第50話 僧侶と剣士


 朝食の準備を終えて、メネアさんとアール、リィズが身支度をして出てくるのを待つ――すると。


「……ファレル君、その、さっきのことなんだけど……ああっ、やっぱり忘れて。私なんてファレル君より年上だし、少しくらいのことで意識したりとかそういう……」

「え、ええと。泊まりになるなら、服を用意した方が良かったですね。俺のじゃ大きいと思いますし」

「確かに大きかったけど、リィズちゃんがいい匂いがするって言って……って、それは言わない約束だったわね」

「い、いえ、私はあの時お酒を飲んでいたので、ファレル様のベッドに入ったのは無意識のうちの出来事だったのですわ」

「二人とも話が微妙にずれているが……ファレル殿、申し訳ありませんでした、ベッドをお借りしてしまって」

「まあ気にしなくていいが、俺の家を宿に使う人が増えるんだったら、今のままじゃ全然準備ができてないな」


 見るからに危うくなるまで酔う前に、みんな自制してくれるはずだったのだが。歓談しているうちについお代わりを頼んでしまうというのは、得てしてよくある話だ。


「ああ、そうだ。メネアさん、飛び茸って酒と一緒に摂ると何かあったりしますか?」

「いえ、聞いたことがないわね。お酒の席で出てくることはあると思うけど……きのうの記憶がところどころ飛んでるのは、飛び茸のせいなのかしら。調べてみるわね」

「とても美味しかったですが、やはり迷宮で採れる食材には注意が必要ということでしょうか」

「身体に害があるとは思いませんし、気分が明るくなるのなら良いのではないですか? 何より美味しいですし」

「食材として美味いが、後になって危険だと分かったものもある。飛び茸は大迷宮が発見された当初から食べられてるから、安全と考えていいだろうけどな」


 俺は迷宮に食材を求めて潜っているが、仲間にも付き合って食べてもらうのはどうなのか――今さらだが、そんな考えが過ぎる。


「私たちの祖先もまた、食べたことがないものを食べて生きてきました。それと同じことなのですから、迷宮の食材には今後も触れていきたいですわ……と言っても、私一人ではなかなか持ち帰れなそうですけれど」

「そうだな……もちろん見るからに身構えるような食材はなかなか手が出ないだろうが。昨日迷宮で食べた蛸はとても美味しかった。疲弊しきった身体に染み渡るようだったな」

「蛸……迷宮で倒した魔物を、その場で食べたの?」

「ああ、そうだ。昨日は食材が足りてたので仕舞っておいたんですが。メネアさんも食べますか?」

「私にも分けてくれるの? ……と言いたいところだけど、蛸って実は食べたことがないのよね」

「せっかくなので、家でできる調理法を考えてみます。漁師炒めばかりでも勿体ないので」


 メネアさんはおっかなびっくりという様子だが、アールとリィズはすでに黒蛸の味を知っているので、少し落ち着かなそうにしている。


「二人もそのときは食べに来るといい」

「ああっ……どうしてそんなに的確に私の心を読んできますのっ……」

「食い意地が張っていると思われてしまうだろうが、それほどに美味なのだ……」

「僕も凄く美味しかったです。ファレル様がお作りになるものは、全部神様が作るみたいに美味しいです」

「……と言いつつも、今日の朝食はほとんどセティが作ってるんだが」

「そ、そうなの……? どうしましょう、私年長者なのに、ご馳走してもらってばかりで」

「私もです。すやすやと寝てしまっていた自分が恥ずかしいですわ……っ、ああ、でも美味しい……」

「…………」


 リィズの横で、アールは皿の上を見つめている。真剣そのものの表情だ――そして今もフードを被ったままだ。


「……ベーコンと目玉焼き、そしてパン。この丸パンは、一部の地域しか食べられていないもののはずです」

「ああ、俺が好きだから置いてあるパン屋に頼んでたまにまとめて作ってもらってる」


 王都の下町にあるパン屋。騎士候補生だった頃から世話になっていたその店のパンの味を自分で再現し、納得がいく出来になったところでエルバトスのパン屋に持ち込んだ。


「アールはあまり好きじゃないか、このパンは。それなら別のものもある」

「……いえ。このパンに、目玉焼きとパンを載せて食べる。好みで野菜を載せてもよい……」


 アールはパンを口に運ぶ。食事をするときばかりはマスクを外している――それでも目元だけは隠し続けるのは、素性を明かせない理由があるのだろうが。


「……美味しい。セティ殿は、ファレル殿に作り方を教えてもらったのですか?」

「はい、ご指導いただきました」

「そうか……それは、素晴らしいことだな」

「アールさんも教わりたいってことですか?」

「っ……そうは言っていない。それしか言葉が思いつかなかったのだ」

「このスープもまろやかで、ほっとする味ね。ファレル君の人柄が出てるわ」

「反応に困るんですが……俺の人柄って、地味とかですか」


 メネアさんは微笑み、他の三人と目配せをする――多勢に無勢、当方は圧倒的に不利だ。


 そんな取り留めのない話をしながら、ふと思う。


 いつも一人で座っていた食卓に、セティが来て、前はクリムが来て、今朝はメネアさんたち三人がいる。


 また違う料理を出したとき、皆はどんな顔をするだろう。セティにもまだまだ食べてもらいたいものがある――何が好きで何が嫌いかもほとんど知らない。


「……ファレル様、いかがなさいましたか?」


 セティが朗らかな笑顔で聞いてくる。俺が何を考えてるか、彼にはもう言わなくても伝わってしまう気がする。


「……今後も変な食材を採ってくることはあるかもしれないが。また、気が向いたら食べに来てくれるか」

「ファレル君、それはちょっと奥手なんじゃない?」

「え……」


 アールとリィズがこちらを見ている――さっきまでの緩んだ空気はどこへやら、緊張した面持ちだ。


 パーティを組まない『変人』と呼ばれていることに、俺自身が甘えている部分があった。


 だが、セティを立派な冒険者にしたいという目的ができた今は、仲間の力が必要になる場面があると経験を通して理解している。


 まだ正式なパーティじゃない、オルセンと話したときにはそう説明した。


「……二人は他のギルドに通ってるみたいだが。良かったら俺たちのいる『天駆ける翼馬亭』も訪ねてみてくれ」

「っ……そ、それって……プロポーズ、ですの?」

「ななな、何をっ……」

「リィズちゃんが言いたいのは、勧誘をしてくれてるのかっていうことよね。でも、セティ君と二人の方がいいってこともあるだろうし、そこは臨機応変がいいと思うわ」

「そうですね。パーティと言っても、タイミングが会ったら組むという形で……セティはそれで大丈夫か?」

「はい、ファレル様の仰せのままに」


 リィズとアールの顔は真っ赤になっている。リィズが変なことを言うので意識してしまっているのか――ここは年長者として場をまとめたいが、如何せん俺も恥ずかしい。


「……コホン。今日は階層主の追加調査に行くつもりだが……二人はどうする?」

「は、はいっ、ぜひご一緒したいですわ」

「お邪魔でなければ、私も同行させてもらおう」

「じゃあ、スペシャルゲストとして私も……と言いたいところだけど、今日はお店を離れられないのよね。代わりにポーションを私だと思って持っていって」


 迷宮で役に立つポーションを幾つか渡してもらう――世話になったからとメネアさんは代金を受け取らなかった。何か薬の材料になりそうな素材が見つかったら、礼として届けることにしよう。


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