第3話

 桃太郎が動物を家来にした順は、犬、猿、きじのはずだ。

 後ろからついてきているのは、柴犬とニホンザルに見えた。

 まだ雉は仲間にしていないらしい。

 これは何たる僥倖ぎょうこう


 雉のやつに先回りして、鳥ポジションを奪ってしまえばよい。


 もう一つ幸運だったのは、俺に鶴から美少女へ変身できる能力があることだ。

 存在するかもわからぬ「転生の神」に感謝した。


 幾多の転生を経て学んだ事がもう一つ。

 美少女キャラ、これに勝るものなし。

 大抵のことはこの見た目で何とかなる。


 人は見た目ではなく中身?

 なるほど、そう思いたければ、俺は止めない。

 だが無慈悲にも、それが幾多の転生世界で見てきた現実だった。


 桃太郎とはいえ、所詮は男。

 傷ついた美少女を見れば放っておけない、オスとしての性。

 それを利用する手はない。


 俺は早速、桃太郎たちの進路から見えやすい位置に降り立った。

 すぐに美少女へと変身し、怪我をして歩けなくなった体を装った。


 徐々に桃太郎たちが近づいてくる。

 さあ、可憐な美少女が足を挫いて困っているぞ。

 早く俺に声をかけろ。




 ——素通りかい。


「おい、そこのうぬ等!」


 あまりの戸惑いに、俺は思わず声を荒らげてしまった。


「おい、ちょっと……ねぇ、うぬ等!!」


 それでも全くこちらを振り返る気配がない。


「ちょ……無視すんなやコラァッ!」


 ——いい度胸だ。この絶世の美少女を完全スルーとは。

 俺は鶴の姿に戻ると再び空へと飛び立ち、今度は桃太郎たちの進路を妨害する場所に舞い降りた。


 再び、徐々に桃太郎たちが近づいてくる。

 肝心の桃太郎が、頑なに俺と目を合わせようともしない。

 か弱い美少女が道に倒れていたら、チラ見くらいするだろ。普通。

 てか、そもそも真正面に居ますけど。あなたたちの。

 美少女でなくても見るでしょ。

 もはや、ワザとか——


 だが心配は無用だった。

 柴犬がついに耐え切れない様子で、舌を出してこちらを見ていた。

 いかにも頭の悪そうなツラ構えだ。

 早速一匹、釣れたか。


 相変わらず桃太郎の方は無関心を装っていたが、柴犬が俺目がけて突進してきた。

 ——と思った次の瞬間、俺に体を擦りつけ腰を上下に激しく振り出した。

 いや、お前……。

 これが文字通りの「盛りのついた犬」ってやつか。


 だが、犬が俺に絡んできたせいで、俺と会話せざるを得なくなっただろう。

 もう素通りはできないぞ。桃太郎。


「おいコラー、人様にちょっかい出すなよー」


 セリフ棒読み感ハンパない桃太郎が、面倒くさそうにこちらにやってきた。

 明らかに俺と話したくなさそうに、視線を外してくる。

 近くで見ると、プリン頭の金髪に鼻ピアスを空け、眉毛を平成ギャル男あたりの角度で剃っていた。顎には無精髭ぶしょうひげがまばらに生えている。


 なんだ。この、何というか、周回遅れヤンキー感丸出しのスタイルは。

 だが、なぜかその金髪と着物姿の組み合わせには既視感というか懐かしさがあった。

 ……思い出した。

 昔ニュースで見た地方の成人式だ。


「サーセン、うちのポチが迷惑かけたみたいで」


 ポチ。

 実際にその名前つけてる人、初めて見た。

 むしろ一周回って新鮮でかわいい。


 ポチは懸命に俺の背中あたりに体を擦り付けハァハァ言いながら腰を振り続けていたが、桃太郎に腰の布袋から出したきび団子らしき球体を無理やり口に詰め込まれると、恍惚こうこつとした表情を浮かべて痙攣し出した。

 桃太郎はだらりと伸びたポチを担いだ。


「じゃ、うぃーす」

「うぬ、ちょっと待たぬか」

「ん?どした」

「何か、余に言うことはないのか」


 ポカンとしている桃太郎に痺れを切らし、俺は叫んだ。


「ええい、貴様、余を鬼の討伐隊に入れたいと思わぬのか!しかも、かような美少女を野に置き去りにする気か!少しは気遣え!全く、男の風上にも置けぬ奴よ」


 桃太郎は鼻をほじりながら、ウザそうにこちらを見て頭を掻いた。


「いや、悪りぃんだけどよぉ、オレら、急いでんだわ」

「……何だと?」


 あれ?なんか、俺の方が面倒臭いやつの空気になってないか……?


「あとオメー、怪我してんべ。なんつーか、戦力外っしょ」


 俺は衝撃を受けた。

 コイツ……極めてマトモなことを言っている。

 確かに手負いの者をわざわざ鬼の討伐に加える馬鹿はいない。

 策に溺れたのは俺の方だった。


「あと俺らさぁ、これからヤベー鬼とやりあう訳よ。ハンパな覚悟じゃ足んないわけ」


 桃太郎の横で、ニホンザルが必死にきび団子の袋を開けようとキーキー騒いでいる。

 ポチは担がれてぐったりしたまま、未だ興奮冷めやらぬ目で俺を見つめていた。


 百歩譲って、俺が戦力外に見えるのは確かにその通りだ。

 だが、今のセリフ……お前の家来を見る限り、全く説得力がないぞ。

 自分で言って、気づいていないのか。


 子供の頃から疑問だった。

 なぜコイツ、きび団子なんてチートアイテム持ってるくせに、犬とか猿とか小型の動物ばかり家来に選んでいるんだ。

 虎とか雄牛とか、もっとこう、他にも強そうな野獣、ビースト達がいるだろ。

 パーティー編成時点で悪手だというのが判らないのだろうか。


 俺は必死でコイツに取り入る考えを巡らせた。

 幸いにも、すぐにアイデアは降りてきた。

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