第8話

 きじのその言葉は、俺の頭を混乱の渦中かちゅうへ叩き落とした。

 かつて本当の桃太郎がいたパーティー……?

 俺は頭の整理が追いつかないまま、雉に尋ねた。


「貴様……一体、何を言っているのだ!?」


 俺の焦った顔を見たのか、雉は宥めるように俺に話しかける。


「混乱するのも無理はないだろう。文字通りの意味だ。俺は『雉』としてこの異世界に転生し、昔話のストーリー通り桃太郎パーティーに参加したのだ」


 雉は狙撃のダメージで咳き込みながら話を続ける。


「物語の通り、桃太郎は犬と猿を従えて俺の前に現れた。俺は最後に家来として桃太郎のパーティーに加わった。そこまでは順調だった。だが、家来が全員揃い、鬼ヶ島へいざ出発しようとした時、あの事件が起こったのだ」

「……事件?」

「ああ、あいつが突然現れたのだ。あいつは……桃太郎を……ゲフッ!!」


 雉は再び咳き込むと、口から血を吐く。


「おい……大丈夫か!?」


 狙撃した張本人が言うな、という話ではあったが、俺は雉の話を何としても聞かねばならぬと直感した。

 雉は咳き込みながら俺の肩を掴んだ。


「俺はお前に負けた。この世界でのクエストはここで失敗だ。後はお前に託す。あいつの正体は——」


 その瞬間、俺の顔の横を鋭い光の筋がかすめた。


「ぐはッ!!」


 雉の口から叫び声が漏れる。

 気づいた時には手遅れだった。


 弾丸のように一直線に放たれた刀だった。

 そいつが雉の脳天を貫いていた。

 雉は白目をひんいて項垂うなだれる。


「おい……どうした、しっかりしろ!」


 俺は雉をゆすったが、すでに事きれていた。

 しくじった。

 まだ肝心の部分を聞けていないままだ。


「おーい、ツルちゃん!大丈夫?」


 俺の背後から、桃太郎がこちらに向かって駆け寄ってきた。

 俺は急いで刀を確認する。

 間違いない。これは桃太郎が放ったものだ。

 今までヤツの戦闘の実力を見たことがなかったが、あの距離から刀を矢のように投げて正確に雉の脳天を撃ち抜くとは……かなりの手練れだ。


 同時に俺はある懸念が頭をよぎり、全身を硬くした。

 まさか、先ほどの会話を桃太郎に聞かれていないだろうな……。

 雉はたった今、何らかの秘密が漏れないよう桃太郎に寄って意図的に口を封じられたのかもしれない。


 桃太郎は俺のそばまでやってくると、雉の顔を覗き込む。


「お!クリーンヒットだねぇ。さすが俺」


 俺は動揺を悟られぬよう、咄嗟に桃太郎の助太刀に感謝するふりをした。


「助かったぞ、桃太郎。礼をいう。余の攻撃で息絶えていたと思いきや、いきなり起き上ったこやつに肩をつかまれ、襲われかけていたところだ」

「おー、なら良かった。もー油断大敵だよ、ツルちゃん」


 桃太郎は雉の頭から返り血を浴びないように刀をゆっくりと抜いた。

 念のため、切っ先で雉の亡骸を突いて生死を確かめる。


「あ、そうだ、ツルちゃんさぁ」


 桃太郎はゆっくりと俺に振り向いた。

 冷や汗が一筋、背中を伝う。


「何だ」

「コイツ、何か気になること言ってなかった?」


 気のせいか、桃太郎の目に暗い光が宿ったように見えた。

 俺はつとめて平静を装った。


「いや、何も」


 少しばかり声が裏返ってしまった。

 桃太郎はじっと俺の目を見つめた。

 今さら気づいたが、こいつ、人を殺すことを躊躇ためらわない目をしている。


 まずい。何か感付かれてしまっただろうか。

 俺は心の動揺に気付かれないよう、必死で取りつくろった。


「ふーん、まあ、いっか」


 俺は何とか桃太郎の追求をかわした。

 というか、そもそもなぜ俺の方が下手に出なければならないのだ。

 少し冷静になった俺は、逆に桃太郎へたずねてみることにした。


「うぬの言う、気になることとは具体的に何だ。何か引っかかることでもあるのか」

「いやー、別に、何でも」


 今度は桃太郎が俺の質問をはぐらかした。

 脚を引きずったポチと猿が桃太郎の元に駆け寄ってきたせいで、俺たちの会話はそこで途切れた。




 雉の襲撃を無事に乗り切り、俺たち桃太郎パーティーの一行は再び鬼ヶ島へ向かう準備を始めた。

 ポチは俺が怪我の手当てをしている間、ずっと恍惚こうこつとした表情で俺の太ももを見つめ、虚空こくうに向かって腰を振り続けていた。

 怪我した脚をへし折ってやろうかとも思ったが、そんなことをすれば鬼ヶ島へ着くのが遅れるだけだ。

 俺はポチへの殺意を抑えて寸でのところで我慢した。


「おーい立てるかー、ポチー」


 包帯を巻き終わったポチの口を開いて、桃太郎がきび団子を突っ込む。

 途端にポチがむくりと起き上がり、怪我が完治したように踊り狂って走り出す。

 俺は驚いて桃太郎を見た。


「貴様、ポチに何をした……!?」

「え?何って、きび団子食わせただけっしょ」

「いや、その団子……そんな効果もあるのか」

「当たり前っしょ。食えばたちどころに元気百倍!気分爽快!体の痛みも、嫌なことも辛い現実も、全部吹っ飛ぶよ!」


 いや、それ確実にアカンやつだろ……。

 桃太郎が俺の目の前にきび団子を一つ取り出して、ちらつかせた。


「ツルちゃんも怪我してんじゃん。どう、食う?」


 目の前の団子から、なんとも美味しそうないい香りが漂ってくる。

 俺は一瞬、その誘惑に惹かれかけた。

 だが、同時に俺の本能が危険だと警告を発していた。


 こういう系のアイテムは大抵、相場が決まっている。

 気分が良くなるよ、と言われて一度だけなら……と手を出したら最後、もうきび団子のことしか考えられなくなるのだ。

 現に、そこの猿を見てみろ。

 自分にきび団子が与えられていないのを根に持つように、桃太郎が取り出したきび団子を血走った目で凝視している。


 俺は桃太郎に答えた。


「……いや、要らぬ」

「もー、相変わらず強情だなぁ、ツルちゃん」


 桃太郎は残念そうにケラケラと笑って、きび団子を上空に高々と放り投げた。

 途端に猿がものすごい勢いできび団子に飛びつき、狂ったように歓喜の奇声を上げてむしゃぶりつく。

 ポチもハイテンションでキャンキャンと叫びながら走り回っていた。


 本当に大丈夫なのか、このパーティー……。

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