・車輪の都ダイダロスへ - 東京駅の悪夢 -

 車輪の都ダイダロスに到着すると、俺の前に巨大な困難が待ち受けていた。

 この感覚には覚えがある。


 そう、これは……。

 初めて東京駅を訪れたあの日の感覚によく似ている……。


 やっとのことで路線表までたどり着けたものの、そこに網羅された図形と文字列には絶望があった。


「わからん……路線が、多すぎる……」


 だてに車輪の都と呼ばれていない。

 都ダイダロスは蜘蛛の巣のようにトラム路線が敷設された、地上の迷宮だった……。


「路線が膨大にあるのはわかった……。では具体的に、どこをどう進めば、俺は学校にたどり着けるんだ……」


 俺は路線図の前で、次第に右へ右へと傾いていった。

 いくら傾いても複雑過ぎる路線図からは、正しい目的地が見えてこなかった。


「先ほどからずっとうかがっていたのですが、もしや、道に迷われましたか?」


 悩んでいると、ふいに誠実そうな若い声に呼ばれた。

 振り返るとそこには、背の高い男性が立っている。


「ああ、恥ずかしいがその通りだ……。全くわからん……」

「……試験会場に行ければいいのですか?」


「ああ、ああそうだ! 試験会場に行きたい!」

「それなら青のトラムの南方面に乗って、3つ目の駅です。駅を出たら真っ直ぐに進めば、そこが貴方の目的地ですよ」


「おお、そうか……本当に助かったよ……。ここでのたれ死ぬかもしれないと、そう思いかけていたところだった……」

「ここは私もたまに迷います。あ、青のトラムまでご案内しましょうか?」


「いや十分だよ。ありがとう」

「そうですか。実は私も夕方から試験で、それで見るに見かねてついお節介をしてしまいました。それでは、合格をお祈りしております」


「そっちも試験だったか。お互い合格出来るといいな」

「はいっ、がんばりましょう!」


 親切な彼が去ると、俺は言われた青のトラムを探した。

 すぐに見つかって、飛び乗るように乗車した。

 日本の鉄道では許されない行為だが、こちらでは当たり前のことのようだ。


 上京早々に親切な人に会えたからか、とても晴れやかな気分だ。

 彼に言われた通りに3つ目の駅に下りて、駅を出ると真っ直ぐに進んだ。



 ・



「お、とんでもねぇ重弩だな」


 試験会場らしき立派な正門を抜け、多分校内らしき場所を進んでゆくと、低い声が俺に向けて発された。


「よく言われるよ。ここが試験会場か?」

「そうだぜ。少し遅刻だが……俺が話を通してやる、中に入りな」


「ありがとう。ダイダロスの人たちはみんな親切だ」

「ははは、そりゃぁないわ。……おいっ、面白そうな飛び入り参加だっ、審査してやんな!」


 ここがイザヤ学術院のようだ。

 もう少しお高く止まっている連中ばかりかと思ったが、なかなか肌に合いそうな雰囲気だ。


「お、重弩使いか。今どき珍しいな……」


 言われた方角にさらに進んでゆくと、若い成人男性の声がした。


「そうなのか?」


 この声の主が面接官だろうか。

 しかし筆記試験をするには、席らしい席がない。

 そもそもここは屋外だった。


「魔法の下位互換。そう言う者も少なくないな」

「それは聞き捨てならない」


「重弩使いはみんなそう言うよ」

「よしわかった。ならばそうではないと、ここで証明してやる」


「いや、それは別の試験でやってくれ。ここは筋力テストだ、さ、これを持って」

「筋力……? まあ、いいが」


 奇妙なハンマーを握らされた。

 先端が厚い布に包まれたもので、なかなかの重量がある。


「ソイツをそこに振り下ろしてくれ。全力でだ。測定は2回。しくじっても3回目はないぞ」

「わかった。……いや、わかったが……ん、んん?」


 イザヤでは体力テストも行われるのか?

 なるほど、確かに体力は重要だ。

 それが判定基準であるというなら、俺も全力で応えよう。


 俺はハンマーを強く握り、指定された物体に力いっぱい振り下ろした!

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