・重弩使いの少年 - たぶん人じゃないヨシッッ!! -

 荘園の民に見守られながら領境のロープをまたぎ、手付かずの草原が続く大地を進んでいった。


「意外といいところだな。……なんも見えんけど」


 遠方は全く見えないが、近くはぼんやりとあいまいに見える。

 林が育つには土地が貧しいのか、辺りの木々がまばらなのがボウガン使いとして助かる。


「リチェルッ、リチェルッ!! 聞こえたら返事しろっ、迎えに来たぞ!!」


 俺は大声を上げながら草原地帯を歩く。

 まあそうなると、こちら側で暮らすモンスターたちからすれば、カモがネギを持って歌いながらねり歩いているも当然の状態になる。


 しかしそのカモは、ネギではなく一撃必殺の重弩を抱えていた。


「邪魔をするなっ!!」


 この目は確かにド近眼だ。

 だが眼球の動きの速さと正確さ、要するに動体視力は並外れている。


 相も変わらずぼんやりとして大まかな映像しか見えんが、とにかくそこに人よりでかい怪物がいることだけはわかる。


 かつて父は言った。

 ボウガン使いに最も必要なのは、勘と思い切りだと。


 つまり――



「たぶん人じゃないヨシッッ!!」



 リチェルに見えない者は全て撃った。

 命を失ったモンスターは消滅するため、鋼鉄の矢の回収も容易だった。


 俺は進み、狩り、進んだ。


「リチェルッ、いい加減姿を現せっ!! このままでは、地上のモンスターを刈り尽くしてしまうぞっ!!」


 そう叫び、はたと気付いた。

 こんな草原で追いつめられた人間は、どこに身を隠す?


 高い木の上?

 いやもっと良い場所がある。

 それは地下。この世界にあまねく存在する地下構造物、迷宮だ。


 古くは父さんもその迷宮の討伐を果たし、それにより人類の物となったその土地を荘園として与えられた。


 迷宮を攻略すると土地が得られる。

 それがこの世界の特異なルールだった。


「困った……。この目では、そんな物見つけようがないぞ……」


 それでも可能性があるとすれば迷宮の入り口だろう。

 そこに身を隠せば、あの子でも怪物をやり過ごせるはず。


「邪魔をするなと言っているっっ!!」


 モンスターは絶命すると消えてしまうので、いったい俺はどんな相手を撃ったのか確かめようがなかった。


 まあ一撃で死ぬくらいだ。

 そこまでの大物ではないだろう。


「リチェルッ、リチェルッ! どこにいるんだ、出てこい! くっ……次から次へと……っ。こっちは急いでいるんだっ、邪魔をするな雑魚どもっ!!」


 撃って、回収して、捜して、撃った。

 そうしてゆくうちに少しずつ日が沈み、ついに夕闇が世界を包み込んだ。


 けれども暗闇が色濃く世界を染めることで、日中には見えないものが見えるようになった。

 それは光だ。人が暮らせない草原に、黄色い光が現れていた。


 もしかしてあれが、迷宮?

 俺はまともな映像を結ばないその目で、薄黄でもなければ黄緑でもない、強烈なイエローの光を追う。


 それはまるで夜のテーマパークのように強い光だった。


「リチェルッ、いるか、リチェルッ!!」


 返事はない。

 ここにいないなら、もうモンスターに喰われているだろう……。


 深い絶望が全身を麻痺させた。

 俺はどうして、母への恨みをリチェルに向けてしまったのだろう。

 あの子を幸せにしてやりたかった。

 俺はまた良い兄貴をやれなかった……。


「…………お、お兄、ちゃん……?」

「リ……リチェルッ!? 無事だったか、よかったっっ!!」


「お兄ちゃん……っ!! リチェルを、捜しに来て、くれたんだ……っ。お兄ちゃんっっ!!」


 やはりそこは迷宮で、リチェルは迷宮の入り口の先に隠れていた。

 石造りの立派な門の辺りから、桃色と肌色のぼんやりした何かが顔を出し、駆けて、兄の胸に飛び付いた。


 自分から領境を越えたくせにリチェルは震えていた。


「はぁ、焦ったよ……。無事で本当によかった……」

「ごめんなさい……。お花、取りに来たら……どっちがお家か、わからなく、なっちゃって……。ぁ……っ?!」


 小さな身体を抱き締めて、あやすように背中を撫でて、妹の顔をのぞき込んだ。


 ヤベ、俺の妹かわい過ぎるだろ……。

 こんなにかわいい子を邪険にしていただなんて、俺はなんてバカだったんだ。


「お……お兄ちゃん……」

「父さんに花を見せるんだろ? どこにやった?」


「落としちゃった……」

「ならお兄ちゃんと一緒に摘んで帰ろう」


 まだ小さく震えている妹にやさしい声で微笑みかけた。


「ぇ…………お兄、ちゃん……?」

「どうした?」


「なんか……今日のお兄ちゃん、へん……」

「違う。変なのは今日までの俺だった。これから俺は心を入れ替えて、やさしいお兄ちゃんになる。今でも母さんは許せないけど、リチェルに罪はない」


「お兄ちゃんは、いつもやさしいよ」

「ならもっとやさしくする」


 重弩。一撃必殺の破壊力はいいのだが、これがあってはリチェルをおぶれない。

 俺は妹を胸から解放すると、小さな手を引いて歩き出し――いや、しかしこれは……。


「ところでリチェル、付かぬことを聞くんだが……」

「なあに、お兄ちゃん!」


 リチェルは元気を取り戻したようだ。

 ホッとしながら、かわいいリチェルにこう聞いた。


「どっちが家だ?」

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