第15話

 どれくらい進んだかわからないが、日が傾きかけてきた頃、ようやく前方に大きな赤い門が見えてきた。

 ようやく京にたどり着いたのだ。


 気づけば辺りには道行く人が増え、都のにぎわいぶりが伺えた。

 門の前には未だに人々が列を成して、衛兵らしき者たちの審査を受けている。

 現実にこう言った審査があったのか、この異世界特有のものなのか俺は知らない。


 見ると、列は二つに分かれているようだった。

 庶民のレーンと、身分が高そうな者たちのレーンだ。

 他に京へ入ろうとしている牛車もそちらへ並んでいたが、特に検査される様子もなく門を素通りしている。


「我々もあちらの列に並べば良さそうだな」

「そうね」


 桃太郎は俺の乗った牛車をそちらの列に誘導し、順番待ちで最後尾に待機した。

 列はどんどん進み、あっという間に俺たちの番になる。

 門番と思われる侍たちは、とてもまともに審査をしているようには見えない。

 フィクションではあるが、この辺りの時代設定だとまだまだ侍より貴族の方がずっと身分が上だったはずだ。

 天上の貴族を相手に何かモノ申す訳にもいかないのかもしれない。


 俺たちの牛車もそのまま審査を素通りできるものと思い、桃太郎は牛車を進める。

 その時、侍の一人が声を上げた。


「おい、そこの者」


 桃太郎は面倒臭そうに侍の方を向く。


「何すか」

「貴様、見慣れぬ怪しい装束を着ているな。何奴だ。それになんだ、その態度は」


 桃太郎の服は和服だが、かぐや姫時代の装束とは少し違う。

 俺は少し焦ったが、桃太郎は平然とした態度で侍たちを見据える。


「あれー、アンタら、この中にいるお方が誰かわかって言ってんの?」


 侍たちの間に動揺が走るのを見て取ると、桃太郎はさらに強気に出る。


「誰かわかった上で、そんな態度取っちゃうワケ?」

「な……何を言うか、どなたなのだ?」

「え?そんなの、見りゃわかるでしょ」


 桃太郎はハッタリをかましているようだが、正直、あの貴族がどこの誰だか、俺でもわからない。

 俺はさらに焦ったが、すだれの向こうから垣間見える桃太郎からは余裕が消えない。


 そのうち、侍の一人が何かに気づいたようだった。


「あ……!あの御紋は……」


 どうやら車のどこかに付けられている家紋のようなものを見つけたらしい。

 他の侍がそいつの肩をつつく。


「お前、知ってるのか?」

「知ってるも何も、あの袖にあるのは阿倍氏の家紋ではござらぬか」

「と言うことは……」


 侍たちは全員、牛車の前に跪いた。


「とんだ御無礼を!……右大臣阿倍御主人殿の牛車とも気づかず」

「まあ、いいってことよ。ですよね?」


 桃太郎は俺に問いかけたが、さすがに美少女のハイトーンボイスで答えるわけにもいかず、俺は黙って頷いた。


「いいそうっすよ。いやー、さすが阿倍御主人様、心が広い!」

「寛大な処置、誠に恐れ入ります!」


 侍たちはわざとかと思うほど顔を地面にめり込ませて土下座した。

 この世界の土下座はこういう仕様なのか。


 俺たちが門を通り過ぎると、一人の侍がついてきた。

 先ほど地面に顔をめり込ませていたせいで、顔が土色だ。


「先ほどの無礼をお許しくださり、ありがとうございます。お詫びにかぐや姫様の邸宅までご案内いたします」

「え、何それ?」


 侍は物知り顔で答える。


「わかっておりますぞ。かぐや姫様から公達の皆様への難題は、京じゅうの噂の的となっております。すでに石作皇子殿が『仏の御石の鉢』を持参されたようですが、結局偽物だったようで、ご破談となったと聞いております。阿倍殿は見事、難題を解決なされたのでしょう?」


 桃太郎は侍が何のことを言っているのかわからない様子で首を傾げる。

 

 まずい。ここ京ではそんなことになっているのか。

 かぐや姫の屋敷も俺が成り代わった男の屋敷も同じこの京にあることはわかったが、このままだと、この侍に案内されてかぐや姫の御殿とやらに一直線だ。

 俺が『竹取物語』に首を突っ込む必要もないし、余計な手間はかけたくない。

 

 しかも、どうやらなぜか「火鼠の皮衣」は本物らしい。

 このまま俺がかぐや姫に求婚する流れになると、そもそも『竹取物語』のストーリーが捻じ曲がる。

 いや、女がかぐや姫に求婚したら、そもそもどうなるんだ?

 本物の皮衣を持っていったが、正体は女でした、となるとさらに話が複雑になる。

 ただ鬼の情報が欲しかっただけだが、このままだとどんどん本来の目的から逸れてしまうな……。


 俺は頭を捻ったが、侍に案内され、牛車はどんどん道を進んでいく。

 いくら考えても解決方法が見つからず、俺は焦った。

 ここはもう、侍を押し退けて別の道へ逃げるか?

 焦れば焦るほど、頭がパニックになっていく。


 そうこうしているうちに、やがて牛車は大路を外れて京の中心部から離れていった。

 かぐや姫の御殿って、そんなに都の端っこにあるのか……?

 まあ翁が成金で越してきたのだろうから、余っている郊外の土地に屋敷を建てたのか。


 心なしか、周囲の景色がどんどん薄暗くなっていく。

 京に着いたのは確かに夕方だったが、これほど一気に暗くなるような時間だっただろうか。


「おーい、本当にこっちで合ってるの?なんか街並みがうらぶれた感じになってきたけど」


 桃太郎が侍へ尋ねる。

 俺は簾越しに外の景色を見た。

 確かに区画を区切る塀も古びて崩れかけ、次第に街並みが打ち捨てられた廃墟のようになっていく。


「かぐや姫様の御殿に着きました」


 抑揚を欠いた声で侍が言った。

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