OTHER1 欠落

 ――ヴェルデ大迷宮3層 『斜陽の砂漠』――


 ジュノスたち四人は3層の砂漠地帯に入り、野営を行っていた。


 4層までの経路付近には岩山がいくつかあり、大岩の間で風をけることができる。砂嵐が発生するとここでやり過ごすしかなく、足止めが続いていた。


 大鎚使いのラウラは付近で捕まえてきた土蜥蜴の肉を焚き火で焼いている。暗器使いのシャント、リーダーのジュノスは多少口にしただけで手を止めていた。


「ロザリナは食べないのか?」

「っ……そんなもの食べられるわけないでしょ。全く……」

「食べられる時に食べた方がいい。携帯食料には限りがある」


 ジュノスに勧められるが、それでもロザリナは手を付けられない。


「……ガディとシーマは、2層で出てくる程度の魔物に手間取っているのか?」

「相性が悪かったのかもね。ヴェルデ大迷宮の階層主は、他の迷宮の主とは違うって言うし」

「シャント、そろそろ話しなさいよ。ここで私が抜けても面白いことにはならないでしょ」


 ロザリナはまだ、自分たちが何のために迷宮に潜っているのかを聞かされていなかった。シャントがジュノスを見やると、ジュノスは黙って頷きを返す。


「僕らは『迷宮の民』の集落に向かっている。隠れ里とでも言うべきものだね……中層街は冒険者なんかが迷宮の中で生き延びるために作った拠点だが、街のおさは迷宮の民に通じているそうだ」

「……穢れた種族が他にもいるということか」

「迷宮の民は亜人がほとんどだ。8番と同じようにね」

の話はしないでよ、今でも夢に見るんだから。恨みがましい目で私を見てる、ぼろぼろの姿」


 肩を竦めて言うロザリナ――その姿を見てシャントが笑う。


「でも、あれがいるおかげで随分と捗っていただろ。そろそろ似たような替えが欲しくはないかい?」

「あんたって、そういう頭だけは本当に良く回るわね」

「迷宮の民は捕らえるが、抵抗した者は殺す。今回の依頼において、殺人は許可されている……いや、ヒトではないか」

「抗うならば仕方があるまい。叩き潰すのみだ」

「本当に格好いいなあこの人は。僕もそうありたいものだ」

「一応冒険者って体なんだから、仕事以外で余計なことはするんじゃないわよ。ジュノスにも迷惑がかかるし」

「それも折り込み済みでお前たちと組んでいる。そしてシャントの言う通り、あの奴隷のような危機察知に優れた斥候は必要だ……可能であれば、死体を拾うぞ」


 ジュノスの言葉に、シャントがかすかに目を見開く――ラウラは不快そうに口を押さえる。


「蘇生させてまで穢れた種族を連れ歩くなど……私は賛同はしない」

「どうせ跡形も残ってないでしょ。別の亜人でいいんじゃない?」

「王国が保有する戦闘奴隷以上の素材なんて、なかなかいないと思うよ。そんなのが敵に回ったら手を焼くしね……おっと」


 砂嵐を越えてきた魔物――土蜥蜴が数体、猛烈な勢いで岩山の間にいるジュノスたちに向かってくる。


「ギシャァァァァッ!!」


 馬でも丸呑みにするほどの巨大な口を開き、一体がジュノスに襲いかかる――しかし。


 抜き放った剣が弧月を描き、土蜥蜴が両断される。


「――はぁぁぁぁっ!」

「もう食糧は要らないんだけどなぁ……!」


 ラウラが大鎚を振るい、土蜥蜴を弾き飛ばす――シャントの放った暗器は三体目の土蜥蜴に突き刺さり、眼球に透明な刃が突き立つ。


 だが、次の瞬間。致命傷を受けた土蜥蜴が最後に尾を振った。


「ぐっ……ぁ……」


 シャントの腕に針が突き立っている。土蜥蜴の毒針――ガディがいたならば彼が仲間をかばい、受け止めていたはずのもの。


 『8番』がいればこの奇襲は未然に防げた。痛烈な悔恨の中、シャントは急速に回る毒に身体の自由を侵され、たたらを踏む。


「――焼き尽くせっ!」


 ロザリナが詠唱を終え、土蜥蜴の下から火柱が立つ――一瞬で土蜥蜴の表面が炭化し、動かなくなって煙を上げる。


「くそ……冗談、じゃない……毒を……この毒を……っ、あぁぁっ……!」

「動くなよ……っ」

「――ぐぁぁぁっ!」


 ジュノスは短剣を取り出し、シャントの傷を抉って毒を抜く。直後にロザリナが回復魔法を唱え、シャントの傷は治癒する。


「ああ……駄目……こういうのはシーマの役割なのにっ……!」

「……今後は僧侶魔法の使用は控えろ」

「ええ……シャント、今度ヘマをしても治療はできないわよ」


 毒の大半が抜けたとはいえ、一部が身体に周り、シャントは蒼白になっている。ロザリナに返答できる状態ではない。


 だが、ロザリナはそれを許さなかった。シャントを見るその瞳に妖気が宿る。


「……これもあんたの自己責任よね?」

「っ……ロ、ロザリナ……お前、僕に一体何を……っ」


 ロザリナに見つめられ、シャントの瞳から光が消える。


「ガディもいないし、代わりの駒を用意しておかないとね。あんな男、もっと前に見限るべきだったけど」

「……シーマといい、ロザリナといい。同性でなければ私もどうなっていたことか」

「シャントにはまだ死んでもらっては困る。使い捨てるなよ」

「分かってるわよ。もう主導権を握らせるつもりはないだけ……報酬の取り分だって、今後は正当にしてもらわないといけませんし」


 ロザリナは不遜に言いながら、シャントの荷物から携帯食料を取り出す――彼個人が隠し持っていたものだが、それをシャントの目の前でかじってみせる。


「はい、あんたにも分けてあげる。優しいでしょ?」

「……ロザリナの温情には、本当に感謝してる」

「へえ、そう。でも私は自分と対等な人間しか好きになれないの」


 砂嵐はまだ止まない。シャントを立たせたまま、ロザリナは退屈そうに焚き火を見つめる。


 ガディとシーマが戻らないことで、『黎明の宝剣』には変化が生じていた。


 ここで退くこともできた彼らは、その選択を捨てた。


 それは彼らの間に、深層で捨てたはずの奴隷に対する執着が生まれていたから――『8番』がパーティから消えた今、彼らはその優秀さを確かめるばかりだった。

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