第46話 串焼き
――エルバトス外郭北西部 住宅区 ファレルの家――
家に戻ってきたあと、前掛けを付けて地下に降りる。
貯蔵庫――氷室はどうやって作っているかというと、氷結の魔石を部屋の中に配置している。同じようにして氷室を作っている人がいたので、金を貯めたり自力で採集したりして必要数を集めた。
「ファレル様、まるで冬みたいに寒いです……っ」
「っ……セティ、上にいていいんだぞ。風呂上がりで氷室に入ると風邪引くぞ」
「い、いえっ……ファレル様だけにお任せするわけにはいきませんっ」
白い息を吐きながら言うセティ――寒さにはどちらかといえば弱いように見えるので、急いで材料を運ばなければ。
「えーと、この肉の塊を使うか。味付けして凍らない温度で貯蔵してあるんだ」
「あっ……棚のひとつひとつが、温度が違うみたいですね」
「そうだ。凍らせて長期保存したいときは奥の部屋に入れる。カチカチに凍ってるだろ」
「わぁ……ファレル様、いっぱい食料を保存されているんですね。見たことがないものもいっぱい……」
「まあ凍らせたら駄目になるものもあったりして、試行錯誤してるけどな」
一人では食糧の消費にも限りがある。それでも俺は、滅多に料理を他人に食べてもらう機会がなかった――セティが来てくれるまでは。
「これが発泡ワインってやつで、比較的口当たりが良いやつだ」
「わぁ……美味しそうです」
「まあ、セティに酒はまだ早いか。ジュースにしておこう」
「は、はい……その、子供じゃないので、お酒も飲もうと思えば飲めると思いますが、ジュースも好きです」
『子供じゃないので』というところを強調するセティ――確かに、冒険においては相棒と言っているのにこういうときだけ年長者として振る舞うのもどうなのか。
「じゃあ、飲もうと思えば飲めるってことで……無理はするなよ」
「っ……はい。ありがとうございます、やっぱりファレル様は優しいです」
本当に感情を良く表すようになった――ここまで懐かれると、いずれ来るかもしれない独り立ちの時に、俺は彼を笑って見送れるんだろうか。
「……ファレル様、少し寂しい顔をされています」
「ああいや、何でも……」
「ずっと見てますから、一人で悩んだりするのは駄目です。僕も一緒に考えさせてください」
――全く、敵わない。
あなたが何を考えているか分からないとか、そんなことを言われることもあった。だのに、セティは俺の心の僅かな翳りさえ、見通してしまいそうに思える。
「何を持っていくかを考えてたんだ」
「あっ……す、すみません。僕、勝手に恥ずかしいことを言って……」
「そんなことはない。さて、どれを持っていくか……セティ、瓶は重いから俺が持つ。俺が指示する材料をトレイに載せてくれるか」
「かしこまりました!」
肉と魚介類、そして飛び茸をセティがトレイに載せて運ぶ。俺はエールと発泡ワイン、ジュースを一瓶ずつ貯蔵庫から持ち出した。
氷室を出て一階に上がり、玄関から庭に出る。するとメネアさんが串焼きの調理台を準備しておいてくれていた。
「これって、炭じゃないわよね……魔石?」
「これは火を蓄える石なんです。調理にも使えるんですよ。もとは迷宮の中で見つけたんですが」
「凄いわね……それで、どうやって火をつけるの?」
「いつもは自分で火を起こしますが……セティ、いけそうか?」
「はい、大丈夫です。すぅっ……」
セティは息を吸い込んで、ふぅっと吐き出す――そして生じた火球は魔石に吸収され、赤熱を始める。
「これを金網の下に置いて……あとは俺が材料を串に刺していくんで、手袋を付けて焼いてもらってもいいですか」
「ええ。じゃあ、最初のが焼き上がったら……いい?」
メネアさんは一刻も早く飲みたいようだ――彼女は酒に目がなく、いくら飲んでもほろ酔い程度なのだが、そのうち寝てしまう。そうなると介抱するのが大変だが、何度か梯子酒に付き合ったことでもう慣れてはいる。
「ああ……もうっ、ファレル君ったら。こんなふうにお肉と野菜を交互に串に刺していいと思ってるの? 拷問よこれは」
「どう考えても言いがかりですが……メネアさん、これは飛び茸ってやつです。食べると文字通り飛びますよ」
「そ、そうなんですか? 飛んじゃうって、どんなふうなんでしょう」
セティには想像がつかないようだが、食べてからのお楽しみだ。
飛び茸の羽根を材料にしたスープは、断食の行を行っている僧侶が修行を抜け出して食べに来てしまうほど美味だとされている。串焼きにしてもなかなかのものだ。
調味料に漬け込んだ肉は熟成されるうちに柔らかくなっている。肉汁を封じ込めるために粉をまぶし、網の上に置く――ジュウッと音が立ち、途端に香ばしい匂いが広がる。
「炭で焼くのもいいんですが、魔石での石焼きもなかなかいいですよ。炭よりも火力が強くできるし、中まで火が通りやすいんです」
「いいわね……もう見てるだけでお腹が鳴っちゃいそう……」
「僕もです……ファ、ファレル様……」
我慢できないという様子の二人――俺は火の通り具合を確かめるための串を肉に刺し、焼き加減を確認したあと、ぐっと親指を立てた。
まずセティの分の木製ジョッキにジュースを注ぐと、セティはエールを俺たちのジョッキに注いでくれる。
「ファレル君、乾杯のあいさつをお願いね」
「えー、それでは、今日という日が無事に終わったことを祝しまして……乾杯!」
『乾杯!』
まずジョッキを合わせ、一口飲む――そして、肉串にかぶりつく。
「んんーっ……!!」
「んっ……んむっ……!!」
仕込みを行った肉は柔らかく、簡単に噛み切れる――タレの絡んだ肉、そして中から溢れ出る肉汁。
飛び茸をスライスしたものを肉の間に刺してあるが、これが旨味を吸っている。食べた途端に身体が軽くなる――精神が肉体を離れ、空に飛ばされるような感覚。
「生きてるってこういうことなのね……」
「美味しい……ファレル様、これは何のお肉なんですか?」
「迷宮で狩った猪だ。これがまた、脂にクセがなく、しっかり仕込みをすれば噛みごたえを残しつつ柔らかくなる」
「ああ、やっぱり魔物だったのね……でも美味しい。食わず嫌いはしちゃいけないわね……それにきんきんに冷えたエールが、これ以上無く合うのよ」
「っ……この茸は本当に駄目です、食べるだけで身体が……跳ねそう、というかっ……」
二人とも喜んでくれていて何よりだ。茸の代わりに野菜を使った串を作る――そして、一応持ってきていた黒蛸の足も、串焼きで食べるとまた違う楽しみ方ができそうだ。
「……ん?」
何となく気配を感じて、門の近くまで行ってみる――すると、陰に隠れてへたりこんでいるリィズとアールを見つけた。
「どうしたんだ、そんなところで。というか、俺の家がよく分かったな」
「……こんな形で見つかりたくはありませんでしたが……その、私もアールさんも……」
「も、申し訳ありませんっ……ファレル殿、私は欲に弱い女です……!」
「いや、我慢はしなくていいが……そうすると、あと二人分用意しなきゃならないな」
「「本当ですか!?」」
二人の食いつきに思わず苦笑いするが、食いたいという人を前にして食わせないというのは信条に反している。
「あら、ファレル君のお友達? お先にお邪魔しています、お薬の店をやっているメネアです」
「私はファレルさんの冒険者仲間……と言っていいんですの? お世話になってばかりなのですが」
「彼女はリィズで、私はアールと言う。ファレル殿の友人……友人という響きはなかなか良いものだな……いや、良いものですね」
「そう言われてもだな……まあ、俺は何でもいいが」
なぜ二人がここに来ていたのかが気にはなるが、この友好的な雰囲気に水を差すのも悪い。
「お二人の分も焼けましたので、どうぞ召し上がってください。ファレル様の特製お肉串です」
セティが皿に載せた肉串を差し出す――まるで宝を目にするような二人。
新しい客人の分のジョッキを取りに行く途中で、おそらく飛び茸を口にしただろう二人の、感嘆の声が聞こえてきた。
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