第51話 調査

 朝食を終えた後、自分の店に戻るメネアさんと別れ、四人でギルドに向かった。


 昨日の騒ぎは今日になっても尾を引いていたが、冒険者たちは忙しそうに出入りしていて俺を気に留めることはなかった。


 グレッグたちの姿は見えないが、療養が終われば復帰するだろう。カウンターで順番待ちの札を取ってしばらくすると、イレーヌが先客の対応を終えて出てきた。


「ファレルさん、おはようございます。シーマさんという方がいらしていますが……」

「ああ、ここに来てもらうように頼んでおいたんだ」

「そうなんですね、なんでも『黎明の宝剣』のメンバーだった方ということで……その、離脱されたというのは本当なんでしょうか?」

「それは色々あってな……パーティに戻りにくくなったというか。俺からは何とも言えないんだが」

「事情がおありということですね、分かりました。シーマさんですが、あちらの席でお待ちですよ」


 イレーヌが指差す――シーマは酒場のほうに居て、席に着いていた。


 神官は需要のある職業ということもあり、シーマの様子を見ていたパーティの一つが動いた。しかしシーマと少し話すと、パーティのリーダーらしき人物は肩を落として離れていく。


「お綺麗ですし、先ほどから引く手あまたですね。ファレルさんも勧誘されたんですか?」

「いや、ちょっと助力を頼んだだけだ」

「そうだったんですね……あっ、別の方を勧誘されていたんですね。こんにちは、ギルド職員のイレーヌです。ファレルさんの担当をしています」

「初めまして、リィズと申しますわ。私は僧侶で、あの神官の方にはまだまだ及びませんが、精進していくつもりです」

「私はアール、剣士です。ファレル殿の強さに感銘を受け、学ばせていただいています」


 アールがそう言うと、イレーヌはなぜか俺を見て誇らしげな顔をする。


「ファレルさんの実力を見たら、やはり皆さんそう思われるんですよね」

「ええ、これほどの人物が中級冒険者というのは、認可制度の問題を疑うほどです」

「今はそういう話をしてる場合じゃなくてだな……」

「ファレル様はとてもお強いので、そのことを皆さんに知ってもらえるのは嬉しいです」


 セティに言われるとどうにも弱い――親馬鹿というのも違うし、こういうのは何て言うんだろうか。


「そんなファレルさんの実力を見込んで、今回もお願いしたい依頼があるんです」

「これから2層に行くから、『ついで』でできるかどうかだな」

「あっ、そうなんですね……今回も『いつもの』ような依頼だったので、日を改めてお願いさせていただきますね」

「一応話は聞いておこうか……ああいや、依頼書をもらっておこう」

「はい、こちらになります。依頼者の方は匿名で、期日などは設定されておりませんが、ご都合の合う時にお仕事をしていただければと」


 匿名の依頼――冒険者ギルドには『連絡係』がいて、依頼の受領を取り次ぐ仕事をしている。


 前金を払うことが必須になるので、依頼者にとっては賭けになる。冒険者の顔を見て契約するわけではないし、期日内に依頼が遂行されるかは分からない――それでも、そういう依頼はしばしば持ち込まれる。他に頼れる人間がいない場合の手段として。


 今回の場合は期日が設定されていないので、依頼者に切迫した事情はないと考えられるが、できるだけ早く遂行するに越したことはないだろう。何より『いつもの』仕事ということは、このギルドで受けられるのは俺たちくらいしかいない。


「おお、久しぶりだな学者さん」

「ヒヅキさん、研究の調子はどうだい?」

「ああ、それなりに上手く行っているよ」


 話し声が聞こえてきて振り返ると、ヒヅキがギルドに入ってくるところだった。こちらに向かって手を上げると、颯爽と歩いてくる。


「ファレル、遅れてすまない」

「いや、俺たちも今から出発するところだ。今日はリィズとアールの二人も一緒で、向こうには協力者のシーマがいる」


 ヒヅキはリィズとアールを見て微笑み、会釈をする。


「初めまして、私はヒヅキという。素材の研究をしている学者だよ」

「よ、よろしくお願いします」

「よろしく。私はファレル殿の弟子で、アールという」

「こら、弟子は取ってないぞ」

「そうです、僕がファレル様の一番弟子……みたいなものですからっ」


 アールの第一印象は生真面目で、あまり冗談は言わなそうだと思ったが、それは俺の早とちりだったらしい。


「……それくらいの心構えということなのだが、変な女だと思われただろうか」

「ええと……変といえば変ですけれど、アールさんにそれを言うのは今さらという気もしますわね」

「私はてっきり、ずっとフードを被って、マスクをされていますので、そういった職業の方かと……」


 イレーヌの指摘を受けてもアールは顔を出そうとはしない。俺も覆面の弟子を取るつもりはないので、できれば顔を見せて欲しいが――それこそ今さら言うのは気が引ける。


「ファレル様、そしてお仲間の方々、お待ちしておりました」


 シーマが自分から席を立ってこちらにやってくる。カウンター前で話をしている俺たちに気づいて来たようだ。


「ま、待て……あの神官さんもファレルのパーティに……?」

「やっぱりデカい仕事をしたやつはモテるってことか……俺も頑張ろう……!」

「神官と僧侶で、神聖魔法を使う職が被ってしまったな……とか言ってるに違いない。畜生、贅沢な悩みを抱えやがって……!」


 好き放題に言われているが、昨日のように英雄扱いをされるよりはいいのかもしれない――そのうち後ろから刺されかねないが。


「……ファレルの知り合いにしては珍しいね。私はあまり気が合いそうにないんだけど」

「おそらく私はあなたの思う通りの人間ですが、ファレル様のご友人と争うつもりはありませんのでご容赦ください」

「友人というのは……それはいいか。君が腹の中で何を考えていようと、ファレルに敵対しないなら私の敵でもない。今日はよろしくと言っておくよ」


 ヒヅキとシーマが握手をする――傍から見れば和やかに見えるだろうが、こちらとしては冷や汗ものだ。


   ◆◇◆


 ――ヴェルデ大迷宮 2層 『闇の洞窟』――


 シーマの転移陣を使って、階層主のいた場所に戻ってきた。巨大な黒蛸は、俺達が立ち去った時と変わらない姿でそこにいる。


「まだ魔力が残っているから、瘴気を吸っていないね。それにしても本当にこんな怪物を倒してしまったのかい?」

「こうして動かないままってことは、討伐できたってことでいいんじゃないか?」

「ふふっ……まるで他人事みたいなんだから。ファレルは本当に凄いなあ……」


 ヒヅキは感心したように言いつつ、白衣を広げてその裏に収めていた注射器のようなもの、そしてガラス瓶を取り出す。


「時間が経つと透明になってくるんだが、元は黒い粘液だったんだ」

「うん、魔力が抜けると色が変わるみたいだね……でもほら、黒い部分が残っている。蛸のような生き物の粘液……身体に纏っているという形ではあるけれど、これはおそらくスミだよ」

「墨……?」

「イカやタコは、獲物から逃げる時に墨を吐くんだ。墨は料理にも使われることがある」

「ああ、なるほど。イカスミを使った料理は食べたことがある」

「スミは少量しか採れないから、価値が分かる人たちにとっては貴重だ。それが階層主ともなるとこんなに大量に……もう、全部持って帰って貯蔵した方がいいんじゃないかな?」

「で、でも、階層主はこの黒いもので、捕らえた人たちの人形を作って襲ってきたんですが……」

「普通の墨と違って、階層主の能力を媒介する機能があったわけだね。同じ能力を使えればその人形を作る能力を再現できるかもしれない」


 ヒヅキの話を聞きつつ思う――あの黒い魔獣も、階層主に捕らえられていたということか。もしくは過去に捕食した相手を再現できるのか。


「ここでひとつ、ファレルには決断してもらう必要がある。この場で階層主を解剖してみればまだ何か分かるかもしれないけど、その過程で意図しない変化が起こる可能性がある。どうしようか?」

「そうだな……墨と切り分けた蛸足を持ち帰れるようにして、あとは頼んでもいいか」

「分かった、やってみよう。できれば全て持ち帰れるように細心の注意を払うけどね、僕も階層主に触れさせてもらうのは初めてだから」


 迷宮の外に階層主を持ち出したら、何が起こるか分からない――可能であれば迷宮の中で調査を行うべきだ。そのために、ヒヅキに足を運んでもらった。


 俺はヒヅキの助手をすることにして、セティたちには周辺の探索を頼む。ここに足を運ぶのは今回が最後になるだろうし、見落としがないようにしておきたい。

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