第59話 風の丘
『風切り』は子供を背中に乗せてどこかへと案内しようとしている――俺は少年を背負って皆の後からついていく。
「そういえば名前を聞いてなかったな。俺はファレル・ブラック、冒険者だ」
「私はネイロと言います。冒険者の方を近くで見るのは初めてです、お話しできて光栄です」
「近くってことは、見かけたこと自体はあるのか?」
「向こうの方角に、外の人たちが作った街がありますよね。中層街と呼ばれている……あの場所に行ったことがあるんです」
「ネイロ君は何というか、失礼な物言いかもしれないが、大人びた言葉遣いだと思うのだが。まだ十歳くらいではないか?」
「は、はい……私は集落で長をしている者の子です。十歳になればもう子供ではありません、外に出て採取の仕事をしたりします」
俺も十歳の頃にはすでに戦士として生きていくしかなかったので、ネイロの言うことは理解できる。
「集落の長……って、ネイロは跡継ぎだったりするのか?」
「しきたりでは私が指名されることになっていますが、年の離れた姉が二人いて、姉たちのほうが長にふさわしいと思います。私も狩りができるくらいに強くなりたいですが、狼が相手でも今はかないません……」
狼というのは、この辺りに生息するシャドウウルフのことだろうか。動物の習性を知らなければ、人間の手で倒すのは大人でも難しい。
「焦ることはない、命あっての物種だからな」
「……ありがとうございます」
「強さというのは、戦うことだけではないです。ネイロさんには、ネイロさんに向いていることがあると思います。採取もとても大切なお仕事ですし」
「っ……」
セティが優しく笑いかける――すると、ネイロは何やら言葉に詰まっている。
「ネイロさん、お顔が赤いですわね。お熱が上がっているようなら急がなければ」
「い、いえ……何でもありません。セティさんの言葉は、私にはもったいないくらいです」
「……? ええと、勿体ないということは無いと思うんですけど」
「ふふっ……セティ殿は心底純粋で、見ていて好感が持てるな。私も見習いたいものだ」
「ええ、本当に。でも強くなりたいというのは良いことですわ、戦いを避けてこの迷宮の中で暮らしていく方法もあるのでしょうけど」
アールとリィズの言葉も思いやりを感じるが、どうもネイロはセティに声をかけられてから固まってしまっている感じがする。
「ネイロ、どうした?」
「……い、いえ。なんでもないです、私が変なだけだと思います」
そんな言い方をされると気になるが、これ以上問いただすこともできない――セティは俺を見て小首を傾げているが、自覚なしにネイロを翻弄してしまっているということなら、それもなかなか罪なものだ。
(まあ男というには、セティはな……特例ってやつだろうな)
「あっ……ファレル様、『風切り』が止まっています」
「ここは、僕が攻撃をされたところです。そこに洞窟の出口があって、森に通じているんですが……」
『風切り』はそのまま洞窟の外に出ると、森に入っていく。
この森に入らずに道なりに進んでいくと『古き竜の巣』がある方面だ――そこまで行けば中層街もさほど離れていない。
「……『風切り』を恐れてるのか、魔物の気配がないな」
「はい……静かですね。風の音が少し聞こえるくらいです」
「精霊の力を感じるな……ファレル殿、私は付近にどんな精霊がいるか調べられます。精霊魔法の基礎なのですが」
「さっきの魔法は見事だったな。『大地の手』……セティとの連携も見事だった」
「パーティを組むとき、多くの種類の敵に対応するために、各自で違った系統の攻撃を持つことが推奨されるそうですね。セティ殿ひとりで火と雷を使えるというのは、非常に大きいと思います」
「い、いえ、そんな……雷については偶然なんです、身についたのは」
セティは『雷の林檎』で雷の力を得た――その時から思ってはいた。
竜人であるセティは、自分の身体に合った特殊な食物を食べることで、その力を取り入れることができるのではないかと。
◆◇◆
「クルル……」
『風切り』の後を追って進み続けていると、森が途切れた。
俺たちは丘の上にいた。下った先には平原が広がっている――遠くに巨大な生物がいて、空には鳥の姿も見える。
「深層の魔物だ。こっちに気づかれないようにしたほうが良さそうだが……」
「ファレル様、こちらに……『風切り』は、これのことを教えてくれたみたいです」
丘の上に咲いている花。これは一体なんだろう――見たことがない種類だ。
「リィズ、『風切り』はなんて言ってる?」
「クルル、クルッ」
「『この花は嵐のあとに咲くもので、珍しい』……でしょうか。これは摘んでも大丈夫なのですか?」
『風切り』は頷いたりはしないが、代わりに尻尾を振って返事をする。
「キュー、キュー」
「あっ……す、すみません。抱っこしてもいいですか?」
『風切り』の頭の上から降りた幼体が、セティの足にじゃれついている。セティはそっと持ち上げる――幼体は大人しく腕の中におさまった。
「やれやれ……俺は噛みつかれたが、みんなには懐いてるんだな」
触ろうとしても大人しくしているが、あえてちょっかいを出すこともないだろう。
花を摘んで、水を含ませた布で茎の断面をくるみ、
セティの次はリィズも幼体を抱きかかえる。アールもそわそわとしていたが、リィズは何も言わずに笑ってアールと交代した。
「……愛らしい生き物だが、この過酷な環境で生き抜かなくてはならないのだな。母君とともに元気でな」
アールが幼体を親に返すと、『風切り』はじっと俺のことを見たあと、森の中に戻っていった。ネイロも安堵の息をついている。
「さて……このままだと鳥に見つかりそうだからな。いや、もう見つかってるか」
「牽制をしたほうが良いですね……っ!」
セティが息を吸い込み、吐き出すと同時に雷が放たれる。
「――クェェッ!!」
こちらに向かってきた巨大鳥は雷を避けきれずに翼に受け、怯んで飛び去っていく。かなりデカい――この階層を探索していたらいずれ戦わなければならない相手なのか。
「あんな鳥にさらわれたりしたらひとたまりもないですわね……頭上にも気をつけないと」
「うむ、そうだな。空中の敵に対応するには剣では限界があるから、セティ殿のように対策を考えなくては」
「セティ、魔力は大丈夫か?」
「はい、ちょっとだけ減ってきた感じはしますが」
あれだけ強力な雷の
それでも念のため、探索中に魔力の回復ができる方法を探しておいた方が良さそうだ。森の中を進みながらそんなことを考えていた。
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