第17話

 俺の方に突っ込んできたババアは突進しながら瞬く間に弓をつがえ、俺に向かって放ってきた。

 矢は通常の弓から放たれたと思えないほどのスピードで勢いよく俺に向かって飛んできた。

 俺は反射でギリギリ矢をかわしたが、右腕にかすって血がほとばしった。


 同時に俺はババアに向かってライフルを乱射していた。

 だが、ババアは腕を前の方へ出し防御の姿勢を取る。

 銃弾は全て腕にめり込んで止まり、ババアが腕に力を込めるとパラパラと下に落ちた。


「……ありえん……」


 ライフルの弾を文字通り素手で止めた、だと……?

 俺は目の前のババアの規格外の強さに、思わず目を疑った。

 だがこれは今、目の前で起きた現実だ。


 その時、ポチがババアに突進して腕に噛み付いた。


「ポチ!そいつは危険だ!」


 ポチはババアの右腕に食らいついて離れない。

 ババアは余裕の表情でポチを睨みつける。


「ダメだ、ポチ!逃げろ!」


 俺の叫びも虚しく、ババアはポチを左手で握りしめ、噛み付いていた右腕から力任せに引っぺがす。

 ポチの牙が腕に食い込んでいたが、それもお構いなしだ。


 ポチは恐怖でクーン、と鳴いたが、問答無用でババアはポチを両手で掴むと、振りかぶって全力で頭上へ投げ飛ばした。


 キャイーン!と叫びながら、ポチは廃屋の天井を突き破って空へと飛んでいった。


「ポチーッ!!」


 俺は叫んだが、どこか遠くへ飛ばされるポチをどうすることもできない。

 今ここで鶴の姿に戻るのは自殺行為だ。

 アイツが無事に着地に成功し、生きていることを祈るしかない。


 だが、今のでババアに一瞬の隙ができた。

 俺は先ほど、すぐにあることに気づいていた。

 このババア、弾丸が身体に当たらないように腕で防いでいたのだ。

 ということは、裏を返せば身体に当たるとそれなりの傷、下手をすると致命傷になる可能性が高いということだ。

 それに、目のような急所はさすがに弾丸を弾くことはできないだろう。


 何より、以前、桃太郎がこの類のババアと戦ったと言っていたな。

 桃太郎は生き残っている。つまり、互角に勝負をしたか、倒したかのどちらかということだ。

 つまりこのババアにも、効く攻撃があるということだ。

 ポチの犠牲は無駄にはしない。


 ババアはポチを投げ飛ばした反動で、投擲とうてき体勢から戻れない。

 俺はババアが油断している隙を狙い、再びライフルを構えて連射する。

 ここはしっかりと顔、首元、心臓のあたりを重点的に狙った。


 うち何発かは咄嗟に引いたババアの腕で防がれたが、胸と左目にそれぞれ一発ずつ命中したようだ。

 ババアの身体から血が飛び散り、この世のものとは思えない呻き声を上げて叫んだ。


 やはり、俺の思った通りだ。

 身体の弱点に当てれば、ライフルの弾もちゃんと有効だ。


 マガジンの弾が切れたので、俺はすぐに新しいマガジンを装填し、再びババアに向けて銃を撃ちまくる。

 だが、今度はさすがにババアも俺の戦法を読んで、あらかじめ腕で硬くガードした。

 そして、そのまま俺の方へ勢いよく突進してきた。


 まずい。近距離での白兵戦に持ち込まれると、か弱い美少女である俺は圧倒的に不利だ。

 このババア、そこまで見越して戦法を変えてきたか……。


 俺は撃つのを止めて一旦退避しようと思ったが、ババアの圧倒的スピードの前に対応がわずかに遅れた。


 ババアは目にも止まらぬ速さで俺に突っ込んできて、強烈なタックルをかましてきた。

 全身にこれまで感じてきたことの無いような、強烈な衝撃が走る。


「グハァッ!!」


 同時に視界が一気に変わり、夜空が見えたかと思うと、すぐにそれがひっくり返り、屋敷の池が迫ってきた。

 タックルでそのまま建物の外へ飛ばされたのだ。

 まずい。このままでは地面に激突する。

 池に落ちても、全身打撲は免れないかもしれない。


 景色がスローモーションに見える。

 人間、命の危機に瀕した時は脳の思考スピードが何倍にもなると聞いたが、もしかしてこれがその現象か。


 先ほどと異なり、意外にも頭は極めて冷静に働いている。

 俺はどうにか落下で死なないよう思考を巡らせた。

 いや、待てよ——

 なんだ、気づけばなんて事ない、簡単な話だ。

 なぜすぐに思いつかなかったのだろうか。

 飛ばされた衝撃で頭の回転が追いつかなかった。


 俺はすぐに鶴の姿に変身し、思い切り羽ばたいた。

 勢いがついていたので地面すれすれまで落下したが、全力で羽をばたつかせてギリギリ地面との衝突は避けられた。


 俺は何とか池に着水する。

 ババアは俺の姿に一瞬驚いたようだが、すぐに冷静さを取り戻したように俺の方へと向かってくる。


 しかし、このままだとらちが明かないな……。

 このレベルでは太刀打ちできない相手だったということか。

 いや——待て。

 一か八か。今なら周囲に誰もいない。

 あのロールを使ってみるか。


「メニュー」


 俺は急いで半透明ディスプレイを出し、ロール設定画面を開く。


「ロールチェンジ ゴルゴ」

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