第11話
桃太郎は記憶をたぐり寄せるように頭をひねる。
「うーん、そういえば俺、どこで鬼について知ったんだろう。物心ついたときには鬼退治しようって思ってたんだよね」
桃太郎は必死で思い出そうとしている様子だ。
「あ、もしかして、じーちゃんばーちゃんから悪い鬼の話を聞かされてたからかもなぁ」
俺はその時、強い違和感を覚えた。
雉の話だと、コイツは「本物の」桃太郎を何らかの理由で亡き者にして、その後釜に座った何者かのはずだ。
それにしては、今の悩み方……まるで本気で考え、本物の記憶を呼び起こすような感じだった。
嘘をついているのであれば、もう少し不自然さやボロが出そうなものだが。
まさか、嘘をついていたのは雉の方か?
だが、そもそも奴が嘘をつく理由は今のところ思い当たらない。
一方で、目の前のコイツの口から自分が桃太郎だと明言はまだされていない。
俺が勝手に「桃太郎」と呼びかけているだけだ。
色々思考を巡らせては見たものの、今はコイツの正体を探ることの優先順位は低いか。
いずれにせよ、これ以上コイツから鬼に関する有益な情報は引き出せそうになかった。
「……わかった。では、やはりどこかで情報を集める必要があるな」
俺はさらに考えを巡らせ、そこである可能性に行き当たった。
この異世界は日本のおとぎ話がモチーフになっているようだが、フィールド自体は複数のおとぎ話の間で統一されているようだ。
例えば、俺が転生した最初のクエストである『鶴の恩返し』と、コイツや雉がいた『桃太郎』は、少なくとも同一のフィールドだ。だからこそ、こうして俺は物語の乗り換えができたのだ。
ということは、他の物語もここと同じフィールド内で展開されているはずだ。
俺は幼い日の記憶を呼び起こす。
見つけたいのは、鬼が出てくるおとぎ話。
改めて考えて気づいたのだが、そもそも俺はこの世界の鬼を見たことがない。
一度は実物や動きを見ておいた方が、戦い方の対策も立てやすい。
幸いにも、鬼が出る昔ばなしの候補はすぐに思い出した。
『一寸法師』だ。
鬼に襲われた姫を助けて、鬼が落としていった打出の小槌で大きくなって姫と幸せに暮らしたという話だったな。
確か、一寸法師はお椀に乗って京の都まで行って、そこで姫の護衛についていたはずだ。
つまり、京に行けば鬼に出会えるチャンスがあるかも知れない。
俺は桃太郎に尋ねる。
「桃太郎よ、ここから京までの道程はわかるか」
「いやー、行ったことねぇなあ。でも、何で?」
「少し寄り道をしていこうと思う。京の都なら人も多いし、情報収集には持ってこいだろう。それに栄えている土地にはそれだけ魔も多い。運が良ければ、鬼が出るかもしれん」
「あー、なるほどね!さすがツルちゃん!」
「せめて、どちらの方角かくらいでもわからぬか」
「うーん、どっちかなあ」
こういう肝心な時に全くあてにならない桃太郎にいくぶん腹が立ったが、仕方ない。
「では、余が上空から探索してみよう」
俺は鶴の姿に変身すると、
とはいえ、見当もつけずに飛び回るのはいくら何でも骨が折れる。
だが、手かがりが無いわけではない。
おそらく京の都はこの異世界で中心となる街のはずだ。
であれば、地方都市との間にそれなりの規模がある街道が整備されているはず。
まずはその街道を探すのがいいだろう。
俺は上空からでも見えるくらいの広い街道を探した。
しばらく東へ進むと、それらしき道が見えてきた。
俺はその時、道端に何か黒い影が止まっているのが見えた。
目を凝らすと、貴族が移動に使う牛車のようだ。
もしかすると、何かの用事で京へ向かっている最中かもしれない。
であれば、道を確認すれば京の場所もわかる可能性が高い。
俺は急いで牛車の近くへ降り立つと、美少女へと姿を変える。
道端に停車している牛車へと近づいていく。
かなり大きく豪華な作りではあったが、何やら様子がおかしい。
俺は驚きの光景を目の当たりにした。
付き人らしき人間が数人、牛の周りに倒れている。
道は一部、赤黒く染まっていた。
俺はまだ息がありそうな付き人を抱きかかえ、問いただした。
「おい、一体、何があったのだ」
付き人を見ると、胸元が刃物で切られている。
息も絶え絶えに、付き人は口を開いた。
「賊が……姫のための……宝を……」
付き人は
京への道を尋ねたかったが、それどころではない。
俺は前方から車の中を確認する。
貴族と思われる装束を着た男が、首から血を流して息絶えていた。
思わず目を背けたくなる光景ではあったが、男の手に何かの切れ端が握られているのに気がつき、俺は思わずそれに目を留めた。
その手から切れ端をそっと抜いている。
どうやら何か布の端のようだ。
不思議な玉虫色に輝いている。
もしかすると、コイツも何かの登場人物かもしれない。
不思議な布を持った貴族か……そんな話あったっけ。
しかし、付き人の状態から見て、賊が宝を奪ってからそれほど時間は経っていないように思われた。
今から辺りを捜索すれば逃げた賊が見つかるかもしれない。
期待は薄いが、もしかすると京への行き方を知っている可能性がある。
俺は辺りに人気がないのを確認する。
公衆の面前に姿を晒す必要のない今なら、「ゴルゴ」のロールを使っても問題ないだろう。
プロの殺し屋のスキルだ。
賊の一人や二人、ねじ伏せるのは容易い。
俺のゴルゴへの信頼は何よりも厚い。
俺はすぐに鶴の姿へと変身し、周囲の道や森に賊の痕跡がないか探し回る。
すると、牛車から少し離れた草むらに、走る三人の賊らしき人影が見えた。
俺は音も無く賊たちの背後に降り立つ。
「メニュー」
半透明のディスプレイを操作し、ロール設定画面を出す。
「ロールチェンジ ゴルゴ」
たちまち俺の体は緑の光に包まれた。
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