不審の連鎖

 高校の夏休み期間は、都道府県によってかなりのバラツキがある。たとえば、24日間の北海道、44日間の奈良県といったように(※2020年度調査)。

 タカの通う高校の夏休みは、短くもなく、といって極端に長くもなかった。

 どちらかといえば、タカは、夏は好きではない。

 ……やってくるものは止められないのだけれど、初夏の母の交通事故死、盛夏の父の失踪という、決してぬぐい去ることができない過去の現実と向き合う季節に他ならないのだ。

 ダブルショック・シーズン・クライシス、といったような、とってつけた和製英語が、かれの心情を表現するにはもっともふさわしいかもしれない。これは、かれが造ったフレーズだった。漠然とながらも、将来、フォトグラファーかコピーライターの道を模索していたタカは、なにも大学進学を望んではいなかった。どちらかといえば、早く専門学校で実技を、フィールドワークを、才能をさらに伸ばす実体験で、これからの挑戦の足場にしたいと願うようになっていた。

 大学を出て大手企業へ……といったかつて日本社会における主流派を形成してきた、いわば世間的価値観というものに根づきかれたレールの上をただひたすらに突っ走るといった行動様式パターンというものが、とっくに崩壊していることは、ニュースやSNSの動向をみればよくわかるのだ。自分の才覚と決断と選択で、結果はどうあれ、やってみたいと、かれはその思いを新しい二親おやに告げた。最初は驚き、何度も何度も何度もアドバイスらしいことを数か月にわたって延々と言われ続けたけれど、いまではむしろ、

『ま、大学、行きたいと思ったら、何歳になっても、方法あるんだし。留学って道も……ね。あなたが何やっても、困らないようにちゃんと蓄えてるから安心して……』

と、放任することを宣言し、そのほかのもろもろの細事さいじには寛恕かんじょの姿勢を示してくれた。

 自分の将来に対して一定の方向が見えかけてきたとき、タカは一人で泣いた。

 わんわん、ぐすぐす、うっうっ……と一晩、泣き続けた。もう十年近く、涙を流したことはないかれが、伯母伯父のやさしさのようなもの……それはコピーライター志望のかれですら、ズバリと決められるフレーズがいてこなかったほど、突然、感情のせきが崩れ落ち、それ以来、かれは、八歳の頃からずっと抱えてきたわだかまりが霧散していった。

 つまり、突然いのちを奪われた実母にまつわる理不尽に対する疑念とか、突然行方をくらました実父にまつわる不審とか、あるいは、ずっと自分をしてきたらしいメグにまつわる疑惑のようなものが、どうでもよくなったのだ。高二の夏になってはじめて、タカは母の死や父の失踪という過去の現実を受け入れることができるようになったともいえた。

 もっとも、メグについては、ここまではきょうでハイ終わり、といった単純な境界ではなかったものの、少なくとも、メグが小学校以来、ずっと自分を心情をかれなりに理解できるようになったことだけは確かだった。

 小学生の頃に、下駄箱に

『人殺しの子』

などと書かれたノートの切れ端が運動靴のなかに入れられていたことがあった。

 中学生の頃には、タカに好意を寄せてくれていたらしい女子たちのカバンや自転車のかごや教科書のなかに、

『好きになってはいけない』

『憎まれっ子、世にはばかる』

『警告! ほかの男子に目を向けたら?』

などと、そういった冷やかしともあざけりともとれるフレーズが流行病のようにした時期があったらしかった。それもおそらくはメグのしわざだろうとタカなりに見抜いてもいた。


「そろそろ、あいつと本音で喋ってやらないと……」

と、最近になってとくにタカはおもうようになっていた。というのは、高校に入ってからというもの、あからさまにタカを尾行している不審者の影が散らついていたからだ。かれは、それをメグだとおもっていた。あるいは、メグが誰かに頼んでいたのだろうと……。

「さて……」と、八月八日になって夏休みがはじまったとき、タカは意を決して、メグの家の固定電話を鳴らした。

「話したいことがあって……」

 つっけんどんにかれが切り出すと、

「あ、こっちも。ね、ね、聴いて、聴いて、レンタル夜空したよ」

と、はしゃいだ声がタカの耳元でこだました。

「……たった、3分、だけど、ね!」

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