第16話

 俺は恐る恐る車から降りた。

 辺りには濃い霧が立ち込め、まるで夜のような薄暗さだ。


「こちらです」


 気づけば侍の顔も霧に霞んでぼやけ、よく見えない。


 案内された屋敷は、御殿というより打ち捨てられた廃墟だった。

 塀は崩れ、門の扉は片方が無くなり、奥の屋敷のふすまもボロボロだ。

 これは明らかにおかしい。

 少なくとも、ここがかぐや姫の御殿ではないことだけは確かだ。


「桃太郎。どうやら我々は良からぬ場所に導かれたようだ」

「へー、面白そうじゃん。あ!もしかして、鬼とかいたりして」

「それは好都合だな」


 何が起きたのかよくわからないが、どうやら俺たちは何者かの手引きでこの異次元のような場所に迷い込んでしまったらしい。

 だが、かぐや姫の御殿よりも、もしかするとよっぽど目的に近い場所かもしれない。


「そこの侍、一体何の目的で我々をここに運んだのだ」


 俺の声は虚空こくうに響いた。

 ふと見回すと、侍の姿が見えない。


「あの侍、消えよったぞ。桃太郎、どうする」

「どうするって、とりあえず俺たちを招いた奴に顔合わせしないと始まんないっしょ」

「そうだな。では、屋敷の中に入るとするか。その前にしばし待たれよ。この貴族の出立ちでは少々動きにくい」


 俺は貴族の装束を脱いで牛車の中に畳んでおいた。

 さらに牛車の中に置いておいたスナイパーライフルを取り上げ、肩にかける。


「準備できたぞ」

「よっしゃ。じゃあ、行きますか」


 俺はポチと猿を見る。

 二匹は心なしか震えているようだ。

 動物の本能で、何か強い危険を感じ取っているのだろうか。


「こやつらはどうする。この奥は危険を伴うかもしれん。念のため、置いていくか」


 桃太郎は首を横に振る。


「いやいや、こういう時のために戦力としてコイツらを連れてるんだから、置いてっちゃ意味ないっしょ」

「まあ、確かにそれはそうだが……どことなく震えて怖がっているようにも見えるが」

「わかってないなぁ、ツルちゃん。これは武者震いだって。コイツら、戦いたくてしょうがないんよ」


 桃太郎は二匹の背中を強く叩く。

 二匹は共にビクっとする。


「な、お前ら、そうだよな?」


 桃太郎が、お馴染みの光のない目で二匹を見つめる。

 その有無を言わさぬような口調に、二匹は表情を凍り付かせたままうなずいた。

 今、明らかに無理やり首を縦に振らせたよな……。

 本当に大丈夫なのか、コイツら。


 とは言え、確かに桃太郎の言うことにも一理ある。

 働かざるもの、食うべからず。

 このパーティーにはただ飯を食らう者を養う余裕はない。


「では改めて、出発だ」


 俺たちが屋敷の門をくぐると、青い鬼火が道案内のように敷地の奥へと順に灯っていく。

 入口からは判らなかったが、かなり広い屋敷らしい。

 古びた寝殿造のような家屋が並び、少し進むと広い池のような場所に出た。

 鬼火はそのまま池の正面にある一番大きな平家に続いていた。


 俺たちは辺りを警戒しながら、慎重に歩を進める。

 桃太郎はゆっくりと腰に差していた刀を抜いて構える。

 俺もアサルトライフルのセーフティレバーを動かし、いつでも撃てるように構えた。

 本当はロールもゴルゴにしたいところだが、あの見た目を桃太郎たちの面前で晒すわけにはいかない。

 ここはデフォルトのスナイパーで我慢だ。

 まあ、銃を扱うだけならこれでも十分だろう。


 俺たちが母家らしき建物に上がって行くと、奥の方まで続く鬼火の先に、十二単のような着物を着た髪の長い女が座っている。


 暗くてその姿をよく見ることはできない。

 俺は銃口を向けた状態でその女に声をかける。


「そなたは何者だ」


 女はしばらく何も言わずに微動だにしなかったが、突然、肩を震わせて笑い出した。


「何がおかしい」


「わらわはかぐや姫ぞ」


 女はしわがれ声でそう言った。

 その声は俺が想像するかぐや姫とは似ても似つかない。

 鬼火の灯りが強まる。

 先ほどまで気がつかなかったが、よく見ると女の長い髪の毛は真っ白だ。


 俺は改めて女に問いただす。


「貴様、我々を何用でここまで導いた」


 女はそれに答えない。

 次の瞬間、女は凄まじい速さで立ち上がってこちらを見た。

 まさしく鬼の形相というにふさわしいほど、女の顔にはしわが寄って歪んでいる。


「オイオイオイ、山姥かよ!」

「山姥だと!?」

「ああ、前に一度似たやつと戦ったことあるけど、中々強かったぜ」


 桃太郎が叫んで臨戦体勢になる。

 なぜこんなところに山姥がいるのだ?

 山のババアと書いて山姥のはず。

 ここは京の都のはずではないのか。


 突然、ババアの影が揺らいでダブついた。

 一瞬、俺は幻覚を疑った。

 ババアが二体に分裂しているように見えたのだ。

 目を擦るが、やはり二人に増えている。

 片方のババアは包丁を持っており、もう片方は弓矢を持っている。

 明らかに俺たちへ敵意剥き出しだ。


 もはやなぜ山姥が都会にいるのかなどを気にしている暇はない。

 まずは目の前のコイツを倒すのが先決だ。


「桃太郎、こやつらを片付けるぞ」

「言われなくてもそのつもりだって」


 ポチは俺、猿は桃太郎の方に加勢するように背後について吠え出す。


 二体のババアが勢いよく俺たちに向かって突進してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る