陰心 後編

…こころは私を信じて主導権をくれた。私は、あの子に助けを求められている。創られたということは、そういうこと。ならば、私はそれに答えなければいけない。


「…こころ、そこでゆっくりしててね。」


自分の胸に手をあてる。この中には、一人の無邪気の少女が眠っている。それと同時に、こころの記憶が私の中に流れ込む。それは、過酷な環境で常人には耐えられない苦痛を経験する、そんなもの。


私の中で、何かが煮えたぎる。それは怒りに近い感情だろうか。それとも、もう一人の自分をここまで臆病でか弱い少女へと変貌させた人間への恨みだろうか。そのような感情が混ざりあい、捻れあい、異例の共鳴を見せる。


「《身体強化》。」


お風呂を出て、ドレスを着て、ドアを空けた瞬間、身体強化を発動する。あの子がずっとここで生活していたから、地形などはほとんど把握している。


駆け回り、出口を目指す。どうやら、バレて応援を呼ばれたらしい。弓矢が私めがけて飛んでくる。だが、私にそれは通用しない。私の思いには届かない。弓矢を剣で弾き落とすと、出口が見えてくる。そこでは、5人ほどが道を塞いでいる。


「《BS》。」


5発バレットスラッシュを溜め、一人ひとつ放つ。すると、やはりすぐに道が空いた。出口から出ると、ありったけの力を振り絞り、飛び上がる。飛行魔法は使えないが、ジャンプで空を舞い、持ち前の体重の軽さで緩やかに滑空する。


やがて、降りたら、そこは知らない森。収容所があるところは黙視できないほどに遠い。やりきった。自分のありったけの力を使い果たし、制御ができなくなり、中にいるこころを出してしまった。


「ここ…」


目覚めたら、知らない森の中。やみちゃんは、全力を持って私のことを助けてくれた。それは伝わった。目の前でやみちゃんが横たわり、ぐったりしているのが何よりもの証拠だ。


やみちゃんが戦ってくれたことで、私もある程度の術を思い出すことができた。回復術をやみちゃんに使い、ある程度動けるようにした。


「ありがとう。あなたのおかげで逃げられた。」


「…うん。」


…どうしたんだろう。さっきまでみたいな、私を励ますような口調ではなくなっていた。微笑し、どこか安心感を覚えたその表情は、無を貫いており、口数もめっきり減っている。


「やみちゃん、そんなに口数少なかったっけ…?」


「…これが元々。思いが強くて、たくさん話せた。」


思い。心恵人は、強い思いを持ったとき、その人じゃないような力を発揮したり、一時的に性格が豹変したりするというのを、思い出した。そうだ、やみちゃんは私の負の感情から生まれた存在。そもそも、


「あなたのおかげで、色々思い出せた。ねえ、やみちゃんだとちょっと可哀想な印象があるから、新しい名前を考えてもいいかな?」


「…いいよ。」


負の感情を感じることしかできない闇こころ。それだと、可哀想だと思った。名前から救いようのない子、という印象を持ったのだ。


この子は、私に現れた一筋の『光』。そして、私に色々なことを思い出させてくれた。暗闇しかなかった私を照らしてくれた、いわば『太陽』のようなもの。もう、名前は決まった。


光心陽ひかりこはる…でどう?」


「…それがいい」


「じゃあ、改めてよろしくね。心陽ちゃん。あ、私の名前はどうする?」


「こころでいい。心陽にとって、あなたは『心』そのもの。一緒にいるときだけ、笑えるの。」


結構嬉しいこと言ってくれた。まあ、私の名前は光こころで確定、だね。


「これからどうするの?」


「…人間を、滅ぼす。」


…え?すごく物騒なことが聞こえた気がした。え、まさか、冗談だよね?あくまでも私の一部、そんなこと考えるわけ…


「心陽は、人間を滅ぼしたい。でも、こころは、絶対喜ばない。」


「私は、人間も心恵人も仲良くできる未来を作りたい。あなたとは逆になっちゃうけどね。」


明確な対立。これは、どちらかに決めないといけない。私か心陽ちゃんか、どちらかが折れて相手に従わないといけない。中間の意見を取る、という選択肢は、おそらくとれない。心陽ちゃんも、きっとそれは同じことを考えている。


「…どうするの」


「どっちかに決めるしかない。じゃあ、こうしよう。まだお互いにこれを実行する力はない。だから、お互いがある程度強くなったときに戦って決めよう。一番手っ取り早いでしょ?」


「それまで、別々?」


「…そうなるね。一緒にいても、目指すものが違ったら、雰囲気が悪くなっちゃうでしょ?」


「わかった。…負けたら、文句無し。」


「それは、そっちこそ、ね?」


お互いを見つめ合う。自分の中で生まれた対立。その目には、敵を見る鋭い眼光と、自分の一番大切な人を離したくないというそんな感情が混じっていた。


「ここで、お別れ。」


「そうだね。心陽ちゃん、決戦の日まで死なないでよ?」


「こころも。」


お互い、反対の方角を見て、その方向に歩いていく。だけど、どうしても離れたくなくて、数歩歩いて振り返る。そこには、同じく振り返った心陽ちゃんと目があった。その目は、私をしっかりと見つめている。泣きそうな、寂しそうで、悲しそうな、今にでも抱き締めて安心させたいそんな表情。私もこんな風に写っているんだろうか。


しばらく見つめあい、少しして振り返ると、またお互いに歩き出す。もう、決戦の日まで会うことはない。でも、考えれば楽だ。次会って、話せる時には決着がついている。もうこんな対立は生まれない。


…さようなら。光心陽。また会う日まで。

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