第21話
母家は外見こそ寂れてはいたものの、ババアがいた辺りまで行くと内部は割と綺麗に保たれており生活の跡らしきものもあった。
「やはりな。あの山姥がここにしばらく滞在していたのだろう。もう少し奥を探せば何かもっと出てくるやもしれぬ」
さらに廊下に出て奥の方へと進んでいくと、米俵が積んである区画を見つけた。
さらにその近くには、味噌樽と思われる大きな樽もある。
部屋全体にどことなく糠っぽい匂いがしていたのでもう少し奥を見てみると、糠床らしきものも見つけた。
桃太郎が米俵の山を見て言った。
「すげー米俵」
「山姥は随分と大食いだったのだな」
少なくとも京に滞在中は飢えることはなさそうだが、どこかでもう少し野菜と肉系のタンパク質を調達しないと栄養が偏りそうだ。
だが米俵と味噌があるとなると、どこかに米を炊き味噌汁を沸かす調理設備があるはずだ。
厨、つまり台所は米俵が置いてある区画のすぐそばにあった。
そしてそこに、当たり前のように炊飯器が置いてある。
もうこの世界でオーバーテクノロジーなものを見ても何の驚きも感じない自分がいた。
むしろ、炊飯器なんて便利なものがあってラッキーだ。
あの山姥が使っていたものだろうか。
だが、俺は同時にある懸念が浮かんだ。
炊飯器って普通、電気で動くよな。
その前はガス式もあったらしいが、いずれにせよライフラインが必要なはずだ。
当然、大元に発電所やガスの製造所が必要になる。
この世界にそんなものがあるはずない。
いや——もしかすると。
俺は壁を確認する。
……あった。
コンセントがある。
なぜ平安貴族の家にコンセント……?
てことは、誰かがどこかで発電してるってこと?
え?わかんない。自家発電?
コンセントの存在は、すっかりこの世界のバグに慣れていたと思っていた俺の心を思わぬ角度から揺さぶった。
俺は恐る恐る炊飯器のコードを伸ばしてプラグを差し込んだ。
炊飯器の液晶画面が起動する。
懐かしい響きの起動音とともに、明朝体で浮かび上がる「釜炊き名人」の文字。
てか、この時代なら普通に本物の釜があるだろ……。
そんなことよりこのコンセントだ。
電動の炊飯器が起動したということは、これは電源として機能し、今もここから電気が供給されている必要がある。
いや、それだけではない。
今気づいたが、厨にシンクがあり、水道の蛇口がついている。
俺は再び恐る恐る蛇口をひねる。
そこから綺麗な水が流れ出てきた。
もっと言えば、なぜか竈門の隣にガスコンロらしきものが置いてある。
もはや竈門の存在意義……。
俺は慎重にコンロのつまみをひねる。
五徳から綺麗な青い炎が吹き出した。
いや。全部ありがたいけどさ。
一体どういう仕組みで動いているのだろうか。
それとも、その点はむしろあまり突っ込まない方がいいのだろうか。
俺は何とはなしに壁の柱の上部に目をやった。
ふと何か白い木か紙のようなものが貼ってあるのに気づいた。
目を凝らして確かめてみると、先ほどババアが俺に使おうとしていた札と形がそっくりだ。
……なるほど、そういうことか。
ババアは願いが叶う札を使って、生活インフラを整えていたのだ。
しかし、そもそも何だか少し勿体無い使い方にも見えた。
百歩譲って食糧を確保するにせよ、単純に毎日3食豪華なご飯が出てくるように願をかけた方がよっぽど良さそうなものだが。
単に料理が好きだったのだろうか。
いや、とは言っても米を炊いて味噌汁を沸かすだけだ。そう言う理由でもなさそうだ。
では、札の効力に何か制限があるのだろうか。
そちらの理由の方が現実的な気がしてきた。
そう言えばあの時、一時的にパニックになって忘れていたが、桃太郎が回収したババアの札を確認するのを忘れていた。
ストーリー通りなら、全部で三枚あるはずだ。
いや、もしかすると小僧が既に一枚使ってしまった後かもしれない。
とりあえずは桃太郎に確認しよう。
俺は屋敷を探索している最中の桃太郎に声をかけた。
「桃太郎。先ほど山姥から奪った札があるだろう。あれを見せてくれぬか」
「ああ、いいよー」
桃太郎は懐からゴソゴソと札を取り出す。
「はい。ババアの懐に二枚入ってたよ」
数は合っている。
ババアは小僧から三枚の札を巻き上げ、一枚を生活インフラ確保に、残り二枚を保管しておいて、そのうち一枚をかぐや姫と身体を入れ替えるために使う予定だったのだろう。
「これ、何に使おうかなー」
「何を言う桃太郎。使い道など、一択だろう」
「え?」
「これで鬼を根絶やしにすれば良い。さすれば、たちどころに『鬼退治』完了だ」
桃太郎はその発想がなかったように口を大きく開けた。
「あ!なるほどねー言われてみれば!いやー、さすがツルちゃん!発想のスケールが違うね!」
発想のスケールも何も、それくらい最初に思いつくだろう。
「だが、それができれば……の話だ」
「え、どういうこと?」
札は手のひらくらいの大きさで、少し厚手の和紙に何やら読めない字で複雑な文字が書いてある。
裏側には細かい文字でびっしりと使用条件のようなものが書かれていた。
やはり俺の予感が当たったか。
これも幾多の転生で学んだことだが、あまりにチート能力を発揮できるアイテムは使用条件が厳しいと相場が決まっている。
「これを見てみろ」
俺は桃太郎に札の裏書きを見せる。
そこには以下の通り、札の効果に関する制約が書かれていた。
・叶えられる願い事は札一枚につき一つの願い事のみです。
・札の効果が及ぶ有効範囲は札の中心から以下の距離の内側です。
願いの対象が必ずその範囲に入るようにしてください。
・体長一寸以上の生物:半径十尺以内
・それ以外:半径百尺以内
・札の効力を発動する方法は以下の通りです。
・願い事をする者は札の中心から半径十尺の球面の内側に入る。
・願いを大きな声で、具体的に、日本語で唱える。
(抽象度が高い場合、その言語が示す範囲で任意に解釈されます)
・無効な願い事は以下です。
・生物の命を直接奪う。
・対象が札の有効範囲外にある状態で願掛けを行う。
・どの世界にも存在しないものを生み出す。
「いやー、やたら細かいねぇ」
桃太郎が裏書きを見て顔をしかめる。
確かに条件が結構細かく制限もそれなりにあるように読めるが、効力の大きさを考えるとそれも仕方ないか。
「この条件だと、鬼退治にそのまま使うわけにはいかなそうだ」
「え、そうなの?」
「ここを見てみい。体長一寸以上の生物は、札からの有効射程が十尺だ。一度にどうにかできる鬼はこの範囲に限られる上に、願掛けで直接命を奪うことはできなそうだ。それなりの工夫がいるだろう」
一尺が大体30センチくらいだから、半径3メートル以内ってところか。
そういえばあのババア、かぐや姫本人に近づくために求婚者に成り代わろうとしていたが、その理由はこの制約があったからか。
「あ、でも生物以外だと百尺って書いてあんね。建物一つくらいなら崩せそうだね」
「そうだな。例えばそういう方法で工夫が必要ということだ。それに、世界に存在しない空想のものを新たに生み出すようなことはできないらしい」
「なるほどねー。そこまで簡単にはいかないってことね」
俺はざっとこの制約の中でできる手っ取り早い方法を考えた。
強力で殺傷力の高い兵器をアイテムとして出現させるか?
まあ、アリかもしれない。
制約事項の中に、どの世界にも存在しないものは生み出せないと書いてあったが、俺が転生50回目くらいで生まれた銀河帝国の世界で、確か強力な武器があった気がする。
だが、こんな時に限って肝心の武器が思い出せない……。
もっとシンプルに、鬼ヶ島の中心部で大爆発を起こすのはどうだ。
いや、これはダメか。
効力の有効範囲は無生物でも札の半径30メートル内に限られる。
かつ、札の効力発動のために願掛けするものが札のすぐ近くにいなければならない。
有効範囲を包む爆発の火球を作ったところで、願いを唱えたものが即、道ずれだ。
二枚目の札を同時に使い自分の身を高性能シェルターで守っても、火球のど真ん中で無傷で生きていられるかどうか、実験なしで挑むにはリスクが高すぎる。
そもそも鬼のスペックがわからない状態でいくら考えても意味がないか……。
俺は桃太郎に向き直った。
「札を使って倒す方法を考えるにせよ、鬼がどういった存在でどんな能力を持っていて、どのくらいの数がいるのか、やはり基本情報を集めてからではないと、対策の立てようがないな」
「まあ、それは確かにそうねー」
桃太郎は大きな伸びをした。
「まあ、今難しい話を考えてもしゃーないなら、とりあえず飯にしますか」
「そうだな」
俺は早速、台所の設備を使って夕飯の支度を始めた。
桃太郎が不思議そうに炊飯器を眺めていたので、俺は使い方を教えた。
「へぇー、こんな便利な道具があるんだね。あのババア、どこから持ってきたんだろうね」
「恐らくあの札で生活基盤を整えたのだろう」
俺は柱の上に貼ってあった札を指差す。
「あ、ホントだ!でもなんか、もっといい使い方無かったんかねぇ」
桃太郎は肩をすくめて首を振った。
「余も桃太郎に同感だが、理由はもはやあの山姥しかわからん。とりあえず、かぐや姫と身体を入れ替えることに作戦を全振りしていただけなのかもしれぬが」
米を研いで炊飯器に入れスイッチを押した後、味噌樽から味噌を取り出して鉄鍋に入れ、火にかける。
味噌汁に入れる具材が無いことに気づいたところで、桃太郎が肉の塊を持ってくる。
「昼の肉余ってるんだけど、こいつ味噌汁にぶっ込む?」
「そうだな。具材なしよりはマシだろう」
厨には調理道具も一通り揃っていた。
俺は桃太郎がざく切りした肉を包丁で細かく刻み、つくね状態にした後で味噌汁へ投入した。
こうなると野菜も欲しいところだが、今日はこれで我慢だ。
肉があるだけでも、かなりありがたい。
少しして俺は味を確かめる。
そういえば出汁を入れていなかったことに今さら気づいたが、その心配は無用だった。
どうやら出汁入り味噌だったらしい。
あのババア、なぜかこういう細かいところは食品メーカー並みに気が利いている。
あのお札にどういう風に願掛けをしたのか、少しだけ気になった。
俺は一通り屋敷の内部を探索した後、居間に戻ってきた。
先ほど気づかなかったが、よく見ると天井から裸電球がぶら下がっている。
ということは……。
壁を探ってみると、すぐにスイッチが見つかった。
オンに切り替えると、裸電球にぼんやりとオレンジの明かりが灯る。
まるで古民家の居間のような、どこか懐かしい雰囲気だ。
「お!何これ、すげー」
桃太郎は興味津々に電球を眺めている。
俺はコイツが転生者である可能性を疑っているが、実は現地人なのだろうか。
いや、これも全て演技かもしれない。
まあ深く考えても仕方がない。俺は桃太郎の反応に乗ることにした。
「余も驚いたぞ。あの米を炊く道具然りだが、あの山姥、一体、どこでこのような文明の利器を知っていたのか」
「お札使って適当にお願いしたら出てきたのかもねー」
ちょうどご飯が炊けたので、俺は食器棚を確認した。
もはや違和感が麻痺していたが、普通に現代家庭にあるような食器棚に茶碗などの食器が綺麗に並べてある。
ババア、以外と几帳面だったんだな……。
この生活基盤だけ見れば、この時代設定にしてはそれなりに十分な暮らしができそうではある。
だがババアにとって問題はそういうところでは無かったのだろう。
さすがに食卓テーブルは無かったので、俺たちは古びた畳に座って晩飯を食べた。
ポチと猿には白米と味噌汁を混ぜたものを椀に入れておいた。
「でさぁツルちゃん、明日からどうすんの?」
「まずは手分けして鬼の情報を集めてくるのがいいだろう」
「どっか行くあてあるの?」
俺は桃太郎と分かれて一寸法師のいる邸宅を探そうと思っていたが、それは伏せておくことにした。
「いや、特にはない。とりあえず聞き込みをできる範囲で回ってみようと思うが」
「ふーん、じゃあ、俺もそれで行こうかな」
「手分けした方が効率的だ。日が暮れてからこの屋敷で落ちあおう」
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