第62話 襲撃
「皆も食べるか? 腰を据えて食事をするのはしばらく先になりそうだからな」
「はい、いただきますわ……って、二人とも遠慮がちですわね」
「は、はい。緊張しているときは、食事のことをつい忘れてしまって……」
「ファレル殿に食料のことを全て任せてしまってすまない」
なんとなく食料の手配は俺の役割だと思っているわけだが――と言うのも差し出がましいので言わずにおく。
「ここの台所って普通に使えるのか? ええと……」
「ああ、そういえば自己紹介もまだだったわね。私はレンシアって言うの。あなたたちの名前はお互いに呼びあってたから分かるわよ」
「レンシアさん……気になっていたのですが、その弓は変わった形をしていますね」
「
「門番の仕事は、魔物を撃退することも含まれるってことか。狩猟用の装備を使うってことは」
「そうね。中層街総出での戦いになることもあるんだけど、その時は街にいる冒険者にも協力してもらうことになるわ……最近は起きてないけどね、魔物の襲撃は」
実際には下門の周囲に戦闘の形跡があったので、それくらいの規模は襲撃のうちに入らないということになる。分かってはいたが、迷宮内で拠点を守るというのは大変なことだ。
「ファレルさん、台所なら使えると思うわよ。火の出ない魔力式だから、煙の心配とかはしなくて大丈夫」
「ああ、ありがたい」
俺は煮詰めたスープの水分を飛ばし、粉末にしたものをいつも持ち歩いている。湯さえ沸かせれば溶いただけで飲めるのが利点だ。
収納具から木の食器を取り出し、魔力式の温熱器で温めたスープを注ぐ。具はパンをカリカリに焼いたものと、菜園で取れた葉っぱを乾燥させたものだ――これもあるとないとでは違いが出る。
「……失礼な言い方になるけど、見かけによらず、っていう感じね。料理上手なんだ」
「よく言われるよ。まあ料理ってほどのものでもないけどな」
レンシアにも勧めると、彼女はそろそろと口をつける――そして、その目が見る間に輝き始めた。
「何これ、美味しい……どんな魔法を使ったの?」
「口に合って良かった。粉にしたスープを溶かしただけだよ」
「ほとんど透明なのに、お肉の味がするのですが……ファレルさん、どこでこんな技術を?」
「美味しいです。身体を動かしたあとなので、身体にしみるみたいです……」
リィズとセティも気に入ってくれたらしい。アールは――
「…………」
「アール、合わなかったら無理はしなくても……」
「い、いえっ……そうではなく……」
「大丈夫そうか? お代わりもできるからな」
「はい、一杯でも私には勿体ないくらいです。ご馳走さまです」
いつも硬い口調のアールだが、今は少し肩の力が抜けたように感じる――口調にあどけなさがあるような、とは本人には言えないが。
「……それで、どうする? 私は『何でも屋』に行くのは、危険もあると思ってるけど……一応守備隊に入ってる以上、堂々と案内もできないわ」
「ああ、場所を教えてくれればいい。俺が単独で様子を見てこよう」
「っ……ファレル様……」
「最初にここに案内してもらったのは幸いだった。セティとリィズ、アールはここで待っていてくれるか。用が済んだらすぐに戻る」
「……戦闘になったとして、ファレルさんは一人で大丈夫なの?」
「ファレル様はとてもお強いので、それは大丈夫と思います。でも、一緒に戦えないことは寂しいです」
「すぐに帰るよ。これは本当に念の為だ……もし、カルアが危険を感じるような『敵』がいるとしたら、俺たち全員のことを知られるよりは一人の方がいい」
後々のことを考えると、そういうことになる。特にリィズは格闘の心得があるとはいえ、相手次第では戦うこと自体が危険だ。
ここは4層と5層の狭間。上級冒険者に相当する実力を持つ者であっても、活動すること自体が難しい場所なのだから。
◆◇◆
教えられた『何でも屋』は表に看板が出ていたが、『休業中』になっていた。
正面入口の鍵は開かないので、裏に回るようにと言われていた。裏口に回ってすぐに気づく――無理矢理に開けられた錠前が地面に落ちている。
誰かが、すでに侵入している。鍵を持たずに入ろうと考えるような不逞の輩――それはカルアに敵対する人物と考えられる。
(無事でいてくれよ……)
ドアを開ける。中に入るとテーブルが壊れている――窓は締め切られているが、カーテンが引き裂かれ、不自然な形になっている。
「んんっ……んんんっ……んぐっ……!」
くぐもった声が聞こえる――しかしそれが、途絶える。
血が沸騰する。それでいて頭の中は冷めきっている。
声が聞こえた先の部屋。半開きになったその先に転がり込む。
殺気を感じ、反射的に拳を振り抜く。鉄板を仕込んだ小手で弾いたのは刃――透明で、それでいて強度の高い素材で作られた投具か。
カーテンが不自然な形――捲れ上がった状態で止まっていたのは、この刃によって縫い止められていたからだ。
敵の姿が見えない。いや、俺の死角に回っている――俺は自分の腰に差したナイフを抜き、襲ってきた斬撃を逆手で受け止める。
「随分な挨拶だな……っ!」
「どいつもこいつも……っ、なんで僕の攻撃が見える……っ!」
襲いかかってきたのはフードを被った男。振り下ろしてきた短剣を受け止めた直後、すかさず腹を狙って何かの武器が繰り出される――それもまた、鉄甲の拳で受ける。
「ぐぁぁっ……あぁっ、あぁぁっ……!」
敵の繰り出したのは、手甲に鋭い爪のついた武器。おおかた毒でも塗ってあるのだろうが、貫通されなければ意味はない。
「あぁぁっ! あぁっ! 死ねっ、死ねぇっ!」
無茶苦茶に振られる短剣――しかしまともに狙いを定められてすらいない。
「――あぁぁぁぁっ!」
何かがおかしい。むしろ、毒が回っているのはこの男自身ではないかと思える――明らかに破れかぶれになっている。
「ふっ……!」
「がはぁっ!」
大振りのナイフを避けて、俺は反撃の蹴りを繰り出す――ガードもせずに受けた男は、水平に吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「なぜこんな……この僕が……っ」
「……ここで何をしていた?」
俺の問いかけに、男がピタリと動きを止める。
そして顔を上げたとき――男はただ悪意だけを込めた笑みを見せた。
「っ……おぉぉぉっ!」
きな臭い匂いがする。男がマントの下から取り出したもの、それに火がつけられていると気づいた瞬間、俺は大剣で突きを繰り出していた。
「……生意気……な……」
今まで何度も見たことはないが、それでも気づくことができた――鉱山などで掘削に使う火薬。それにつけられた火を、大剣の剣先のみで切り落とした。
マントの男は気を失っている。そして俺は振り返り――身体を縛られ、床に転がされているカルアの姿を見つける。
「ん……んん……っ」
一度声が途絶えたのは、痛めつけられたからか――男に向けて繰り出した突きを止める必要があったのか、そんな考えが脳裏を過ぎる。
今はカルアの拘束を解くことだ。きつく縛られた縄をナイフで切る――カルアは解放されるまでの間、何も言葉を発することはなかった。
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