第41話 闇の仕事
――エルバトス外郭西区外 貸し切り区域――
大迷宮内部に設置された転移陣に乗り、シーマが詠唱を行うと、一瞬で周囲の風景が変わる。
「っ……ファレル様、ここは……」
「エルバトスの西門外にある、貸し切り区域ってやつだ。そうか、こういう用途にも使えるのか」
本来は宿暮らしで物置きに困っている冒険者などが借りる場所だが、ここにあらかじめ転移陣を設置すれば、迷宮内の転移陣とつないで脱出口に使えるというわけだ。
一緒に連れてきたグレッグたちは気を失ったままだ。リィズの魔法の使用回数が尽きているので、その場での治療はできていない。
これから医院に運ばなければならないが、エドガーのところは複数人の重傷者には対応できないので、他の医院に当たる必要がある。
「ファレル様、これからどうされますか?」
「セティたちにはグレッグたちの移送を頼みたい。馬車を借りて、近くの医院までと頼めば連れて行ってくれる。それと、リィズは教会の人間にここに来るように頼んで欲しい……できるか?」
「はい、一度ご挨拶には行っておりますので。そうですね、蘇生の受け入れをお願いしないといけませんし」
「ああ。その間に俺は向こうにもう一度行って、遺体を運び出す。彼らの所持品もあるしな」
「そのようなことを、ファレル様自ら……よろしいのですか?」
確かに力仕事ではあるが、人を連れてくるよりは俺がやってしまった方が早い。
単独で迷宮に潜り、冒険者の遺体を見つけて3層から運んで上がってきた――ということもある。蘇生した冒険者にはいたく感謝されたが、今も元気でやっているだろうか。
「まあ、人を呼んできて任せるにも時間はかかるしな。シーマ、あと何往復できる?」
「三往復は可能です。階層主の素材などを、価値の分かる方に見ていただくというお話もありましたが、どうされますか?」
「ああ、そうだな……そればかりは、急に呼んでくるのは厳しいか。後日頼んでいいか?」
「っ……は、はい。後日ですね、かしこまりました」
「……?」
シーマの反応が何かぎこちない気がする――と、セティがこちらにやってきて何か言いたげにしている。
「どうした、セティ」
少し身を低くすると、セティは背伸びをして耳打ちしてきた。
「……ファレル様をシーマと二人だけにするのは、僕は心配です」
「大丈夫だ、俺にはシーマの支配は効かない」
「そういうことだけではなくて……ファレル様の服だって着せてしまいますし」
「ああ、そうか……シャツ一枚だと危ないな、色々と」
「むぅぅ……」
セティが頬を膨らませる――今の冗談は良くなかったか。
「……はっ……す、すみません、僕、ファレル様を困らせるようなことを……」
「いや、心配はもっともだ。やるべきことをやったらすぐに合流するし、よそ見をしたりはしない。約束だ」
「っ……は、はい、約束です。真っ直ぐ帰ってきてくださいね」
セティは機嫌を直してくれたようで、グレッグたちを運ぶための馬車を手配に向かう。リィズとアールも一緒についていった――途中で目的地ごとに分かれるのだろう。
「……私はそんなに悪い
「まあ見えるな」
「ふふっ……冗談です、自覚はありますので」
あるのか、と軽口を言いたくなるが――セティにはそういった応酬さえ『良くない』という判定になりそうなので、何も言わずにおいた。
◆◇◆
シーマと一緒にもう一度大迷宮に戻った時には、ガディは目を覚ましており――何も言わなくても、運ぶべきものの運搬を手伝い始めた。
「っしょ……これで全部運び出したぜ。粘液で駄目になってるもんもあるが、普通に使えるもんもありそうだな」
「なかなか早いな。助かったよ」
「よせよ、あんたは礼なんて言わなくていい。俺も仲間の有り難みってのを感じてるとこだ、松明もないんじゃこの暗闇はこたえる」
「心を入れ替えて、またやり直す……と言いたげですね。私もお説教をする立場ではないですが」
シーマが言うと、ガディは肩をすくめる。二人ともジュノスと一緒にいた時とは別人のようで、まるで憑き物が落ちたようだ。
「……あんたに負けて、自分がいかに驕ってたか分かったよ。だからってこれまでの自分を消せるわけじゃない」
「これまでに何をやった?」
「あんたに言ったら、今からでも叩き斬られるようなことさ」
それを言うのならば、俺は――セティを見殺しにしたこの男を、斬ることもできる。
「迷宮で俺に会うのが楽しみだって言ってたな」
「身の程知らずだった。特級なんてのはジュノスにぶら下がって得た称号だ」
「それでもお前は『黎明の宝剣』の一員だったんだろう」
「……ジュノスは文字通り『宝剣』を集めている。だがそれが何故なのか、俺は知らない。俺は駒として使われながら、その立場に乗じていたんだ」
『宝剣』――ジュノスがこの大迷宮に来た目的も、そこにあるのか。
「俺が特級の一員でいられたのは、ロザリナの力があったからだ。あんたも気をつけろよ、戦士があいつに目をつけられれば……」
「肝に銘じておくよ。だが、かつての仲間の手の内を明かすのは感心しない」
「……そうだな。やっぱり俺は、どこまでも最低な奴だ」
「自分を卑下しても、ファレル様は喜ばれるような方ではありませんよ。それよりも……私たちが戻らないことで、ジュノスたちはどう出ると思いますか?」
シーマが問いかけると、ガディはそれほど考えることもなく答えた。
「あいつは中層街に行くと言っていたし、俺たちも後から合流する予定だった。もし俺たちが来ないと分かっても、そこから迷宮に潜る前に『仕事』を終えるだろうな」
「『仕事』……?」
「ジュノスは私達に内容を言ってはいませんでした。彼の受けてくる仕事は、そういったものが多いのです……分け前を与える以上は、私たちには意見をするなと」
その仕事がギルドからの正式な依頼であれば、まず仲間に伏せる理由がない。
内容を明かさなかったということは、後ろ暗いものだということ。中層街で何かをするのか、それともそこから深層に向かうのか――いずれにせよ、何か胸騒ぎがする。
「俺たちが話せるのはそれくらいだ。仕事を終えれば、おそらくジュノスたちはエルバトスから去るだろう」
「……そうしてくれるといいのですが。合流しなかった私たちを見逃すとは思えません」
ジュノスたちの『仕事』とは一体何なのか。彼らがこのまま中層街に向かうなら、『祈りの崖』を使う経路であれば追いつくことができる。
だとしても、中層街の門が開いている時間帯に行かなければならない。今の時間ではもう遅いので、明日の日中ということになるか。
「話は分かった。ひとまず、集めたものを向こうに移動させよう」
俺の指示を受けて、シーマが詠唱を始める。エルバトス側に移動したときには、リィズが連れてきた司祭と僧侶たちが待っていた。
「この方々が、迷宮内で命を落としたのですね……リィズ殿から話は聞いております。すぐに教会に運ばせていただきます」
21名の冒険者がこれから蘇生されることになる。考えることはまず一つ、一息つきたい――どこかで身を清めたあとで。
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