SIDE3 願い

 ――気がつくと、二階のお部屋のベッドの中にいました。


 ファレル様は古いベッドをお家に残していらっしゃって、寝室には二つベッドがありました。そのうちの一つを、意識が朦朧としているうちに使ってしまっていたのです。


(……ぼーっとする。どうしてだろう……メネアさんに勧めてもらったジュースが、なんだか苦くて……)


 飲んでしまって、しばらくしてから分かりました。何かの拍子で取り違えて、お酒を飲んでしまったんだということに。


 部屋の明かりはついていなくて、でも窓が開いていました。カーテンが揺れていて、誰かが窓際に立っていて――そして、廊下の方からは足音が聞こえてきました。あの歩き方はファレル様です。


『……リィズ?』

『……えっ……?』


 リィズさんのことを見つけたファレル様が驚いています。そろそろとベッドの中で振り返ってみると、リィズさんが驚いたように、ドアの方向を見ています――そこにファレル様がいるのだとわかりました。


 それで二人は少しお話をして、部屋を出ていきました。リィズさんが獣人だというのは何となく分かってはいましたが、彼女が自分から言わないのであれば、何か理由があるのだと思っていました――僕も角と尻尾を隠しているから、ということもあります。


(……夜に男女お二人で……いえ、ファレル様のことを信頼していないわけでは……でもリィズ様も可愛らしい方なので、全く魅力をお感じにならないというのも、それはそれで間違っているような……)


 初めはそのまま眠ろうと思いましたが、逆に鼓動が早まってきて、毛布をかぶっているのも熱くなってきてしまいました。


 僕はそろそろと毛布を外して、ベッドに腰掛けて、もう一つのベッドに目を向けました。


 ファレル様が使っているベッドで、リィズさんが眠っていたみたいで。そのままにしておかないといけないのに――足がふらついて、ベッドに倒れ込んでしまいました。


 リィズさんも酔っていたので仕方ないといっても、ファレル様のベッドを使っていたと思うと、胸がモヤモヤとしてきます。


(羨ましいなんて……ああ、でも、僕もファレル様が居ない間に、こんなこと……)


 このまま眠ってしまいたいくらいでしたが、そんなことをしている間に、廊下から足音が聞こえてきました。


 ファレル様は飲み物を持って、二階に戻ってこられたようでした。様子を見に行ったりしてはいけない、そうやって悩んでいても、全然時間は過ぎてくれません。


(……ファレル様、僕は不届き者です……)


 ドアを開けて、ほとんど真っ暗な廊下の中を、できるだけ音を立てないように進んで――明かりが漏れているお部屋の前まで行きました。


『し、尻尾まくら……?』

『はい。先ほど、ファレルさんのベッドで寝てしまっていたのですけれど……そのお詫びをしなくてはと思っていたら、ファレルさん本人がやってきたのですわ』


「(っ……)」


 思わず声を出しそうになりました。そんなところまでお話が進んでいるなんて――やっぱりお邪魔をしてはいけないし、絶対に知られてはいけない――でも、僕はドアの前から離れることがどうしてもできませんでした。


「(リィズさんみたいな、ふさふさした柔らかそうな尻尾でお誘いを受けたら、ファレル様も……)」


 僕の場合は竜人の尻尾なので、あまり枕にするには適していません――試していただいたことがないので、実際どうなのかは分かりませんが。


 でも、このままファレル様のベッドで休むことも、尻尾まくらもリィズさんが先にしてしまったらと思うと、胸が締めつけられる思いでした。


 これ以上は聞いていてはいけない。そう思って立ち上がろうとした拍子に――壁に手が当たって、カタンと音が立ってしまいました。


 気づかれたらもうどうしていいか分かりません。僕はこれ以上音を出さないようにして、寝室に戻って、元通りに毛布の中に入りました。


「(ごめんなさい、リィズさん……ファレル様、どうかお許しください)」


 本当は考えるだけではなくて、言葉に出して謝らないといけません。


 でも、ファレル様が何を仰るだろうかと想像しただけで、怖くてどうしようもなくて――。


「(……こんな時なのに……お酒が、まだ……)」


 少し目を閉じただけで、急激に眠気が出てきて、何も考えられなくなって。


 明日からも、ファレル様のお傍にいたい。それを願うことしか、僕には――。


   ◆◇◆


 次に目を覚ましたとき――部屋は薄暗くて、隣のベッドには、メネアさんとアールさんが眠っていました。


 周りを見てみると、リィズさんが床で丸くなっています。ファレル様がいらっしゃらないということは、一階でお休みになっているのかもしれないと思いました。


「リィズさん、そんなところでお休みになっていると……」

「……くー」


 全然起きる気配がないので、僕はリィズさんを担いで、ベッドに寝てもらいました。それでも起きないまま、もぞもぞと枕を抱くようにして、また寝息を立て始めます。


 一階に降りてみると、思ったとおりにファレル様が居間の長椅子で休まれていました。


「……セティ……」

「っ……」


 ファレル様のお顔を見ようとしたときに呼ばれたので、お目覚めになっているのかと思って――寝言みたいだと気づいて。


「……髪はちゃんと……乾かさないと……」


 夢の中でも、僕はファレル様にとって、手がかかってしまっている――そんなことではいけないのに、その場にへたり込んでしまいました。


 僕がファレル様の夢に出てきている。それがどんな形でも、嬉しくて仕方がなくて。


 これからも、ファレル様の傍にいられるように頑張りたい。心から、そう思いました。


「(……あれ。僕、何か気になっていたような……)


 昨日の夜のことが思い出せない。凄く心配なことがあって、眠れるかどうかというところだったような――でも。


 まだ目を覚まさないファレル様のことを見ていられる、それだけで幸せで。


 今はもう少しだけ、このままでいたい。そんなことを思ううちに、少しずつ窓の外の空は白み始めていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る