夏の三角形

 夏の夜空……は、南の方角こそがキーポイントになる。

 明るい三つの星が、大きな三角形をつくる。こと座のベガ、わし座のアルタイル、白鳥座のデネブ……を結ぶと巨大な直角三角形。あるいは、赤くひかるアンタレスも見逃せない……。

 タカは三脚を固定し、写真部の先輩に借りてきた超望遠レンズを一眼レフカメラに取り付けた。

 それからレリーズをセットした。

 シャッターボタンにとりつけたリモートレリーズなら三脚から離れてシャッターを切れる。

 せっかくあのメグが、3分間のレンタル夜空をして、こともあろうに招待してくれたのだ。3分で180万円……一体そんな大金をどこで工面くめんしてきたというのだろう。


(ま、いいや。あいつが招待してくれたんだから)


 タカがメグの誘いを受けたのは、レンタルが終わった3分後には、二人で過去のもろもろの出来事についてのケジメをつける話ができると思ったからだ。

 これはデートではない。

 メグがボランティアをしている交通遺児らも大勢来ていた。その保護者、スタッフ……総勢50人は超えていたろうか。


「……たった3分だけど」


 メグが子どもたちに笑いながら言い訳をしている。口々に、

『レンタル夜空してくれてありがとう』

といった感謝フレーズに、きっとメグは照れていたのにちがいなかった。

 すべての準備が終わったタカは、レリーズのコードをのばしスイッチに親指をあてながら、三脚から遠ざかった。

「あら、どうしたの? らないの?」

 メグがそばまで来ていた。

「お……クラウドファンディングやって集めたのか?」

 タカがいた。やはり、そこが気になってしかたなかったのだ。

「ううん、ちがう……」

 ぼそり。

 メグのぼそりのあとは、決まってグサリが待ち構えている……。

 タカは気を引き締めた。

「あら、そんなに身構えなくてもいいのに……」

「いや、べつに……」

「身構えなくっちゃいけないのは、あたしのほうなのに……」

「はぁ?」

「……ごめんね」

「え?」

「ごめん」

「それ、どういうこと?」


 タカは首をかしげた。いまさら長年のストーカー行為を謝ってもらわなくとも、タカのなかでは胸の内側に納めきったことだ。それを伝えようとしたとき、意外な一言フレーズがメグの口から洩れ出た。


「あたしね、貴クンを売ったの」

 やはり、メグのことばには、グサリが含まれていた。

 ……それ、きたぞ、きたきた!

 それでもタカはことさら驚いた顔を向けて、

「売ったって? どういうこと?」

と、いた。あえて根掘り葉掘りときいてあげることも、人間関係には必要なのだ。そのことにもようやくタカは気づきはじめている……。


「あのね、ほら、マスコミにね……これまで、貴クンに関するレポートや、貴クンのお父さんの行方についての情報をリークしてきたから」

「リーク? おれのことはともかく、おやじの行方なんて、おまえが知るはずもないだろ?」

「そりゃそうだけど、ちょっしたことでもいいと言われたし。たとえば、貴クンちに届いた手紙の差出人名とか、学校での貴クンの挙動とか……」

「そんなことが金になるのか?」

「お小遣い程度にはね」

「その金を貯めて、レンタル夜空をしたのか?!」

「残りはあたしのバイト代など」

「そ」

 なぜかタカは蚊がなく声で素っ気なく応じた。

「あ、怒らないの?」

「なに言ってんだ、いまさら! 小学校の頃からずっとストーカーされてきたし。だろ?  

 いまになってどうのこうのと言われても、な」

「あ、気づいてた?」

「そりゃ……そうさ」

「ええっ? 本当に?」


 今度はメグが驚く番だ。不審げにタカの目を覗き込んだ。


「……おまえのお父さん、おれのおやじの会社に出資してたんだろ? 大金を?」

「なんだ、知ってたんだ」

「だから、それが元で、両親が離婚したんだろ? そりゃ、恨みたくなるさ」

「恨みたくなる、なんて、そんな言い方、卑怯だし」


 メグが顔に血をのぼらせ、タカをギュギュッと睨んだ。思いっきり雑巾をしぼるような力がはいった視線だった。


「でも、ど、どうして、今なんだ?」

 なおもタカが言った。

「あたし……来月、北欧に行くんだ」

「え?」

「転校するの。あっち、9月が新学年だし。離れて暮らしてたお父さんが転勤になって、現地駐在するから」

「商社マンって、言ってたよな」

「うん、だから、あたしもついていくことにしたんだ」

「そ……そっかあ」

「あ、うれしいでしょ? もう、ストーカーされなくなるから」

「うーん、どうだかな」

「だから、いま、ここで、あやまっとく。小中の頃、ほんと、ひどいことした、あたし。いまからおもえば犯罪まがいの意地悪……」

「ん……? 海外からでもストーカーできるかも」

 そんなことをタカが言い出した。ギクッとメグが、からだをらせた。


「あのね、貴クンが大学行かないみたいと知って、あたし、決めたの」

「あ、やっぱり、おれを尾行したりして、そんなことまで調べてたのか?」

「エヘヘ……ごめん。でも、自分の道を、決められるなんて、すごいとおもう。それが分かって、いろいろと考えさせられたんだ」

「そんなことないよ」

「ううん、あたし、北欧で建築デザインの勉強もしてみたいし、この目でいろんな建物、見てみたい」

「そ、いいんじゃない」


 さらり。と言ったタカだったが、こうして、自分で考え、決断したメグを少しは見直したいような気持ちになっていた。

 周りの歓声がおわった。

 いつの間にか、貴重な3分間が、過ぎていたのだ……。

 

「あ、終わっちゃった……貴クン、シャッター、押せなかったね」

「いや、ったよ、バッチリ」


 タカがレリーズコードを高く掲げてみせると、メグが目を見張った。

 そのとき、も一度、歓声があがった。

 子らが夜空の一点を指差している方角に視線を投じたメグは、

「アッ」

と、驚いた。

 夜空に文字が映し出され……

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