第20話

 このババアが仮に転生者だとすると、そこから自ずと動機も推察できる。


 正直言って、山姥は転生ガチャの中でも相当なハズレくじだ。

 悪役だが別に組織のトップと言う訳でもなく、人里離れた山に隔離され、誰か物語の主人公が来たらソイツに倒される、そんな悲しき運命だ。

 かつて魔王を経験した俺から言わせれば、そんなヤツに倒されるなんてまっぴらごめんだ。

 逆に倒し返さないと、次の転生先のランクが落ちてしまう。

 正規のストーリーがあるにせよ、それを捻じ曲げてでも宿命に抗いたいと思うのは自然な感情の流れだろう。


 おそらくこのババアも同じ考えで、小僧を倒して願いの叶う札をゲットしたのだ。

 確かその後に和尚との対決があったはず。

 ストーリー上、悪役としては和尚まで倒して初めてクエスト達成だ。

 しかし現状、転生していないところを見ると、何らかの理由で和尚に勝つことを諦めたのだろう。

 札を使えば勝てそうな気もするが、そもそも札は和尚が小僧に与えたものだ。

 何らかの対策は和尚側で講じてあったのかもしれない。

 いずれにせよこのままではずっと山姥としてこの異世界にとどまる運命にあるが、そんなことは何としてでも避けたいはずだ。


 手元には三枚の願いが叶う札。

 合わせて、どこかでこの異世界は複数のおとぎ話や昔話がつながっており、他の昔話へ乗り換え可能であることに気づいたのかもしれない。

 そうなれば、札の効果を使って他の物語の主人公に成り代わろうと思っても何ら不思議ではない。

 しかも、どうせ成り代わるなら、山姥人生とは真逆の、これまで味わった苦しみが全てチャラになるくらいの華々しい主人公が良い。


 となれば、狙うは——


 俺は自分の仮説が正しいかどうか、無性に気になってきた。

 だが桃太郎の前で転生の話をするのは、少々気が引けた。

 コイツには、俺が転生者であることに少しでも疑問を持つきっかけになるようなものは残したくない。


 俺は転生者にしかわからない表現でうまくババアから情報を引き出すことにした。


「なぜ判ったか、貴様なら逆にわかるであろう。それに余は貴様の魂胆も見ぬいておるぞ。乗り換えれば、確かに別の物語として『続けられる』からの」


 今ので転生者であれば通じるだろう。

 俺はババアの反応を注視した。

 俺が言葉を言い終えた途端、ババアは何かを悟ったような顔になった。


 やはり間違いない。コイツは転生者だ。


 途端にババアは大声で笑い出した。


「そうか!貴様も……そういうことか!」


 ババアの目の色が変わる。


「ワシとてこんなところでくたばるわけには行かねぇ。今はとりあえずこの惨めな状況から脱出するのが先だ」


 ババアは目を見開いて俺を見る。


「よく見ればオメェ、かなりの別嬪でねぇか。仮住まいでも、何ならずっとそのままでもええかもしれねぇな」


 次の瞬間、ババアは火を吐いて手足の拘束をねじ切り、俺の方へ向かって襲いかかってきた。

 俺はババアのあまりに予想外の行動に反応が追いつかず、体が固まってしまった。


「その身体、もらったアッ!!」


 ババアは懐から札を出した。

 だが、次の瞬間。

 ババアの全身から血が噴き出す。


「グォべェッ!!」


 ババアは叫び声を上げて、俺の目の前でバラバラになって崩れた。

 あまりの出来事に何が起きたかわからないまま固まる俺の前方に、血に染まった刀を払う桃太郎がいた。


「もー、ツルちゃん、油断しすぎだって!」


 桃太郎は切り刻まれた山姥の身体を乱暴に放り投げ、手に握りしめていた札を引っこ抜いた。


「あった、あった。この札、この先の旅でかなり使えそうだねー」


 俺は呆然としたまま立ち尽くしていたが、ふと我に返った。


「桃太郎よ、助かった。感謝する。今度こそ本当に命を落としかけたわ」

「こんなヤツ生かしておいてもしょうがないんだって。わかった?」


 俺が先ほどババアを倒すのを止めた理由を桃太郎は見抜いているように思え、途端に後悔と気恥ずかしさが込み上げてきた。


「……すまぬ。先ほどは余の身勝手だった。敵と対峙する時に私情を持ち込むなど、具の骨頂だ」


 桃太郎は明るく笑いながら俺の背中を叩く。


「いや、そんなお通夜みたいな顔しないで!助かったんだから、結果オーライってことで」


 俺は桃太郎に励まされ何とも複雑な気持ちになった。

 自らの不甲斐なさか、ふいに涙が込み上げそうになったが、コイツらの前で泣くわけにもいかず、俺は懸命に涙がこぼれないように堪えた。

 辺りが暗くなっていたのは幸いだった。


 俺は気持ちを切り替え、桃太郎たちに向き直る。


「では山姥も倒したことだし、戻るとするかの」

「だけどさぁ、これからどうする?」

「山姥がいるくらいだ。もう少し京の都に滞在して、鬼の情報を探ってみようと思うがどうだ」

「まあ、ツルちゃんがそう言うなら、そうすっか」


 俺たちは屋敷の入口まで戻ると、先ほどまで立ち込めていた霧はすっかり晴れ、西の山に沈みゆく太陽が茜色の輝きを放っていた。


「京に滞在するなら、どこか寝床を探さなきゃね」

「そうだな。貴重品もいくつか持ち歩いているから、賊に盗られぬようにしなければ」


 そこで俺はふと気づいた。


「桃太郎よ、この街にそもそも宿屋などあるのだろうか」

「うーん、わからんね」

「正直言って、赤の他人の家に泊まるのは少々危険な気もする。それにこの牛車、家紋を見て、門にいた侍たちのように我々を阿倍氏と勘違いする輩が出てくるだろう。そうなればまたことが面倒になる」

「とは言ってもねぇ。寝床は確保しなきゃいけないし」


 俺は先ほど山姥がいた屋敷を見る。


「とりあえず今日はこの打ち捨てられた屋敷にとどまるのはどうだ。かなりの広さがある上に、中はそれほど荒れていないようにも見えた」

「まあ、泊まれないことはなさそうだねぇ」


 ポチと猿も異論はなさそうに見えた。


 俺も別に好きでこんな廃墟に泊まろうと考えているわけではない。

 この屋敷、少なくともあの転生者のババアが根城として暮らしていたようだ。

 と言うことは、それなりに設備が整っているはずなのだ。

 何せこの世界、中世日本風のくせにアサルトライフルが手に入るのだ。

 どこにどんな嬉しいバグが潜んでいるかわからない。


「日が暮れないうちに、屋敷の中を見て回ろう」


 俺たちは早速、牛車を敷地内に入れた後、母家へと戻った。

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