第42話 熱狂のギルド

 エルバトス外郭の西区、『冒険者の支度場』と呼ばれている一帯に、百近い病床を持つ医院が一つある。エルバトス西区病院というそのままの名前だ。


 グレッグたちはそこで衰弱の治療を受けた。グレッグのみが先に目を覚まし、クリムとオルセンはまだ治療を受けている。


 半刻ほど待つことになったが、グレッグに面会することが許されたので会いに行った。セティ、リィズ、アールの三人も同行している。


 ガディは迷惑をかけた人々への謝罪に向かい、シーマにはその監視役を頼んだ。その後は『黎明の宝剣』として借りている宿に戻るわけにも行かないので、それぞれ解散するらしい――シーマは後ほど連絡すると言っていたが、どうなることやらといったところだ。


「おお……しばらく見ないうちに人数が増えてる。どうも、ファレルの親友のグレッグです」


 やつれた顔をしながら、ベッドの上で軽薄に笑うグレッグ――元気そうなのは何よりだが、いつも通りの言動に気が緩む。


「また調子のいいことを……それよりグレッグ、知り合いを助けるために潜ったって聞いたが……」

「ああ、俺も意識が朦朧としてたからうろ覚えではあるんだが。黒い触手にやられちまって、もう駄目だったろうな……あのデカブツに食われでもしたら……」

「あの場で見つけた21人は街まで運んで、教会で蘇生してもらってる。その中に探し人がいるといいんだが」

「所持品の中にギルドタグというものがあったので、記載されていた名前の写しをいただいてきました」

「おお……ありがとう、リィズ」


 リィズが連れてきた司祭一行が、教会に遺体を運ぶ前に所持品を調べてくれていた。


 羊皮紙に書かれた名前を見て、グレッグが目をかすかに見開く。


「『翼馬亭』に出入りしてる、知り合いのパーティの名前が載ってる。まだ蘇生のことを考えると良かったとは言えないが、連れて帰ってもらえたんだな」


 安堵した様子のグレッグ。しかし同時に、自分で助けられなかったからということか、シーツを握る手に力が込められている。


「グレッグたちが出たと聞いて、俺たちも階層主を倒さなければならないと思った。『黎明の宝剣』はギルドの要請を受けたが、全員で戦いはしなかった……お前たちの勇気は、特級以上だ」

「……そうか。特級なら階層主でも蹴散らしてたか? けど戦ってくれねえんなら、いくら強くてもな。俺にとっちゃ、ファレルの方が救い主だ。あんたたちも、ありがとう」

「ご無事で何よりでした。ファレル様は、グレッグさんたちのことをとても心配なさっていたので……」


 軽い言い方でも、自分を親友と呼ぶような人間のことはそれなりに案じるものだ。


「こいつは枯れてるようでいて、仁義にあつい奴なんだ。それに腕も立つってんで、うちのクリムも慕ってる」

「ちょ、ちょっと、何言ってるんですかグレッグさん。もー、ほっとくとすぐ保護者みたいなこと言うんだから」

「はっはっ……すまんなファレル、騒がしくして。今回は助けられてしまったな」


 クリムとオルセンが病室に入ってくる――二人とももう大丈夫そうだ。


「む……初めてお目にかかる、私はオルセンという。ファレルのパーティに新たに僧侶が入られたということか」

「初めまして、リィズと申しますわ。まだパーティというわけではありませんが、今回は共同で救助を行わせていただきました」

「そっちのお嬢さんもってことだよな。改めて礼を言うよ」

「とんでもない、私もその場に居合わせ、手伝わせてもらったという次第なのでな。すべてファレル殿の厚意によるものだ」


 アールがそんな言い方をするので、グレッグたちが俺を見る目に好奇心を感じる――どういう関係なのかと聞きたそうだが、まだ知り合ったばかりと言うほかない。


 彼女が使う剣術に、見ていて思うところはあるのだが。技術の礎になっている剣術があり、その上で我流の剣を使うというのは、俺も似たようなことをやっている。


「私は盗賊なので、まだお手伝いできる余地はありますよね……?」

「まあそういうことだから、ファレル、たまにはクリムも連れて行ってやってくれるか」

「リィズ殿が一緒であれば、僧侶魔法の必要な場面でも安心できるな」

「い、いえ、私などより、お爺様の方が僧侶としての経験は豊富だと思いますわ」

「謙遜することはない、階層主の討伐に参加したならば、昇級ということになるのでな」

「わ、私が……初級になったばかりなのに、もう中級になれてしまいますの?」

「私もまだこの街で冒険者として活動を始めたばかりだが……中級か。ファレル殿も確か同じ級だったな」


 冒険者として大きな功績を上げ、条件を満たすと昇級申請ができる。


 俺がずっと級を上げずにいたのは、そういうことにこだわりが無かったからだ。昇級申請をしなければ、どんな仕事をしても級が上がることはない。


 しかし、セティがいる今は考えが変わっている。彼と一緒に冒険していくため、必要ならば級を上げるのも良いと、そう思えるようになった。


「ギルドに報告すれば、セティも昇級できるな」

「っ……僕も、ファレル様と同じ級になれるんですか?」

「ああ。こうなったら、上級以上も目指してみるか。その方が色々と融通が利くようになる」

「は、はいっ……ファレル様がそうおっしゃるなら。これからも頑張りたいですっ」


 セティが目を輝かせている――少々その姿は俺には眩しいが、今の俺は彼に引っ張ってもらっている部分があるのも確かだ。


「しかし……今回の功績はとんでもなさすぎるというか。特級が頼まれた仕事をやってるのなら、実質特級みたいなものだよな」

「私たちだけじゃなくて、捕まってた人をみんな助けてくれたんですよね……ファレルさん、街の英雄になっちゃいませんか?」

「ファレルの日頃の振る舞いを見ておると、あまり大事おおごとになりすぎても……というところか」

「まあ、そうなるな。三人とも、次にこういうことがあってもあまり無茶するなよ」

「階層主が次から次に出てくる、なんてことも無いだろう……たぶんな。しばらくは楽な仕事でもして骨休めしてるよ」


 グレッグがそう言うと少々不安が過ぎったが、その時はその時だ――としか言いようがないか。未知の階層主が突然出てきた、なんてことが今後長期間起こらないとは限らない。


   ◆◇◆


 病院を出た後はギルドに向かう。リィズとアールは『金色の薫風亭』で仕事を受けたとのことで、階層主討伐の報酬は向こうから出るようだ。


 俺はセティと一緒に『天駆ける翼馬亭』に向かい、中に入る――すると。


「――ファレルが帰ってきたぞ!」

「うぉぉぉぉ! 万年中級のファレルがやりやがった!」

「あいつは俺たちおっさんの星だ! 行くぞお前ら!」


 男性冒険者たちが俺に向かって殺到してくる――ひとまず驚いているセティには退避してもらう。ここは俺に任せろ、というやつだ。


「胴上げするにはちょっとコイツは重いぞ! 筋肉がすげえからな!」

「エルバトスの冒険者を舐めんじゃねえ! せーの!」

「ちょっ……お前ら、悪乗りしすぎだ……っ」

『天駆ける翼馬亭に栄光あれ! わっしょい!』


 担ぎ上げられて宙を舞う、三十半ばのおっさん――いったい何をしているのかと思ったが、皆の熱量は思ったよりも凄い。


 セティは胴上げを遠巻きに見ている側に混ざり、笑顔で拍手をしている。なかなかちゃっかりしているが、うちの相棒は胴上げは遠慮したいということらしいので、ここは俺だけで乗り切るしかないようだった。


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