解している。あくまでストーリー上は、『一寸法師』であるうぬが戦い鬼を追い払うことで、姫を守り結ばれる、という形で進行しなければならない。その邪魔をしないよう、我々はうぬに追い払われた後の鬼を仕留めようと思う」


 それを聞いて、一寸法師は満足げにうなずいた。


「よし、であれば何も問題ないな。二日後の朝、屋敷の門の前で待っていてくれれば大丈夫だろう。もしまた何か相談があれば言ってくれ」


 俺は一寸法師と別れ、帰路についた。

 思いの外、早くに目的の情報を仕入れ、一寸法師とプランを練るところまでこぎつけられた。

 昨日はババアという想定外の邪魔が入ったが、結果的に「魔法使い」のロールもゲットでき、ストーリーは順調に進みそうだ。


 それにしてもあの一寸法師、話している最中、ずっと目線が気になっていた。

 ちょくちょく俺の顔から目線を下にずらしていた。

 今思い返して気づいたが、着物の裾を切ってかなり短くしているので、あの位置からだと俺の股下が丸見えだ……。

 

 あのエロ侍め……涼しい顔して、やっていることが外道だ。

 俺の中で、ヤツを瞬時にポチと同じフォルダに分類した。

 まったく、この世界には腐れ外道しかいないのか。

 そんなことを嘆いてみたところで始まらないので、とりあえず今は我慢してヤツのストーリーに一部相乗りするしかない。

 全て片付いたら、レベルアップした魔法使いの闇魔法で葬ってやろう。


 そうこうしているうちに俺は京の大路に出たところで、町の人間たちが何やら噂話をしていた。

 俺は耳をそばだてて聞いてみる。



「……どうやら阿倍御主人殿が今朝から大内裏に出勤しておらぬらしいぞ。使用人に確認しても昨夜から屋敷に帰っていないらしい」

「でも、昨日の夕方に都に入ったのは多くの者が見ているのだろう?」

「ああ、俺もこの目で見たよ。何でも、かぐや姫様に頼まれた貢物がようやく手に入ったとの噂だ」


 町人の男が腕を組む。


「そいつはちょっとおかしくないか。それならすぐにでも、かぐや姫様の御殿に向かうはずだろ……あ、もしかして、石作皇子殿が持ってきた『仏の御石の鉢』と同じで、結局偽物だってバレて、恥ずかしくなって雲隠れしたんじゃないか……」

「いや、それがよぉ、そもそもかぐや姫様の御殿へも向かっていないらしいんだよ」


 もう一人の町人の男が顔をしかめる。


「……そりゃあ、確かに変だな。神隠しか、物の怪の類にでも攫われたか」

「こんな天下の京の街中でか?いやいや、さすがにないだろう」

「そうとも限らんぜ。京の西側は未だに手付かずだろう。それにいくつか打ち捨てられた邸宅もあったはずだ。あの辺りに、物の怪が住み着いていてもおかしくないぞ」


 男が手を前に突き出してゆらゆらと揺する。


「……よせやい。背筋が寒くなる」

「ハハ、冗談だよ。それにしても、気味が悪い話だよなぁ……」


 そう言いながら脇を通り過ぎていく町人たちを、俺は目で見送った。

 あの町人、なかなか鋭い勘をしているな。

 事実、阿倍御主人は廃墟に住み着いた物の怪のババアの手先に襲われ、もはやこの世にはいない。牛車は廃墟の邸宅に俺たちが隠している。


 それにしても、少々面倒なことになった。

 あの貴族、右大臣と言うからには朝廷でも相当な重要人物だ。

 そんな男が美女にうつつを抜かした挙句に行方知れずとなるなど、よく考えればかなり話題性は大きい。

 いつの世も人の噂は蜜の味。

 京じゅうにこの話が知れ渡るのは、もはや時間の問題だろう。


 そうなると、捜索隊かそれに準ずるものが組織されるはずだ。

 俺たちが一時的な仮住まいにしている廃墟がある一帯も捜索対象になるかも知れない。

 せっかくいいアジトを見つけたのに、そうなってしまってはまずい。


 それに、下手に『竹取物語』側のストーリー進行に干渉するような事態を起こすと、後々面倒なことになるかも知れない。


 登場人物の中に転生者がいた場合、阿倍御主人の求婚パートが止まったまま次に話が進まないとストーリー完結ができなくなってしまうだろう。

 別に俺はその転生者に恩も恨みもないし、同じ転生者として他の者の転生を邪魔する気もない。

 だが、俺たちのせいでストーリー完結ができなかった場合、そいつから恨みを買う危険性がある。

 不本意ではあるが、『竹取物語』のストーリーに関わってしまった以上、さっさと役割を終えてストーリーラインから外れた方が良さそうだ。


 俺は対策を考えながら、廃墟の屋敷に戻⑤。

 中で留守番をしていたポチと猿が駆け寄ってくる。


「不審者は来ていないか?」


 俺の言葉に、二匹は横に首を振ったように見えた。

 そう言えば、俺の言葉は多少なりとも通じているのだろうか。

 まあ桃太郎が家来にしているくらいだから、それでもおかしくはないか。


 当初の目的であった鬼の生態調査は一寸法師のお陰で何とかなりそうだ。

 それよりも問題は、『竹取物語』のストーリーを元に戻す必要が出てしまったことだ。

 あの時、安易に貴族の牛車を奪わなければ良かったかも知れないが、そうするとババアから魔法使いのロールをゲットできなかった。

 そもそも今さらIFを考えても意味がない。

 とりあえず、目の前の課題をクリアすることに全力を注ごう。


 俺は桃太郎が帰るまでの間、『竹取物語』対策を考えることにした。

 やることは簡単だ。


 まず誰かが変装して、あの貴族の代わりにかぐや姫の御殿を訪れる。

 その際、偽物の「火鼠の皮衣」を持っていく。

 次にかぐや姫に会って、その皮衣を渡す。

 本物かどうか疑われるので、検証のため言われる通り火にくべる。

 それが燃え尽きたところで偽物だと判明し、話は終わりだ。


 そのまま傷心旅行にでも行くと言って、御殿から行方をくらませればいい。

 これで、止まっている『竹取物語』のストーリーもようやく動き出すはずだ。

 たぶん。


 牛車も他の場所に片付けて、あとは一寸法師の鬼退治についていくだけだ。


 今、足りないものは「火鼠の皮衣」の偽物だ。

 何か代わりになるものはないだろうか。

 少なくとも一見すると高価な着物に見える必要があるが、俺たちの着物ではそもそも「火鼠の皮衣」とは似ても似つかない品質だろう。


 今から問屋に行ったところで、俺たちの資金では高価な着物など買えるわけがない。

 俺は屋敷を一通り探したが、上等な着物はどこにも置いていなかった。

 本当に札で最低限の生活インフラしか用意しなかったんだよな、あのババア……。

 機織り機なら元々備え付けてあったものを見つけたが、それでどうしろと——


 いや。

 すっかり忘れていた。

 俺は『鶴の恩返し』の鶴だった。

 上等な布を織り上げるなど、朝飯前ではないか。

 そんな単純なこと、早く気づけばよかった。


 俺は急いで機織り機のコンディションを確認する。

 大丈夫だ。まだ使えそうだ。

 裁縫道具も残っているし、未使用の糸も大量に転がっている。

 俺の技量を持ってすれば、半日ほどあれば上等な布を織り上げて皮衣に似せた短めの着物くらいなら作れるだろう。


 太陽はすでに高く上がっている。

 あまり時間はないかも知れないが、今から急いで作るか……。

 俺は機織り機のセッティングを完了すると、自分の羽を織り込みながら布の製作を始めた。




 それからどれくらい時間が経ったかはわからない。

 すでに日が沈みかける頃合いになっていたが、ようやく衣を作るのに十分な長さの布が織り上がった。

 太陽にかざしてみると、俺の羽を織り込んだ部分が陽の光を受けて煌めいている。

 ここまで作り込めばおおよそ及第点には達するクオリティだろう。

 動物の革ではないが、まあ、遠目に見れば誤魔化せなくもない。

 そもそも本物である必要は全くない訳だし。


 俺は急いで布を縫製し、皮衣に似せた着物を作り上げる。

 まあ、どうせ燃やすものだし、多少縫い目が微妙でも問題あるまい。

 とりあえず、偽物の皮衣を作るのは何とか間に合いそうだ。


 そんな折、ポチと猿が屋敷の玄関のあたりで騒ぎ出した。

 侵入者かと一瞬だけ警戒したが、どうやら威嚇の声ではないらしい。

 桃太郎が帰ってきたか。

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