第2話

 俺は再び美少女へと姿を変え、腕を組んで家の戸口に仁王立ちしていた。

 与兵は俺と目を合わせようともしない。

 せっかく戻ってきてやったのに、全く舐めた態度をとってくれる。


「——だから、余の何が不満だと言うのだ」


 俺は改めて与兵を問い詰めた。


「よぐ考えだが、おらに、おめぇのような美人はもったいね」


 何だ、この男は。

 一度フラれただけでこの体たらくか。軟弱者め。

 しがない平民の分際で、こんな美少女の俺に対して婚約破棄とは。

 いかにも自分に自信がない顔つきにすら、だんだんと苛立ちを覚えてきた。


「余が良いと言っているのだ。貴様、この期に及んで何をためらうか!」


 与兵は少し間を置いてから、口ごもりながら言った。


「……おらぁ人の子だ、鶴ぅ嫁さ迎えるわげにはいがね」


 元も子もない事を言われてしまった。

 いや、そうなんだけどさ。

 確かに人間と鶴とが夫婦になるなんて、普通に考えればあり得ない。

 返す言葉が見つからなかった。


 だが俺は転生のため、『鶴の恩返し』を話通りに終わらせなければならない。

 一瞬、冷静になってしまった自分を叱咤した。


「愛があれば、種族の違いなど関係なかろうが!愛は種族を越える!」


 自分で言っておいてもはや意味不明だが、ここで押し切るしかない。


「この通りだ!勘弁すてけろ!」


 土下座までされた。

 こんな男に振られるなど、美少女キャラとして何たる屈辱。

 とりつく島も無いとはこの事だ。

 もはや交渉の余地はなかった。


 その時突然、物陰から一人の女が出てきた。


「与兵さ!」

「おキクちゃん!なしてこんなところに……」


 お菊——確か、三軒先の農家の娘だ。

 もちろん俺の美貌には遠く及ばないイモ女だが、こんな寂れた寒村の出にしてはなかなか器量の悪くない小娘だった。

 一体、どういう事だ……。


「与兵さちっとも家に入れでぐれねがら来だんだげんと、誰よ!この女」

「おキクちゃん、待ってけろ。これにゃ、色々と訳が……」

「与兵さのバガァ!もう知ゃあね!」


 おキクは与兵の頬を思い切り平手打ちして、泣きながら走っていった。


 俺は全てを悟った。

 この男、俺というものがありながら、他の女と通じていたとは——

 しかも、妻同然の俺の存在を秘密にしていたのか。

 思い返せば、俺が機を織っている間に夜な夜などこかへ抜け出している気配はあったが。


 与兵め、絶対に許さん——


「貴様……どこまで余を愚弄ぐろうすれば気が済むのだ!」

「おめぇのしぇいで、おキクさごしゃいだでねが!」


 この期に及んで、おキクがキレた罪を俺になすりつけ出した。

 何と無様な男。

 もはや怒りを通り越してあわれみすら感じる。

 よしんば俺が魔王の身なら、漆黒の闇より出でし黒い翼の破壊神「ディアボロス」を降臨させ、この腐れ下郎を灰塵かいじんに帰してしている所だ。


「……もうよい。うぬには地獄を味わってもらおう。いや、貴様には地獄すら生ぬるいッ!」


 残念ながら、破壊神「ディアボロス」を召喚する魔力も、秘孔を突く技術も今の俺にはない。

 だが俺は幾多の転生を経て、僅かながら人間について一つ、学んだ事があった。

 肉体の苦しみは生命の危機から生まれ、魂の苦しみは他者への羨望から生まれる。

 そして、人にとって後者は実に耐え難いのだ。


 目の前のこの男は、この寒村のひなびた生活以上のものを知らない。

 ではもし、その外側の世界を「知って」しまったらどうか。

 そして、自分の力ではどう足掻いてもそこへ到達不可能な場所に俺がいることを知った時の苦しみは如何程だろうか。


 決めた。

 何とかして他の物語に乗り換えて、そこでハッピーエンドを迎え、この男に俺の大成功を見せつけてやろう。地獄の苦しみを感じるほどに羨ましがらせてやる。

 そして、俺は意気揚々と次の世界へ転生するのだ。


 悪魔的、まさしく悪魔的な所業だ。

 クソッ、右手……うあぁ、もとい、右羽がうずく。

 あまりの興奮に、封印されし邪気眼も開きそうだ。


「この恨み、きっと晴らすぞ、覚えておれ!」


 俺は鶴の姿に戻ると、空へと舞い上がった。


 そうは言ったものの、俺はあることに気づいた。

 俺の本体は「鶴」だ。

 他の物語に乗り換えるには、少なくとも作中に鳥が登場している必要がある。

 俺は鳥が出てくる昔話を思い出してみた。


 まずい。あまり候補がない。


 舌切り雀は論外だ。そもそも雀の中に鶴が混じってるとか、明らかにおかしい。

 鴨取り権兵衛——「大成功」のイメージからはほど遠い。

 うぐいす長者——名前は聞いたことあるが、肝心の内容が思い出せない。


 俺が悩みながら飛んでいると、眼下の森を抜けて歩き続ける一人の男が見えた。

 後ろから小型の動物が2匹、男の後をつけている。

 よく見れば、犬と猿——


 そうだ。

 肝心な昔話をすっかり忘れていた。

 一番メジャーなのがあったじゃないか。


 悪者を退治して、金銀財宝を山のように手に入れられる話。

 「成功者」を絵に描いたようなハッピーエンド。


 ——『桃太郎』——


 ここで俺に、またしても悪魔的発想が舞い降りた。

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