・車輪の都ダイダロスへ - 魔導トラム -

 試験前日の朝、家族と別れて都へと出立した。

 リチェルが泣きじゃくりながら見送ってくれるものだから、こっちまで感傷的になってしまった。


 だけど、そういう繊細なノリはここまでだ。

 俺はこれから、この世界をエンジョイする上での第一歩を踏み出す。


 父の重弩と矢筒を抱えて、俺は都に続く街道を気ままに踏みしめていった。


「……いやぶっちゃけ、なんも見えん。ま、どうにかなるだろ」


 道は馬車のために曲がりくねったものが多かった。

 中には道なりに進むより、斜面を登ってショートカットした方が早い道もある。


 しかしこの目だ。

 街道を外れることは遭難を意味する。


「兄ちゃん、狩人かい? それ、とんでもねぇクロスボウだなぁ……!」


 その時、中年男性の声が俺を呼び止めた。

 俺は声の方角に振り返り、近眼の目で相手の顔を確かめた。


「ひぇっ、き、気に障ったかいっ!?」

「あ、いや、これはただの癖なんだ。……おじさんは農家の人か?」


「驚かせねぇでくれよぉ……。おう、これから駅まで芋さ売りに行くんだよ。どうだ、乗ってかねーかっ?」

「いいのか? 見ず知らずの相手だぞ?」


「そのでっかいクロスボウがありゃ、街道のゴロツキどもも震え上がって寄って来ねぇ! さ、乗った乗った!」


 ド近眼ゆえに、人を判別して撃つのは苦手だとは言えなかった。

 もし襲われたら俺は、目に付く相手全てに分厚い鋼鉄の矢をぶち込むことになるだろう。


「ありがとう、ならお邪魔するよ。俺も駅から都に行く予定だったんだ」

「やっぱりそうか! いやぁ、便利になったもんだよなぁ!」


「いや、乗るのは初めてなんだ。おじさんは乗ったことあるか? 魔導トラムに」

「ああ、ありゃ大したもんだ! 俺にはちょいと窮屈だがな!」


 駅というのはトラム駅のことだ。

 トラムというのは路面電車のことで、これは魔法の力で動く。


 当然乗るっきゃない。

 路面電車というわけでもなんかオシャレ感やレトロ感あるというのに、それが魔法の力で動くだなんて、そんなの乗るっきゃないだろう!


「んでよぉ、うちのかーちゃんがさぁ……」

「そりゃ大変だ」


 くねる街道をおじさんと語りながら進んでゆけば、時間の感覚の上ではトラム駅まであっという間のことだった。



 ・



 旅客用の魔導トラムにはドアがなかった。

 列車の右面が外に露出していて、とても風通しのいい乗り物だった。


 席は8座席。全てが右手を向いていて、吊り皮が8つ垂れ下がっている。

 映画の世界で見たような、旧時代を感じさせる独特の味わいがあった。


 加えてこれにはエンジンやモーター音が全くない。

 ガタンガタンと、車輪が軌道を進む音だけが響く不可思議な乗り物だ。


「ねえ坊や、そのボウガン凄いねー? マレニア魔術院に行くのー?」


 何せ遠くが見えないのでトラムの細部を観察していると、お姉さんのような声質をした運転手に話しかけられた。


「いや、イザヤ学術院の試験を受けに行くんだ」

「あははっ、面白いこと言う子ねーっ」


「そしてこれは父の形見で、俺のメインウェポンだ」

「やっぱり変な子! マレニアの試験、受かるといいね!」


「あ、ああ……」


 都には2つの学校がある。

 1つがイザヤ学術院。官僚や研究者を育む学校だ。

 そしてもう1つがマレニア魔術院。こちらは魔術院とあるが、冒険者全般を育成する学校だ。


 俺は前者、イザヤ学術院の試験を受けにいく。

 冒険者は別にマレニア魔術院を卒業しなくとも、実力さえあればなれる。

 来るも者拒まずの職業だ。


 よって俺はイザヤ学術院でこの世界について詳しく学んだ上で、卒業後は冒険者になる予定だ。


 そして金を稼ぎ、迷宮を攻略して、領地を得て――



 うちのかわいいリチェルに、もっと良い生活をさせてやるんだ!!



「お客様、右手前方をご覧下さい。あれこそが我がイカルス代表連合国の誉れ! 車輪の都ダイダロスにございます!」


 彼方に白っぽい何かが見えた。

 非常に気になる。

 目前にどんな光景が広がっているのか気になって、目の焦点をどうにか合わせようとした。


「無理だ、なんにも見えん……」


 トラムの速度は本気を出したママチャリくらい。だいたい時速20kmほどだ。

 運転手のお姉さんは都が見えると言うが、この様子だとまだだいぶかかるだろう。


「お客様……? さっきから何をしているのですかー?」

「実は重度の近眼なんだ。出来ればもう少し、具体的に都について解説してくれないか?」


「アハハハッッ! 本当に冗談が上手な坊やねー! あ、私をナンパしているつもりぃー?」

「容姿もわからない相手をナンパなんてするわけない」


 俺が勝手にお姉さんと思い込んでいるだけで、もしかしたら彼女はおばさんかもしれない。

 声がやたらにかわいいおばさんというのは、世に非常に多く存在する。


「はいはい。イザヤに行くと行ったり、弓使いなのに目が悪いと言ったり、本当に変な子ねー」

「なぜ信じてくれない……」


「だってお客様、変だもの」

「ド直球の本音ありがとう。変で悪かったな」


 明るい運転手さんのおかげで、ゆったりとしたトラムの旅に退屈することはなかった。


「ウソウソ。なら合格したら学生書を今度見せて。そしたら信じてあげるー」

「そこまでやらないと信じないんだな……」


「当然。クワを背負いながら釣りに行くって言う人の話を、誰が信じるのー?」

「だから、これは父の形見でありメインウェポンだ!」


「はいはい、今度学生書を見せてねー」


 運転中の顔を確かめようがなかったが、名前は教えてもらえた。

 イザヤの学生書を手に入れたら、国営トラム公社の運転手デボアに学生書を突き付けに行くとしよう。

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