第64話 秘密の通路
マントの男を担いで運び、セティたちがいる場所まで戻ってきた。レンシアは面食らっていたが、事情を話すとさらに顔から血の気が引く。
「ナコト様が、そんな連中に……特級パーティがこの街に入ったなんて……」
「報告がなかったなら、門番がいても気づかれずに潜入できたってことだろう」
ロザリナがいるなら、門番に魔法をかけて通ることもできてしまう――上門の門番たちは、すでに彼女に操作されている可能性があるということだ。
「そのナコトという人物が、中層街の顔役なのだな」
「私は末端の人間だから、直接お会いしたことはないわ。カルアはどう?」
「私も直接は会ったことがない。御簾の向こうにいるのを見ただけ」
謎が多い人物だが、ナコトがジュノスたちの手に落ちたというなら、救出せずにおけば中層街全てが敵に回りかねない。
「ファレルさん、そのロザリナって人は危険すぎるわ。精神操作に対抗する方法がなければ近づけない」
「俺にはそういう魔法は効かないんだ。皆には見せたことがあるんだが」
「えっ……効かない?」
「ファレル様はシーマという人に支配の魔法をかけられて、それでも平気でした」
「うむ、誘惑にも揺らぐことはなかった。武人の鑑といえる清廉さ……私も見習わねばと思ったものだ」
アールは感心しきりといった様子だが、清廉とまで言われると気恥ずかしいものがある。
「そんな体質の人がいるんだ……」
厳密には体質とは言えないが、説明するには長い話をしなければならなくなる。身の上を話すのはあまり得意ではない。
「でも、一度も受けたことのない魔法を、絶対防げるとは限らないんじゃない?」
「それはそうだが……念のために、魔法を妨害する方法が必要になるか」
「僧侶は沈黙の魔法を覚えるのですが、まだ私は扱えませんわ……申し訳ありません」
「私は付近の精霊に呼びかけて魔法を妨害することができるが、特級パーティの魔法使いに通じるかどうかは難しいところだ」
「それでは、僕が
「相手がそんな魔法を使うって分かってたら、私なら挑むのも躊躇するわね……でも、ファレルさんは特級パーティのメンバーより強いってことだし……」
「……私は、相手の魔法次第では対処できるかもしれない。見たことがないから、保証はできない」
カルアにも協力してもらうというのは頭になかった――彼女には村に戻ってもらい、ネイロたちに危険を知らせてもらうことを考えていたからだ。
しかし俺たちがナコトを解放する段階でしくじれば、ジュノスたちを止めることはできなくなる。
「……分かった、カルアも一緒に来てくれ。みんなも来てくれるか、戦力は分散させられない」
「はい、お供します」
セティが返事をして、リィズとアールも頷く――行動の指針は定まった。
まずマントの男を守備隊に確保してもらい、レンシアはそのまま守備隊に合流してもらう。その方が今は安全だろう。
「ええ、分かったわ……でも、もしナコト様からという形で何かの命令があれば、私たちはそれに従わなければならなくなる」
「そうなったらその時は素直に従ってくれ。守備隊の仲間を敵に回す必要はない」
「……ファレルさんって、ずっと冒険者をしてるのよね?」
やはり聞かれるか――今の言動は、軍という組織のことを意識しているととられても仕方がない。
「レンシア殿、今は一刻を争います。お話は後ほどお願いできますか」
「っ……ご、ごめんなさい。少し気になっちゃって……そうね、今はそんな話をしてる場合じゃないわ」
「ナコトのいるところにはどう行けばいい?」
「中層街の中心にある建物……カルアの方があの中のことには詳しいと思うんだけど」
「……知られずに入る経路がある。案内する」
◆◇◆
中層街の中央にある、高い壁に囲まれた建物――周辺には見張りがいて、強引に突破すれば騒ぎになる。
しかし少し離れた位置にある路地裏に、地下道が隠されている。カルアは合鍵で地下道の蓋を開けると、先に入っていく。
順番に梯子を下っていく――俺は殿を務め、地下道の蓋を元通りに閉める。明かりがない状況では、リィズの使う魔法『女神の眼』が役に立った。
梯子を下まで降りると、思ったよりも広い空間が広がっていた。ネズミが走る姿を見て、アールが固まっている――怖いということでもないようだが、驚かされるのは苦手なようだ。
「地下でいろいろな場所が繋がっている。この地下道は『何でも屋』と、街の外にも通じている」
「カルアたちは、ここを使って出入りしてたわけか……」
「中層街を取り仕切っているナコトは、私たち迷宮の民に対しては友好的だった。物資の交換に応じてくれていて、私たちは食料が不足したときなどは、この道を通じて買い入れをしていた。その逆をしたこともある」
「迷宮の民と中層街は、持ちつ持たれつの関係だったのですね……その関係を、外からやってきて壊そうとするなんて」
「迷宮の民は外の人間たちと同じように暮らしを営んでいる。それを知ってなお踏みにじろうと言うならば……たとえ誰からの命令であろうと、阻止する以外にない」
『黎明の宝剣』に依頼した人間は、王国で高い地位にある。特級パーティの地位は、そういった依頼を忠実に遂行することで得たものだった。
それを阻止した後に何が起こるのか。場合によっては王都に行く必要も出てくる――七年前に離れ、戻る気がなかったあの場所に。
「ファレルたちが来てくれたことは、嬉しかった。でも、ここからは……」
「手を引くなら今のうち……とおっしゃりたいのでしょうけど、そんなことをしても後悔するだけですわ。仲間はずれは御免被ります」
「……仲間……」
「リィズ殿の言う通り、私もここまで来て引くことはできない。この街に来てからは、まだ何もしていないに等しいしな」
「僕もさっきはお供できませんでしたが、本当はどこにでもご一緒したいです」
「……そう」
三人の答えを聞いて、カルアはかすかに微笑む――マスクをつけているので、目元だけしか見えないが。
「少し、羨ましい。あなた達のように、どこにでも仲間同士で……」
「っ……カルアさんっ!」
セティが誰よりも早く反応した――前方から風を切って迫ってくる轟音に。
「くっ……!」
地下道を揺るがすほどの震動。飛んできたのは、鉄球を縄の両端に縛り付けた武器――
しかし通常のボーラとは違う。縛り付けられた鉄球は数倍の大きさがあり、投擲の威力で壁にめり込み、大きく亀裂が走っている。
「……我が名はラウラ。戦士の村より出て、その力を示すためにここに在る」
大鎚の女戦士。ここで奇襲を仕掛けてくるとは――セティがいてくれたおかげで、ボーラによる被害を出さずに済んだ。
「……仲間と一緒でなくていいのか?」
「……なぜ貴様がそこにいる? 子供だけでなく、また仲間を増やしたのか。よく貴様などについてくるものだな」
「貴様ではありません、ファレル様です。そして僕は子供ではありません……っ!」
セティの言う通りだ――だが、ラウラはセティの言葉を侮るように笑っていた。
「ふふっ……厄介なことになっているかと思えば、こんなものか。シャントは気まぐれでも起こしたか……どのみち、もう期待などしていないが」
シャントというのは、暗器使いのマントの男のことだろう。
彼がどうなったのか、それを今話す必要はない。先に進むためには、戦いは避けられない――ここからは一戦ごとが正念場だ。
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