第6話

 間もなく、鈍い銃声が聞こえた。

 急いで方向転換して急降下する。


 一体、何が起きた!?

 どこかの猟師が俺に向けて銃を撃ったのか?

 いや、あの高度は火縄銃の射程外だ。

 そもそも鶴など撃っても何の得にもならない。


 つまり、狙撃手は俺の正体を知った上で俺を殺そうとしたのだ。


 俺はその時、ある可能性に思い至った。

 まさか、「ヤツ」——雉が、俺の先回りをしていたのか。


 ——完全に想定外だった。

 クソッ、右手だけでなく、弾がかすった左手が物理的にうずく。


 続いて俺は、すぐさまもう一つの可能性に思い至る。

 まさか、ヤツも「転生者」なのか。

 そもそも雉がライフルで俺を狙ってくること自体、本来のキャラ設定から大幅に逸脱いつだつしている。


 確証は無いが、俺と同じ「転生者」だと考えて間違いないだろう。


 となると話は大きく変わってくる。

 すでにこちらの意図がバレている以上、この仕事、一筋縄ではいかない。


 俺は急いで地面に降り立つと、瞬時に美少女へと姿を変えた。

 そして岩場のある木陰に隠れながら地面に伏せ、ライフルを構えた。


 どこだ。どこから狙っている——


 以前、傭兵部隊に転生した時の記憶で、俺の身体は勝手に動いていた。

 昔見た外国の映画に、確かそれに近い設定の主人公がいたような気がした。

 これもデフォルト設定のロールとスキルのおかげか。


 相手は狙撃用のスナイパーライフルを持っている可能性があった。

 しかも俺が飛んでいた高度の射角で打って的をかすめるとは、かなりの手練れだ。

 発砲音が聞こえた時間差と弾が飛んできた方向から考えて、相手は恐らく向こうの雑木林あたり。


 着物のすそが邪魔だった。

 ずだ袋を開けてサバイバルナイフを取り出すと、裾をガリガリと切り裂く。

 太ももがむき出しの際どい丈になったが、なりふり構っていられない。

 おかげでかなり動きやすくなった。


 弾がかすった左手から血が腕を伝って地面に落ちた。

 緊張で痛みはほとんど感じない。


 さて、どう攻めたものか。

 俺が地上に舞い降りた瞬間は見られているはずだ。

 こちらの位置は把握されていると思ってまず間違いない。


 反対に、俺からは相手の位置が正確にわからない。

 加えて狙撃の腕もかなりありそうだ。

 下手に頭を出すと、一発で撃ち抜かれる可能性もある。


 まずはこちらの武器に有利な間合いまで詰める必要があった。

 目標は少し離れた向こうの岩場。

 あそこまで何とか走り切れば、少しは勝機が見えてくる。


 ふと目の前を見ると、ちょうどいい大きさの岩が転がっている。

 手元には着物の切れ端。


 その時、俺にある考えが浮かんだ。


 こいつを岩に巻きつけて思い切り反対方向へ転がし、ダミーにしよう。

 とはいえヤツもプロ級の腕前だろう。

 こんな小細工をしたところで、誤射する可能性はそれほど高くない。

 だが、運が良ければ射撃の方角からヤツのおおよその位置がわかる。


 それがダメでも、少しでも動きがあれば一瞬ヤツは躊躇ちゅうちょするはず。

 それだけでもわずかなすきができる。

 その間に全力疾走で向こうの岩場まで駆け抜ける。


 焦らずゆっくりと、手元の岩に着物の切れ端を巻き付ける。

 ヤツにまだ動きはなさそうだ。

 俺はタイミングを見計らい、岩陰から思い切り岩を転がした。

 それと同時に、反対方向の岩場目がけて全力で駆け出した。


 一瞬の間をおいて、耳元をヒュンッ!という音がかすめる。

 同時に響く、ターン!という鈍い銃声。

 ヤツめ。岩の方ではなく、俺を確実に狙ってきやがった。

 やはり相当な手練れだ。


 だが、今ので弾が飛んできたおおよその方向は掴めた。

 あとは徐々に射程まで間合いを詰め、一気に反撃するしかないか——


 その時だった。

 桃太郎たちがこちらに気づいて駆け寄ってくる。


 まずい。

 非常にまずい。

 俺は気づかず、元いた位置にかなり近いところまで戻ってきていたのだ。


 ポチが俺の露出した太ももを見て、興奮して目を輝かせ走ってきた。

 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。


「ダメだポチ、来るな!!」


 叫んだが、一足遅かった。


 雉が放った凶弾が、ポチの脚を貫いた。


 ポチは一瞬、跳ね上がったかと思うと、クゥーン、と情けない声を出して転がり、そのまま地面に突っ伏した。


「ポチ!」


 呼びかけにポチは応え、相変わらず興奮した目つきで俺の太ももを見つめていた。

 とりあえずそれくらいの元気はあるようで安心した。

 そこへ、桃太郎がポチの元へと駆け寄ろうとした。


「待て桃太郎、ポチに近づくな! 」

「いや、そーは言ってもよー」

「わからんのか、ポチはおとりだ!狙われているぞ!」


 俺は大声で桃太郎を制止した。

 桃太郎は状況を飲み込んだらしく、何も言わずその場に留まった。


 ポチを助けたいのは皆同じだ。

 だが今助けに飛び出せば、ヤツにとって格好の的になる。

 一人を殺さずに負傷させ、他の仲間をおびき寄せる。

 狙撃手の常套じょうとう手段だ。


 ここで俺は、ふと強烈な違和感を覚えた。


 今ここで仲間の犬であるポチを狙撃したことで、桃太郎パーティーへ宣戦布告したも同然だ。

 しかし、雉は桃太郎の仲間になるべく、俺を狙っていたはず。

 これではかえって逆効果ではないか?


 単に手元が狂い、ポチを誤射したのだろうか。

 いや、ヤツほどの手練れが、手負いでもないのにそんなミスをするはずがない。

 もしくは、俺がポチを助けに行くと踏んであえて撃ったのだろうか?しかし、ポチを傷つけた以上、もはや桃太郎がヤツを仲間に迎えることはないだろう。


 俺はそこで、恐るべき可能性にたどり着いた。


 事情はわからないが、ヤツのターゲットは俺たち桃太郎パーティー全員なのではないか——

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