第61話 中層街
ネイロたちと別れ、水鏡結界の洞窟からしばらく歩いて、中層街の下門が見える場所までやってきた。
門は開いているが、門番たちが付近にいる。中層街の周辺一帯に瘴気除けが施されているからか、マスクをつけている者もいればそうでない者もいる。
「ファレル様、このまま中に入れるんでしょうか?」
「いつもならそうだが、ちょっと物々しいな……」
周辺を崖に囲まれた台地に作られている砦――それが中層街の外観だ。堅牢な壁に囲まれており、その壁の上には櫓がある。外敵が襲ってきたら対抗できるようにということだろう――実際、周辺の地面には魔物が残したものだろう黒ずんだ痕跡が残っている。
「……街から誰か出てくるようだな。冒険者のパーティだろうか」
門の中から出てきたのは、街で見かけたことのあるパーティだった。上級冒険者だっただろうか――深層に赴くには、彼らといえど危険が伴う。
「どうかまだ生きててくれよ……っ」
「期待はしすぎないほうがいい。遺体を取り戻すことさえできれば……」
俺たちのことには気づかず、彼らは北にある『古き竜の巣』には向かわずに、東の方向へと進んでいった。
「無事に帰ってこられるといいが……深層に向かう救助はほとんど受けられる人がいない。何が起きても自分たちで何とかしなければならないのが、ここからの怖さだ」
「……でも、僕は……もし仲間が取り残されたりしたら、絶対に……」
「ああ、そうだな。俺もそうするだろうし、誰かが取り残されるような事態は絶対に防ぐ」
「はい、ファレルさんの足を引っ張らないように、強い魔物に捕まりそうになったら一目散に逃げますわ」
「私は最後まで戦うぞ……いや、最後になっては困るので戦うのだが」
「そうですね。まだ僕たちとファレル様の冒険は、始まったばかりですから」
セティはそう言うが、長く一緒にいるような気になっている――一人では時間が経つのが早く感じていたということだろうか。
「――止まれ。身分を証明するものは?」
門に近づくと、男性の門番が声をかけてきた。徽章を見せると、周囲の兵たちがざわめく。
「中級で、下門から来るとは……つまり中層街を通って5層に降りたというわけではなく、他の経路を使ったんだな」
「いやはや、イカれてる連中もいたもんだ。もし安全な経路なら、金を払ってでも教えてもらいたいね」
「あんた達、絡んでるんじゃないよ。確認が終わったならさっさと通しな」
「「へーい」」
弓を持った女性――狩人か射手か――が男たちに声をかける。
「……大剣使いに双剣士、剣士に僧侶。ちょっと偏りがあるパーティだね」
「魔法が使えるメンバーが二人いるんでね。彼がセティで、彼女はアール」
「あんたにも魔力を感じるし、なかなか食えないって感じね……あいつらも言ってたけど、中級が下門から来るなんてそうそう無いわよ」
つまり多少なりと嫌疑をかけられる理由にもなる、ということらしい。翼竜に運んでもらって2~4層を飛ばしたと言って、どんな感想を持たれるのだろう。
「普通なら街に入れるかわりに預り金をもらってるところだけど、まあいいわ。女性冒険者を無理に連れ回してるってわけでもなさそうだし」
「ファレル様はそんなことはなさいません、リィズさんとアールさんとも仲良しです」
「え、ええ……そうなのですけど、改めて言われると恥ずかしいですわね。私はどちらかというと、アールさんのおまけですし」
「責任逃れをするな……どうした?」
弓を持った女性が口を押さえている――どうやら笑っているらしい。
「ふふっ……はぁ、ごめんごめん。こんな和気あいあいとして中層街までやってくる人たちってあんまりいないから。さっきまでの感じ悪い対応については謝るわ」
「随分態度が変わるな……まあ、さっきも戦闘してきたばかりだし、常に緊張感がないってわけじゃないぞ」
「そうなの? へえ、良かったらちょっと話を聞かせてよ。ちょうど見張りの休みに入る時間なのよね」
「ああ、すまない……まず『何でも屋』に行きたいんだが、場所を知っていたら教えてもらえないか?」
そう切り出すと、彼女の様子が変わる――周囲で誰かが聞いていないか気を配っているようだ。
「……『何でも屋』で間違いない?」
「あ、ああ。ここで聞くのはまずかったか?」
「ちょっと黙ってついてきて」
急に態度が変わるので、素直について行っていいものかと考えたが――逆についていかないと情報が得られない。ここはリスクを取っても、彼女の後についていくことにした。
◆◇◆
歩きながら、中層街の成り立ちについて話を聞いた。瘴気を防ぐことができるようになってからは長期滞在が可能になり、街として機能するようになっていったという。
「最初は家を一つ作るのにも苦労したそうだけど、冒険者の中に建築ができる人員がいて、その人が今も中層街の建設・拡張をやってるの」
「そうなのか……」
食事ができる場所や店がある広場を通り抜け、ひっそりとした区画にやってきた――そして、ある建物の中に案内される。
室内には木製のテーブルと椅子が置かれていて、奥の部屋にはベッドがある。生活感はなく、台所はあるが使われているようには見えない。
「……ここが『何でも屋』ってわけじゃないよな?」
「ここは私たちの連絡所のひとつ……と言っても、あと二箇所しかないけどね。あんた達、『迷宮の民』のことをどこで知ったの?」
「なるほど……『何でも屋』という言葉だけで、迷宮の民と関わっていると分かるのか。それを知っていて、私たちをここに連れてきた貴女の目的は……」
「アール、警戒はしなくていい。やる気があるならすでに俺が構えてる」
アールは剣に手をかけようとしたが、辛うじて手を止める――警戒する気持ちはわかるが、俺の勘では嵌められたということはない。
「俺が迷宮の民と会ったのは……今日も会っているが、数日前に、『古き竜の巣』の前でカルアという女性に……」
「っ……あんたが……じゃなくて、あなたが、カルアの言ってたファレル……?」
「彼女のことを知ってるのか? 俺が『古き竜の巣』に入るのを止めてきたが、あの時はどうしても入らなければならなかった」
「ファレル様は、僕を助けるためにあの場所に入ってくださいました」
リィズとアールの前では初めて話すことだ――驚くのも無理はない。
カルアが書いたものだと思われる依頼書には『氏名が判明していない』と書かれていた。
俺はカルアに対して名乗っていたはずなので、彼女は『ファレル』と名指しすることを避けたのだと考えられる。
しかしこの女性は、俺の名前を知っている。つまりカルアは信頼して俺の名前を伝えたということになる――推測を重ねてしまってはいるが。
「カルアは大変な状況に置かれてる。前に会ったとき、私に会えるのはもう最後になるかもしれないって……」
「……どういうことだ?」
「迷宮の民に良くないことが起きようとしてる。カルアは何かの方法でそれを知ったの……彼女が『何でも屋』に来て欲しいというのなら、事態はかなり切迫してる」
迷宮の民に何かが起きようとしている――それはつまり、ネイロやキリエたちも危険な状態にあるということだ。
まだ知り合ったばかりの人々であっても、知ってしまえば見過ごすことはできない。そして、何よりも――。
「……私たちは、依頼を受けてここに来た。ファレル殿が受けた内容の全てを知っているわけではないが、それでもパーティの一員としてここに来たのだ」
「もうこうなったら、乗りかかった船ですからね。船とか乗ったことないですけど」
「みんな……」
「僕も心の準備はできています。カルアさんは、僕にとっても恩人ですから……彼女がかけてくれた回復魔法は、とても温かかったんです」
俺たちの意志は決まっている。それを見た門番の女性が頷く――そして。
「今、『何でも屋』に直接行くのは危険が伴うかもしれない。そう思って、ここに一度案内した……カルアもここに連れてこれたら良かったけど、本当は大っぴらに『迷宮の民』が街の中にいることはできないの」
「じゃあ、カルアがいるとしたらどこに……?」
「大っぴらに、って言ったでしょう。中層街の顔役と、迷宮の民には秘密裏につながりがある。カルアの居場所を探すなら、その関係だと思う」
中層街の顔役――4層と5層のあいだにあるこの街で権勢を保っているのだから、相応の器量を持つ人物だろう。
「……しかし、『何でも屋』には行く必要があるな。危険があるとはいえカルアもそこに足を運ぶ可能性があるのなら」
「そうね……どこから手をつけるかは任せるわ。もう少しなら考える時間はあるから」
俺たちはテーブルを囲む――少々腹が減っているが、今は簡易食料をかじるくらいの時間しかない。何よりまずはカルアを見つけ出し、話を聞くことだ。
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