第49話 記憶
――昔、騎士団にいたころの夢を見た。
俺は騎士団を抜ける前に、牢に入れられたことがある。理由は、貴族との間でいさかいを起こしたこと。
俺の友人が率いていた部隊は、貴族によって捨て駒にされかけた。
本来ならば、騎士団が動く必要のない事態だった。それでも王族と貴族の下に聖騎士団という組織がある以上は、貴族の命令に背くことはできない――本来ならば。
『……俺たちのために、済まなかった』
その男――セルジュは千人隊を率いる部隊長だった。彼は投獄中の俺に会いに訪れ、申し訳なさそうに唇を噛んだ。
『あのとき違う選択をしても、いずれはこうなっていただろうな。貴族は俺達のことを、絶対服従の武力としか見ていない』
『……ルキウス伯爵は、エルフの自治領を奪おうとした。彼らが叛逆を企てていると嫌疑をかけて』
『そうだな。そしてそれは全てでっち上げだった。セルジュたちの部隊は、必要のない攻撃をさせられるところだった』
『なぜ、それを監査官に報告しない?』
それは問いかけではなく、懇願のようだった。
俺は自分の部下とともに掴んだ伯爵の謀略について、誰にも明かさなかった――仲間に無茶な命令をした相手に諫言を行い、貴族に対して不敬を働いたという体で投獄されたのだ。
『監査官から陛下に事実が伝われば、こんな牢に入ることは……』
『そろそろ、潮時だったんだ。俺はもう、騎士を続けることができない』
『っ……やはり、あの時に……』
邪眼を持つ
代わりに、この身体に呪いを受けた。蛇女はその呪いが『人間性を奪う』と告げていたが、その意味は時間が経つほどに嫌と言うほど実感していた。
『……このままでは、俺は少しずつ人間ではなくなっていく。呪いを解けるのかは分からないが、違う自分になってしまう前に、呪いの進行を食い止めたい』
『それとこれとは話が別だ。お前が俺達の代わりに牢に入る必要はない……!』
『俺が騎士団を離れるのは、自分を犠牲にしたからとか、そんな殊勝な理由じゃない』
セルジュ、騎士団長、そして部下や教え子。
彼らと過ごすあいだ、俺は確かに満たされていた。呪いの影響で何があったとしても、彼らは俺を見放すことはない――そう、信じてもいた。
だからこそ、離れなければいけなかった。俺が俺でいられるうちに。
『……団長は、お前を辞めさせるつもりはない。ルキウスの要求を拒否すると仰っている』
『あの人は優しすぎる。それでルキウスが納得するとは思えない』
『っ……ルキウスの命令通りにエルフの領土に攻め込めば、俺はそれこそ騎士である自分に嫌気がさしていた。お前がいなければ、とうに俺はっ……』
『そんなことはない。俺がしたことなんて、大袈裟に捉えるべきじゃないんだ。本当に、大したことじゃない』
まだセルジュは諦めてはくれない。俺は手枷と足枷をつけられていたが、そのままでセルジュの前に立った。
食事を絶たれていた俺は痩せ、髭は伸び放題で――そんな俺を見て、セルジュは久しぶりに笑みを見せた。泣きそうな顔で、笑っていた。
『……あまり侮るな。全ての事情を言わずにいるのは、俺でもわかる』
『そうだな……騎士の情けと思って、見逃してくれるか』
『今は聞かずにおいてやる。だが、いつか話してくれ。こうなったら俺は意地でも騎士であり続ける。いつかお前の気が変わって、俺の文句を聞きに来るまで』
鉄格子の間から、手枷がついたままで拳を出す。セルジュはそれに応じて拳を合わせる――騎士になる前、初めて戦に出たあと、そして勲功を上げたあと。いつも、俺たちはこうしてきた。
『……みんな、お前のことを忘れはしない。我が友ザイフリート』
『先生』とか、『副騎士団長』というように俺を呼ぶ人間がほとんどで、その名前を口にする人物は限られていた。
俺の友人、セルジュ。彼は俺が騎士団を去ったあと、副騎士団長の役割を継いでくれた。
◆◇◆
ファレル・ブラックという名を名乗るようになって、元の名前はいつか忘れるのだろうと思っていた。
そのはずが、今になって昔のことが蘇ってきた。記憶はままならないものだ。
「ん……」
居間の長椅子の上で目を覚ます。セティが朝食を作ってくれているのか、香ばしい香りがする。
台所を覗くと――やはりセティが先に起きていた。手際よくベーコンと卵を焼きながら、俺を見るなり笑いかけてくる。
「おはようございます、ファレル様」
「おはよう。ありがとうな、早起きして作ってくれて」
「少し早く目が覚めてしまったので……ファレル様は、まだゆっくりお休みになってください」
「そう言われても、すっかり疲れは取れたからな。顔を洗ってきたら手伝うよ」
庭に出て、井戸で水を汲み、顔を洗う――水の冷たさにさらに目が覚める。
「うーん……」
頭上から声が聞こえる――何気なしに顔を上げてみると。
二階の窓を開けて、メネアさんが大きく伸びをしている。寝間着は例によって俺が貸したシャツだ――そこまで生地が厚くはないので、朝の光を受けると危ういことになる。
「……あっ。おはようファレル君」
「お、おはようございます……」
「二人ももうすぐ起きてくると思うから、そうしたらお手伝いするわね」
メネアさんは特に何事もなく引っ込んでいく。
隣家とは塀と高い木で隔てられているのでそうそう見られることはないと思うが、女性を泊めたと伝わると噂になってしまう可能性がある――この住宅区では、ご近所の奥様を介して噂が光の速さで伝わってしまうのだ。
(……ま、まあセティもいるし、事情は説明できるから良いか……いかん、こんな浮ついたことでは。あとで鍛錬して気を引き締めよう)
気を取り直して家の中に入る。セティが出来上がった料理を運んでいたので、そのまま配膳の手伝いを始めた。
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