第7話

 そうなると話は全く違ってくる。

 きじを倒す目的は、俺のキャラ被りを阻止するのではなく、桃太郎のストーリー自体が破綻しないようにする、ということになる。


 しかし、順当に行けば俺を差し置いて桃太郎の仲間となり、無事にクエスト達成できた可能性もあったはず。

 なぜヤツはそれ自体をぶち壊しにかかっているのだろう。

 いや、今は目の前の危機を脱出することが先決だ。その答え合わせは後でいくらでもできるだろう。


 俺は懸命に目をらして、弾が飛んできた方向を見定める。

 その時だった。

 桃太郎がポチ目がけてきび団子らしきものを投げる。

 以前食わせていたものとは若干色が違うように見えたが、恐らくきび団子だ。

 雉は何を思ったか、反射的にそれを撃ち抜いた。

 その瞬間、俺にはヤツのライフルの輝きが一瞬だけ見えた。


 場所はほぼ特定できた。

 今なら次弾の準備までに隙があるはず。

 俺はライフルをそこに向けて連射した。


 や物音一つしない静かな時間が流れる。

 俺は神経を研ぎ澄ませ、わずかな動きがないか探る。

 桃太郎がこちらに顔を向けて声を上げた。


「おーい、片付いたのか?」

「まだわからぬ。うかつに動くな」


 俺は念のため慎重に体を動かすと、鶴へと変身し一気に飛び立つ。

 すると突然、銃弾が俺の肩をかすめた。

 ヤツはまだ息がある。


 だが、それも想定済みだ。

 俺はヤツがいると思われる場所の上空まで飛び上がり、ちょうど太陽を背にする位置まで行く。

 ついにヤツを真下の視界に捉えた。

 強い逆光でこちらの位置が掴めず焦っているのが手に取るようにわかる。

 俺は美少女の姿に戻り、落下しながら狙いを定めてライフルを連射した。

 うち何発かがヤツに命中し、そのまま倒れる。

 地上ギリギリで鶴に戻ると、ライフルを捨てて羽を羽ばたかせ、地面にうまく着地した。


 再び美少女の姿に戻り、そいつ——「雉」をあらためてじっくりと観察する。

 全身撃たれていたが、まだ意識はあるようだ。

 俺は念のため、懐にしまっていたサバイバルナイフを取り出した。


 ソイツは雉というより、「人間」の男の姿をしていた。


 顔はなぜかゴ◯ゴ13に激似で、ガタイのいい体にベージュのピチピチタイツを履いており、上半身はこれまた緑のピチピチのTシャツを着ている。

 口元には小学校の学芸会で児童が着けていそうな、くちばしをかたどった黄色の円錐を後ろに回したゴムで留め、頭に赤いベレー帽を被っていた。

 一応、体の色合いはちゃんと雉の雄に合わせているらしい。


 冷静に考えて、普通にすれ違ったら不審者として通報するレベルの格好だな……。


 この生きるか死ぬかの張り詰めた状況と、コイツのキッショいコスプレが俺の頭の中で同居し、俺は少しばかり混乱した。

 というか、そもそもこいつ、本当に雉で合ってるよね……。

 不安になった俺は、念のため尋ねた。


「うぬが雉か」

「この格好を見てわからんか」


 ……いや、わかんねぇから聞いてんだよ。 

 「見ればわかるだろ」みたいな風に言うな。

 しかも変なくちばしを着けているせいで、絶妙に声がくぐもって聞き取りにくい。


 唐突とうとつに雉は俺に質問を返した。


「お前、転生者だな」


 驚きというより、やはりという感覚が先に生じた。

 異世界人と現地人(元々の異世界の住人)では、何というか思考や世界の見方が若干異なる。俺はいくつもの異世界を渡り歩いた結果、感覚的に何となくその違いを見分ける「嗅覚」みたいなものが身についていた。

 そもそも「転生者」という言葉を発するということは——やはり俺の予想通りだ。


「かくいう貴様も転生者という訳か」

「ああ。『桃太郎』の雉に転生したはずだが、何のバグがあったのか、デフォルトロールがスナイパーな上に、こんな無様な格好の初期設定だったが」


 その初期設定にはちょっとだけ俺も同情した。

 しかし、この世界のデフォルトロールはスナイパーで固定されているのだろうか。

 雉は俺を見て続ける。


「さしずめお前は『鶴の恩返し』でストーリー完結クエストを失敗し、代替として『桃太郎』のストーリーに乗り換え完結させることで次の転生を画策していたのだろう。桃太郎パーティーに雉がいないのをいいことに、その座に収まろうと考えた訳か」

「そこまで見抜いているなら皆まで言うまい。余の目的は一刻も早くこの世界から転生することだ。そのためには手段を選ばぬ。悪く思うな。あとマジでうぬの声聞きとりづらいからその変なくちばし外せ」


 雉は素直にくちばしの被り物を取ると、口元に含みのある笑いを浮かべていた。


「お前は何も分かっていないな」

「……どういう意味だ」


 雉はそれに答えない。俺は苛立ちを隠せないまま雉に尋ねる。


あわれな雉よ。そもそも、貴様の目的は桃太郎の仲間入りをするため邪魔者の余を討ち取ることだろう。なぜポチ……もとい、あの柴犬を撃った」


 雉は口元に笑みを浮かべる。


「何がおかしい」

「お前、まさかあいつが本当に桃太郎だと思っているのか」

「え?いや、全然」


 俺は反射的にそう答えたが、そんな自分に愕然とした。

 無意識では分かっていたが……「あいつ」、桃太郎の要素がカケラもない。


 確かに犬と猿は連れてはいる。

 鬼退治に行くとも言っていた。

 だが記憶をたぐり寄せても、そもそも「あいつ」が自分自身を「桃太郎」だと名乗ったことは一度もない。


「……ちょっと待って貴様、それは……どういうことだ」


 俺の問いに、雉は衝撃的な一言を発する。


「俺はかつてあのパーティーにいた。『あいつ』が来る前の、本当の桃太郎がいたパーティーだ」

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