第14話

 俺はまず桃太郎たちを牛車のところまで案内した。

 先ほどと変わらず、賊にやられた付き人たちが地面に転がっている。


「あーあ、またひどいね、こりゃ」


 桃太郎はそう言って、付き人たちの亡骸を道のかたわらに運び、丁寧に並べて手を合わせた。

 意外と信心深いやつなのかもしれない。

 俺も桃太郎とともに手を合わせる。


 続いて桃太郎は牛車の中にいた貴族を確認する。


「ツルちゃん、ちょっと手伝って」


 桃太郎は俺とともに貴族の亡骸を牛車の外へ出し、手を合わせた。

 だがそのすぐ後、おもむろに身ぐるみをはぎ始めた。


「おい、桃太郎貴様、一体何をやっているんだ……!?」


 俺は先ほどまでの桃太郎への敬意は吹き飛んだ。

 さすがに亡骸から衣服を奪うのは、死者への冒涜ぼうとくではないか?


「いや、コイツには悪いけどよ、この服と牛車、せっかくだから俺たちの役に立ってもらおうかと思って」

「……どういう意味だ?」


 桃太郎は不思議そうな顔をして俺に尋ねる。


「あれー、ツルちゃん、知らなかったっけ?」

「え?……一体、何のことだ?」

「いや、京に入るんなら、物売りだろうが誰だろうが身分の証明が必要なんよ」


 俺はそれを聞いて驚いた。

 そんなことは初耳だった。


「それは真か!?」

「嘘言ってもしょうがないじゃん。入口のデカい門のところで、役人が検問してるんだって」


 そう言えば、上空から見た時に門の前に短い列ができていたな。

 あれか……。


「で、俺ら元々、京なんて行くつもりなかったから、身分証みたいなもの何も持ってないワケ」

「確かに……」


 桃太郎は牛車を指差す。


「そこでこの車よ。見たところ、貴族の持ち物だよね」

「そうらしいな」

「これで俺らも貴族のふりをすれば、検問も素通りっしょ」


 なるほど。その手があったか。

 コイツ、意外とちゃんと考えている。


「んで、女の子のツルちゃんが牛を引いてるのも変だから、俺が従者役、ツルちゃんは貴族役ね」

「承知した。だが、なぜその男の装束をはいでいるのだ」

「え、だって、ツルちゃんの格好、どう見ても貴族じゃないじゃん。見えたらまずいっしょ」


 言われてみればその通りだ。

 裾を切った着物を着た少女と、金髪に袴の男。

 あと犬と猿。


 桃太郎の指摘通りだ。

 久しぶりに俺も気づかなかったマトモな意見を桃太郎の口から聞いて、俺は驚いた。


「俺は従者役だから、ツルちゃんがこれ着て車の中にそれっぽい感じでいてくれない?」

「ああ、そうだな。確かに桃太郎の言う通りだ」


 俺は貴族が来ていた男の黒い装束を受け取る。

 死者のものを着るのはやはり抵抗はあったが、この際なりふり構っていられない。

 ここで着物を脱ぐか——


 俺はポチの方を見る。

 ポチは何か強い期待をしているような眼差しで俺の方を凝視していた。

 ここで俺が着物を脱ぎ出したら、もはやコイツの暴走を止められるか自信はない。

 正直、桃太郎に裸を見られるよりコイツに見られる方が不安だし何かイヤだ。


 俺は装束を広げてみる。

 美少女の華奢な身体には、いくぶん大きいようにも見えた。

 むしろ、着物の上からこれを着ても十分問題なさそうだ。

 すそも短く切っているので、上から袴を履いても差し支えない。


 俺は着物を脱がずにそのまま装束を着てみた。

 ポチの目から瞬時に期待が消え失せ、見る見る光のない目へと変わっていく。

 思った通り俺の身体より一回り大きかったが、着物の上から着てちょうど良いくらいの大きさだ。


「どうだ」

「お!似合ってんじゃん。美男子の貴公子って感じ」

「だが、髪が長すぎるな。烏帽子に入りきらん」


 俺はサバイバルナイフを取り出すと、長い髪を肩のあたりで切り落とした。

 元々戦闘にはこのロングヘアは不向きだったし、ミディアムヘアくらいでちょうどいいだろう。


「これでよし」

「オッケー!これで簾垂らせば、もう外から見ても完璧ね。じゃあ、車に乗って」


 俺は烏帽子を脱ぐ。


「牛車に乗るのは京の付近に着いてからでも良かろう」

「いやいや、せっかくだし乗っていきなよ。ツルちゃん、俺たちのために飛び回って疲れてるだろうし。それに、その貴族の装束だと歩きにくいっしょ」


 確かに俺は京までの道を探すためにあちこち飛んでいたせいで、少し疲労を感じていた。

 そういうところの気遣いはできる男なのだ。コイツは。


「……そうか。では、お言葉に甘えようかの」

「いいって、いいって!たまにやゆっくり休みなよ!」

「すまぬな」

「あ、あともしきび団子食べたかったらいつでも——」

「要らぬわっ!あんな毒饅頭」


 桃太郎は軽く舌打ちした。

 ……今俺に向かって、舌打ちした?

 俺の中で上がりかけていた桃太郎の株は元の位置へと急降下した。


 何はともあれ、俺は牛車に乗り込む。

 桃太郎は牛の背中にくびきをかけて牽引する。


「ポチとそこの猿も牛車に詰め込んでおこう。獣を連れている貴族など見たことないからな」


 俺は二匹を受け取り、脇に座らせる。

 ポチはこんなに俺が近くにいるにもかかわらず珍しく俺を冷めた目で見て、いつもの腰振りを始めない。

 逆に俺は少し拍子抜けした。

 男には興味なし、と言ったところか。

 それとも嗅覚が鋭いせいで、この装束に近づきたくないのか。

 もしくは、先ほど俺の着替えを見れなかったことがそんなに悲しかったのか。

 そのあたりは何ともわかりやすい奴だ。


 かくして俺たち桃太郎パーティーの一行は京へ向けて旅立った。

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