第19話

 俺はそれを聞いて、理解が追いつかず改めて問い直した。


「どういう意味だ。我々とかぐや姫の身体と、一体どういう関係があるというのだ」


 ババアは諦めたように訥々とつとつと話し出した。


「あの貴族に成り代わってかぐや姫に近づければ、身体を入れ替えられたんだよぉ……あの賊に仕事を頼んだのが間違いだった。あんな使えねぇ奴だったとは」


 俺はまだババアの言っている意味がよくわからなかったので、改めて問い直す。


「阿倍御主人に賊を差し向けたのは貴様なのか?」

「火鼠の皮衣さえあれば、かぐや姫の御殿に入れたのに……横取りしやがって、ちくしょおぉぉ……!!」


 ババアが暴れ出しそうだったので、桃太郎が刀を顔の横に突き立てたところすぐに大人しくなった。


「騒ぐんじゃねぇよ」


 桃太郎は雉を倒した時と同じ目をしていた。


「ツルちゃん、コイツ結局、何言ってんの?」


 俺は頭を整理した。


「これまでの話を整理すると、この山姥は何らかの方法でこの京にいるかぐや姫と身体を入れ替えたいと思っているようだ。そのためにはかぐや姫に物理的に近づく、つまり、まず何とかして御殿に入る必要があった。ちょうど今、かぐや姫に求婚をせまる貴公子たちが宝を持ってかぐや姫の元へ馳せ参じている。そのうち一人になり替われば、求婚する振りをしてかぐや姫のそばまで行くことができる。そこで、賊を差し向けて宝の持ち主である阿倍御主人を襲ったというわけだ」

「ふーん、なるほどね。それで?」

「雇っていた賊がうまく火鼠の皮衣を手に入れたところまでは良かったものの、運悪く余が賊からそれを奪ってしまった。仕方なくこやつは我々からそれを取り返そうと、この屋敷へと誘導した訳だ」

「へぇー、なんか面倒なことしてるね。でも、なんでそんなに『かぐや』ちゃんとやらの身体が欲しいの?」


 桃太郎は冷たい目でババアを睨みつけた。


「……ワシにはあの若さと美貌が喉から手が出るほど欲しいんじゃい。あれを手に入れるためなら、何だってするわい」

「いやー、それは普通に考えてダメでしょ。その『かぐや』ちゃんがかわいそうでしょ」


 その途端、ババアは高らかに笑い出す。


「ハッ!あの極悪非道の人たらし小娘がかわいそうだと?笑わせてくれるわ!あの天性の性悪女など、天罰を受けて当然なんじゃ!」

「いやー、俺、そんなこと知らんし。つーか、アンタに他人裁く権利ねーし」

「……貴様にはワシの心などわかるまい。この見てくれのせいで、これまでどんな目に遭ってきたか……」

「んー、別にわかりたくもないねぇ。そもそも、アンタの人生とか興味ねーし」


 桃太郎はケラケラと笑って刀を地面に突き立てる。


「あ、そうだ。ていうかさー、そもそもどーやって身体取り替えるつもりだったの?」

「貴様になど教えるものか」


 桃太郎は地面から刀を抜いて、冷たい目で切っ先をババアの目に向ける。


「わかってねーようだから言っておくけど、俺、質問してんじゃないの。尋問してんの。とっととゲロっちゃう?それとも、このままあの世行く?」


 桃太郎は切っ先をババア喉元に当てる。

 ババアは震えるが、固く口を閉ざしたままだ。

 桃太郎は痺れを切らして舌打ちし、ババアの首に刀の刃を当てる。


「聞き分けの悪ぃババアだなぁ。いっぺん、死んでみるか?」


 桃太郎が首に当てた刀を引こうとした。


「ま、待て!桃太郎!」


 俺はなぜか桃太郎に向かって叫んでいた。

 桃太郎は少し驚いた様子で手を止める。


「ん?どうした、ツルちゃん」


 俺はなぜそこで叫んだのか自分でもわからなかった。

 単にこれ以上の無益な殺生をしたくないという心の防御本能だったのかもしれない。

 片方のババアを倒しておいて無益な殺生もクソもないが、少しでも偽善的行為によって自身の罪悪感を払拭したかっただけかもしれない。


 俺は叫んでおいて、特に何をどうしたい訳でもなかった。

 ただ同じ女として、先ほどのババアの話にふと思うところがあっただけだ。

 とはいえ、桃太郎を止めるためには何か相応の理由が必要だ。

 俺は必死で頭を働かせた。


 とりあえずは、ババアがかぐや姫の身体を乗っ取る方法がわかれば良い。

 考えろ。考えるんだ。俺。


 先ほどババアは桃太郎に「貴様になど教えない」と言っていた。

 つまり、何かの手順を踏むか、何かを使えばババア以外でも行えるということかもしれない。

 俺は必死で山姥が出る昔話を思い出す。


 あ、そうだ。

 そういえばあったな。

 確か寺の小僧が山に出かけて山姥に捕まり、和尚からもらったお札を使って山姥から逃げていたな。

 お札は小僧の願いに応じて大水や大火を出していた。

 まさか、その願いを叶える札をこの山姥は持っているのか?

 俺は一か八か、カマをかけてみることにした。


「桃太郎よ。この山姥がかぐや姫と身体を取り替える方法など、余がすでに見抜いておるわ」


 俺はババアの顔を見る。

 強い疑いと不安の眼差しを俺に向けていた。


「え!マジで!?なんだー、なら教えてよツルちゃん」


 俺はババアの顔から目を離さずに言った。


「こやつは寺の小僧から願いが叶う札を奪ったのだ」


 途端にババアの顔が豹変ひょうへんする。

 驚愕と焦りが混ざったような表情だ。


「なぜオメェがそんな事……」


 ババアは目を見開き、驚きの表情のままそう呟いた。


 今ので確定だ。間違いない。


 しかし、そこでまた別の疑問が浮かぶ。

 この話、確か『三枚のお札』と言う昔話だったはずだ。

 本来のストーリーでは、小僧は山姥に追いかけられながら和尚からもらったお札の力を使い、無事に寺まで逃げ帰るはずだ。

 そして、和尚が知恵を利かせて山姥を退治する。


 だが、このババアが札を持っていると言うことは、コイツは小僧をどうにかして捕え、和尚の札を奪ったのだ。

 コイツもまた、昔話のストーリーを捻じ曲げている。

 それも意図的にだ。

 と言うことは……。


 俺の頭の中で、バラけていたパズルのピースがカチカチと組み上がる。


 まさか——


 このババア、中身は転生者か。

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