第63話 目論見

「……何だこりゃ」


 危険物を持っている可能性があるので持ち物を調べさせてもらったが、マントの男は全身凶器といえるほどの武器を隠し持っていた。


 火薬に触れたことがないわけではないが、これが爆発すれば『何でも屋』の建物ごと吹き飛んでいただろう。想像しただけでもぞっとしない。


「……その男は、私をさらうと言っていた。私が何者なのかを知っている……ここに留まるのは危ない」


 カルアは前に会ったとき身につけていた蓑のようなものは着けていなかった――その下の装備は思ったよりも軽装だった。


 その状態でマントの男と戦ったからなのか、防具が壊れている。それでも気にしていないかのように振る舞うが、無理をしているのは見ればわかる。


「ここにたどり着いたら、すぐに後から侵入された。鍵を壊されたのに気づかなかった……」


 悔やむように言うカルアだが、相手もさる者だ――彼女が先に戦っていなければ、俺は透明な凶器の存在を知ることができなかった。


 これだけの腕がある刺客を、誰が送り込んできたのか。そう考えたところで、俺は気絶したままの男に近づき、フードを外した。


「迂闊だった……顔を確かめずに終わるところだった。こいつは……」

「……知り合い?」

「いや、因縁をつけられただけだが。この男は『黎明の宝剣』……特級パーティの一員だ」


 ジュノスのパーティで、大鎚持ちの女戦士の隣にいた男。大柄なガディと比べると少年のように小柄だが、技の切れと速度は相当なものだった。


「……殺せ……」


 男がかすれた声で言う。意識が戻って最初にそう言う悪党を、今までにも何度も見てきた――自暴自棄というやつだ。


「そのつもりで戦ったが、結果としてはお前は生きている。このまま生かしたとしても、相応の罰は受けてもらう」

「ははっ……甘いな。あんた、そんな腕をして、中級の徽章なんてつけて……とんだ食わせ者だったわけだ」

「俺はただのおっさんだ。お前はそんなおっさんに負けたんだよ」

「ぐっ……」


 男は苦しげにうめく。そして自分の凶器が全て外されていると知ると、ほとんど焦点の合わない目でこちらを見た。


「……何が聞きたい? どうせ僕はジュノスに殺される。聞きたければ教えてやるよ」

「俺も聞きたいことはあるが……カルア、先に何かあるか?」

「なぜ、私を……そして、この場所をどうやって……」

「それはもう分かっているだろう? 僕が何をしようとしたのか……君の正体を暴こうとしたんだ。人間のふりをした迷宮の民よ」

「っ……!」


 蓑を外したカルアの姿。それを見ているうちに、俺は違和感を覚えていた。


 どこかで感じたことがある。獣人としての姿を隠しているヒヅキ、彼女の持つ気配と似ている――。


「……やっぱり寸止めなんぞするんじゃなかったか」

「ここに入ってきたとき、鬼のような顔をしていたね。前に見たときのあんたと同じとは思えなかったよ……くくっ……」

「ファレルはあなたとは違う」

「っ……」


 カルアの言葉に、男は笑うのを止める。それほどに、カルアが男に向けた眼光は鋭いものだった。


「……僕らはある依頼を受けて迷宮に潜った。中層街に来たのはそのためだ」

「その依頼の内容は?」

「迷宮の民のもとを訪れ、使えそうな者は奴隷として連れ帰ること……もし抵抗されれば、その時は……」


 想像はついていても、理解したくないという感情があった。


 『黎明の宝剣』は、迷宮の民の集落ごと殲滅するという依頼を受け、それを遂行しようとしている。


「それはもう、冒険者の仕事じゃない。これまでもそんな仕事をしてきたのか?」

「……特級っていうのは、身分の高い人間の駒として、いかに優秀かという証明にすぎないんだよ」

「……なぜ、そんな……やはり王国は、私たちのことを……」


 王都で根強く続いている、亜人種族に対する差別。それがこれほどの凶行を招くものだと、考えることができていなかった。


 竜人のセティが戦闘奴隷として、『黎明の宝剣』に使い捨てられたさまを目にしていたのに。


「中層街の顔役は、ジュノスたちの手のうちにある。この場所も割れているよ……」

「っ……そんなことを、どうやって……」

「……魔法か。シーマが支配の魔法を使っていたが……」

「ロザリナはシーマよりも強力な精神操作を使う……僕もそれで操られて、ここまで送り込まれた。僕といえど、躊躇なく自爆はできない」


 あの魔法使いが、そこまでやるとは――ガディとシーマよりもよほど厄介だ。


「……まだ、ひとつ重要なことを話していないな。依頼主は?」


 男はその質問に答えようとした――しかし。


「っ……、……!」


 急に言葉を発することができなくなり、男は自らの喉に手を当てる――自分の首を絞めようとしている。


 男の首筋に手刀を打って昏倒させる。特定の情報を話すことを禁じられている――おそらくはロザリナのかけた魔法によって。


「……こいつは守備隊に確保してもらう。中層街の顔役が奴らの手の内にあっても、まだ全員が支配されてるわけじゃない。そうなる前に、顔役を取り返す」

「そんなこと……」


 不可能だ、と言いたくなるのも無理はない。だが、やってみせなければ惨事が起こる。


「カルア……ギルドで依頼書を受け取ったが、あれは俺を指名してくれてたってことでいいんだよな?」


 改めて聞いてみると、カルアは――目を潤ませ、頬に一筋涙が伝う。


「……こんなに早く来てくれた。依頼が届かなくても仕方ないと思ってた」

「すまない……本当はもっと早く来ることもできたんだ」

「っ……これよりも早く? どうやって……?」

「それは……いや、まずは場所を変えよう」


 この男が戻らないとわかれば、『黎明の宝剣』の他のメンバーが送り込まれる可能性がある――来るとすれば、大鎚の女戦士か。


 誰が相手であろうとやるしかない。中級にはいささか重い仕事だが、こうなったら降りることはできないと腹を括った。


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