第58話 決着

 仕掛けてくる――向こうから。


 『風切り』の前足が地面を踏みしめるその瞬間、俺はその意図に気づく。


「――来るぞっ!」

「シャァァッ!」


 『風切り』の威嚇とともに尾が二つに分かれ、後方に向けて振り抜かれる。


 風の刃が飛ぶ――俺を追ってきたセティとアール、二人は上手く反応して攻撃を避ける。


「くっ……!」

「まるで弓による狙撃……威力はそれ以上か……!」

「おぉぉぉっ!」


 後方を牽制しながらも、『風切り』は俺が突進しながら繰り出した突きを後ろに飛んで避ける。


 すかさず追い打ちを重ねようとして気づく――『風切り』の全身に魔力が充溢し、炸裂する。


「コァァァァッ!!」


 間合いを詰められることを拒否する技――全方位を吹き飛ばす、『風切り』を中心にして放たれる爆風。


「っ……!」


 強烈な風圧で押し戻される。これを繰り返されれば距離を詰めきれない――しかし。


「――そこっ!」

「ッ……シュァァァァッ……!!」


 爆風を発生させたあと、『風切り』が動きを止めたわずかな時間を突いて、セティが放ったのは――雷撃。


 炎は風圧の余波でも遮られる可能性がある。雷は影響を受けずに貫通する――風と雷の魔法は相乗することはあっても、相殺することはない。


「大地の精霊よ、我が声に応えよ……『大地の手』!」


 アールの詠唱とともに、雷の吐息ブレスで怯んだ『風切り』の足元の地面が盛り上がり、腕の形となって足を掴む。


 雷による麻痺、そして動きを封じる土の精霊魔法。初めて試みた連携にも関わらず、完璧な形で『風切り』に隙を作ってくれた。


「――直剣一刀……!」


 全身全霊を込めた技を繰り出し、『風切り』を倒す――そのつもりだった。


「――待ってください、ファレル様っ……!」


 セティの声が響く。その前から、何かが警告していた――このまま『風切り』を倒すべきなのか、何かが引っかかる。


「…………」


 赤く染まった目――これほど殺気立っているならば、技を止めた俺に反撃してきてもおかしくはないのに、『風切り』は動かない。


「チチチッ……」


 目の前の『風切り』が発したものではない、少し高い特徴的な鳴き声。


 『風切り』を刺激しないように、セティとアールは足を止めている。俺は『風切り』の動きに備えながら後方を見る――すると。


「……『風切り』の子供……?」


 成体と比べると同じ魔物とは思えないほどに小さく、愛らしい幼体がこちらを見ている。


「――ギャウッ!」


 幼体は俺に飛びかかり、噛みついてくる――しかし牙が発達しておらず、小手の上からでは少しも痛くはない。


 喉を低く鳴らして牽制してくる『風切り』。俺は剣を鞘に収め、幼体を片手で抱えて、攻撃の意思がないことを示す。


 問答無用で攻撃されるということもない。そして俺も、幼体を人質――もとい、魔物質に取るつもりはない。


「……なんともやりにくいな。そっちも子供を返しさえすれば戦意はないか?」

「クルル……」


 威嚇するような声ではなくなった。しかしこちらの意図が通じていると勝手に解釈していいのかが分からない。


「ええと……ファレルさん、私なら魔獣の声の意味がある程度分かります」

「っ……本当か?」


 リィズと、動けるようになった少年も洞窟から出てきている。少年は『風切り』を見て最初は怯えていたが、戦闘が中断していることは理解してくれた。


「クルル……」

「その子に危害を加えないなら、戦うつもりはないそうです」

「やっぱりそういうことか。じゃあ、返すために近づくが、それはいいか?」

「……チチチ……」

「警戒していますが、拒否はしていません……合っていますわよね?」


 俺としてはリィズを信じるしかない。幼体を地面に降ろすと、『風切り』はその顔をぺろぺろと舐め、毛づくろいを始めた。


「私は、『風切り』の縄張りに入ってしまった……きっと、その子が近くにいたので襲われたのですね」

「そういうことか。災難だったな……」

「……凶悪な魔物ではあるのだろうから、人を襲わないようにと伝えられればいいのだがな」

「クルルッ」

「そのつもりだ……ということみたいですわね。ただ、少しお腹が空いてはいるそうです。自分で餌を取るので問題はないそうですが」


 戦っておいて餌付けをするというのもどうなのだろうと思うが、人を襲わないと約束してくれるのならば、これくらいのことはしてもいいだろう。


「この肉は食べられるか?」


 骨付き肉を収納具から一本出す。『風切り』の前に置くと匂いを嗅いでいたが、骨から肉を器用に剥がし、子供に与え始めた。


「美味しそうに食べていますね……この子のほうがお腹が空いていたんでしょうか」

「ふだんは草や木の実を食べているみたいです。お肉は久しぶりだったみたいですね」

「なるほど……し、しかし、これほどの大きさになると言っても、小さい頃は綿の塊のようだな……フワフワとして……」

「クルル……」

「この子はまだ長い距離を歩けないので、誰かに運んで欲しいそうです……えっ?」


 リィズが驚いた理由を説明してくれる前に、『風切り』が移動を始める。幼体は肉をきれいに食べてしまい、骨をくわえたままで、恐る恐るアールが抱き上げる。


「あ、あの……アールさん、疲れたら僕も交代します」

「う、うむ。セティ殿、よろしく頼む」

「ついてこい、とのことですわ。他の魔物もいますから気をつけてまいりましょう」


 ある程度覚悟して挑んだ『風切り』との戦いだったが、思ってもみない形で決着することになった――どこに案内されるのか分からないが、それが終わったら少年を村に送らなくては。


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