第43話 徽章
胴上げが終わったあと揉みくちゃにされたが、イレーヌが来てくれて何とか抜け出すことができた。
面談室に入るなり、イレーヌは深々と頭を下げる――こんな対応をされたのは初めてだ。
「ど、どうした? そんなに畏まって」
「このたびは、本当にお疲れ様でした。大変なお仕事を頼んだのに、その日のうちに解決してしまわれましたね……」
顔を上げたイレーヌの瞳が潤んでいる。確かに、この規模の仕事をしたのは初めてかもしれない――階層主を倒すなんて派手な仕事は、ギルドからの依頼という形ではしてこなかった。
つまりまだ被害が報告されていない階層主と戦ったことはあるということだ。討伐というわけではなく、撃退という形ではあるが。
「まず階層主の討伐についてですが、詳しいお話を聞かせていただけますか?」
「おそらくだが、他のパーティを襲う時には身体の一部の形態を変えていたりして、本体の姿はまだ報告されていなかったと思う。巨大な蛸の魔物だった」
「未確認の魔物ということですね……襲撃に遭ったパーティの方が教会に収容された遺体を確認していますので、ファレルさんが倒したのは該当の魔物と見ていいでしょう」
階層主とは『領土』を持つ魔物のことだ。あの洞窟と周辺一帯を支配下に置いていた黒い蛸は、その条件を満たしている。
あの蛸が初めから地下にいる状態だったならば、『領土』が消えることで2層の勢力図が変化するということもないだろう――数日は警戒した方がいいが。階層主を討伐すると、他の階層主が移動を始めることもある。
「それでイレーヌ、もう一つ報告があるんだが。『黎明の宝剣』のメンバー二人が別行動を取っていて、階層主に捕縛され……操られて、俺たちと一度交戦した。今は正気に戻って、街に戻ってるけどな」
「っ……そ、そんなことが……特級パーティの方々でも、やはりファレルさんはお相手できるということなんですね」
「ま、まあそうだが……特級の六人が揃っていたら普通に戦う気はしないぞ」
「
別に約束はしていないが、イレーヌが察してくれて深く聞かずにいてくれる――はずだったのだが、最近は抑えが効いていない気がする。
「約束……」
「ん? どうした、セティ」
「い、いえ。ファレル様には、僕がまだ知らないこともいっぱいあるんだなって……」
「それはもう、色々お話できることがありますよ。私がここで働き始める前の数年間について、知らないのが私としても残念なくらいで……」
「俺は普通に冒険者をやってたつもりだが……」
そう言ってもイレーヌは楽しそうに笑うばかりだ――こうなってしまうとこちらの言い分は聞いてもらえそうにない。
「ファレルさんは地道にやっていきたいとおっしゃいますけど、やっていることは凄いんですよ。そうですよね、セティさん」
「はい、ファレル様はいつも驚くくらい、凄いことをしてますっ」
「意気投合してるな……セティ、どっちの味方なんだ」
「あっ……え、ええと。ファレル様もイレーヌさんも、両方……ですっ」
なかなか言うようになったな、と舌を巻く。隣に座っているセティの頭に手を置き、イレーヌを見やると――机に頬杖を突いてニヤニヤとしていた。
「なんだ、礼儀正しい受付嬢はどこに行った」
「お二人のことはずっとこうして見ていられるなと思いまして……でも、そろそろお話を進めないといけないですね」
イレーヌは依頼内容の評価と、算定された報酬の書かれた表を出してくる。
「階層主の討伐報酬が白金貨20枚、即日解決により5枚追加……そこに救助の報酬が加算……待て、ちょっと多すぎないか?」
「いえいえ、間違っていませんよ。迷宮内で亡くなっていた方々は、回収のために保険をかけていたんです。そちらの保険業務を代行したということで、こちらの金額になります」
白金貨45枚。上位パーティの12名は1人あたり白金貨3枚、中級の9名は1人あたり1枚――一回の仕事で得た報酬が、白金貨50枚を超えるとは。
白金貨は金貨10枚に相当するので、金貨700枚分。保険業務の代行でこんなに報酬が出るとは思ってもみなかった――だが。
「こういう形で金をもらうつもりはなかったからな。救助報酬はこんなに受け取れない。蘇生に金がかかるだろうしな」
「保障の中には蘇生代金に充当される分もありますので。こちらの金額は決定事項になります」
「っ……そ、そうなのか……」
「ファレルさんはいつも無事に帰っていらっしゃいますし、記録を見ても教会で蘇生された経験がありませんから、どれくらいの保障になるかご存知なかった……ということですよね」
その通りなので頬を掻くしかない。制度の範囲内で、今回が特例というわけでないのなら、報酬を断る理由はなくなる。
「わかった、ありがたく受け取っておくよ。大金だから使う時に引き出させてくれるか」
「かしこまりました。それとセティさん、おめでとうございます。今回のことで昇級試験は合格となりましたので、中級冒険者の徽章をお渡しします」
「っ……あ、ありがとうございますっ……!」
イレーヌが小さな箱を取り出し、それを開けると中には徽章が入っていた。青銅の徽章――俺がつけているものと同じものだ。
「ファレル様と同じ……あ、あの、イレーヌさん。ファレル様は沢山お仕事をされてきたんですよね? それなら、もう……」
「ファレルさんは昇級の申請をされないので、私からもお勧めしているのですが……」
「ああ、その話なんだが。セティと同時に上級に上がれるように、試験を受けようと思う」
「っ……ファレルさんが、昇級をお考えに……大変、雪でも降るのかしら」
「驚くのはもっともだが、行けるところまで行ってみることにした。そういうわけで、宜しく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。ああ、今後も楽しみですね……セティさんのおかげですよね、ファレルさんに心境の変化があったのは」
「えっ……い、いえ、僕は……」
その通りだと答えたら、さらにセティは恐縮してしまうだろう。
「……自分でつけられるか?」
「あっ……は、はい……すみません、指が震えて……」
緊張している様子のセティ。自分で徽章をつけようとするが、なかなか上手くいかない。
「貸してみな」
「っ……ファレル様……」
俺が後を引き継ぎ、外套に徽章をつける。セティはそれをじっと見ていたが――やけに顔が赤い。
「……もしかして熱があるのか?」
「い、いえ、平気です。ありがとうございます、ファレル様」
「改めまして、おめでとうございます。今日はどうかゆっくり休んで、英気を養ってくださいね」
報告を終えて、こっそり裏口から外に出る――見つかったらまた騒ぎになってしまうかもしれないし、さすがに一息つきたい。
あとは明日あたりにもう一度迷宮に行き、素材の調査をしなくてはならない。素材調査の専門家がいるので、今日のうちに話を通しておく――それが終わったら、まずは風呂だ。
「ファレル様、今日のお夕飯はどうされますか?」
「そうだな……材料を買いに、後で市場に寄っていくか」
少しだけ持って帰ってきた
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