第47話 宵の月

 肉と飛び茸、野菜の串焼きを堪能したあとは、パンの生地を貯蔵庫から出してきて、串焼きパンを作ってみた。


「こんなパンの焼き方があるのだな……野営をしているときにも作れそうだ」

「パン生地は発酵の具合が大事だから、家で作る方が成功しやすいけどな」

「発酵……?」

「チーズとか、寝かせておいて作る食べ物があるでしょう。パンも生地を寝かせてふくらませる工程があるのよ。パン種をとっておいて新しい生地に混ぜると、それも同じように膨らむの」


 メネアさんが代わりに説明してくれる。まるで授業でもしているようだ――アールだけでなく、セティとリィズも聞き入っている。


「なるほど……日頃食べているパンもそうやって作られていたのだな」

「奥深いですわね……私の故郷ではこんなにふわふわしたパンは無くて、平たいものだったのですが」

「ああ、それも一つのパンの形だな。平たく焼けば食材を巻いたりできる」

「そうです、お肉とお野菜を挟んだりして……串焼きパンでも近いことはできそうですわね」

「……ひっく」

「ん? セティ、しゃっくりなら水を飲むといいぞ」

「は、はい、ありがとうございます……ひっく」


 セティのしゃっくりはすぐに止まったが――ちょっと上機嫌というか、そんなふうに見える。


「メネアさん、お飲み物が空になっていますがいかがなさいますか?」

「ええ、じゃあお代わりを……ファレル君、大丈夫?」

「遠慮せず飲んでもらっていいですよ。酒以外もありますし」

「そ、そうなのか……であれば、私も次は酒以外の方が良いだろうか」

「っ……そうでしたわね、つい美味しいので過ごしてしまいましたわ」

「エルバトスには酒を飲む僧侶が多いな……禁欲の一環で一滴も飲まないって宗派もあるらしいが」

「それに関しては問題ありません、お酒は禁止ではありませんので。ただ誤解をされないように言っておくと、ファレルさんの家で飲む冷えたエールが美味しいだけで、ふだんは飲んでいませんわ」

「そうなのよねえ、酒場で飲むより美味しいっていうのは反則でしょう。悪い子のファレル君には責任を取ってもらわないと」

「ええっ……ファ、ファレル様の代わりに、僕のことを叱ってください……っ!」

「セティ、今のメネアさんの言うことは話半分でいいぞ……」

「ええっ……!?」


 純朴すぎるセティの反応を見て、メネアさんだけでなく他の二人も笑っている。


(……酒も時と場合で酔い方が変わるが。今日は特に……ボーッとする……)


「ファレル殿の顔が赤く……全く酔わないと思っていたが、そうでもないのだな」

「ファレル君は雰囲気で酔うタイプよね。そういうところも可愛いというか、お姉さんが放っておけない理由の一つというか」

「こんなに強い方に可愛いなんて言えるメネアさんは、ちょっと強すぎますわね……けれど、見習うべき姿勢ですわ」

「ふふっ……いいのかしら、僧侶さんがそんなことを言って。男性を意識してはいけないとか、そういうルールもあるんでしょう?」

「ええと……はっきり言ってしまえば、確かにそうですわね。ですが、ファレルさんはとっても良い方ですから。私の正体を知ってもきっと気にしないでくれますわ」


 今、リィズが何か気になることを言った――正体、と聞こえたような気がする。


 それすらも定かではなくなるほど、意識が危うくなる。こんな酔い方をするとは、我ながらどうしたというのか。


「メネアさんは、お食事の後はどうされるのですか?」

「ええ、そうね……ちょっと休んでからじゃないと帰れそうにないわね。ファレル君は……あら……」

「……まさに八面六臂の活躍だった。お疲れであっても無理はない」

「俺は……疲れてるわけじゃ……」

「ファレル様、お家に入って休まれますか?」

「……悪い、セティ。ちょっと頼む……」


 セティに肩を貸してもらって、家の居間に入る――そのあたりで睡魔に抗えなくなり、いったん意識を手放した。


   ◆◇◆


「ん……」


 気がつくと、居間の長椅子に寝かされていた。


 まだ酔いが抜けていない――いや、俺の体質ではそうそう酔わないはずだ。


 酒だけではこんなにはならない。ということは、他の何かに原因がある。


 酒と飛び茸の組み合わせでこんなことになるなら、注意喚起が必要だ。そう思いはするが、まだ頭がボーッとしている。


 かすかに水音が聞こえてくる。どうやら何人かが一緒に風呂に入っているらしく、話し声が聞こえている。


(メネアさんと……アール? まあ、さっぱりしたいっていうことなら良いが……)


 他の二人はどこにいるのか。居間には姿が見えないので、まず片付けがどうなっているかを確かめるために庭に出てみる。


 調理台はきちんと片付けられている。ここにも誰もいないのなら、二階だろうか。


 俺と同じような状態になったなら、仮眠を取ったりしていてもおかしくはない――そう考えつつ二階に上がり、寝室の扉を開ける。


 窓から差し込む月の光が、誰かの影を作っている。


 ――その影の形が、変わる。


(これは……獣人の、変身?)


 人間の女性の影だったものが、獣の耳が生えて、尻尾らしきものの影まで形作られている。セティとも違う、それならばこの影の主は、残る一人――。


「……リィズ?」

「……えっ……?」


 僧侶の帽子を脱いだリィズ――ずっと帽子を気にしているように見えたのは、獣人の特徴である獣耳を隠そうとしていたからなのだと、この瞬間に理解する。


「っ……ファレルさん、急に開けてはいけないと言いましたのにっ……い、いえ、言っていませんけれど……っ」

「す、すまん……っ」


 外に出て扉を閉める。リィズの言動を見ていれば、気づく機会は無くはなかった――だが、結局今になって知ることになった。


『すみません、勝手にお部屋に入ったりして。すぐに出ますから……』


 ドア越しに声が聞こえてくる。とても申し訳なさそうだ――しかし実際のところ、リィズが謝るようなことはない。


「さっき、俺も目が覚めたんだ。何も気にしてはいないが、驚いたといえば驚いたな」

『っ……そうですわよね、やはりエルバトスでは獣人は……』

「俺個人としては気にしてはいない。だからってわけじゃないが、少し話を聞かせてもらえるか」

『……分かりました。セティさんがお休みですが、いかがなさいますか?』


 セティを起こすのは申し訳ないので、別室に場所を移すか――といっても、そこまで時間を取らせるつもりはないのだが。



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