第40話 お仕置き

「女神よ、盟約の扉を結び、道を開きたまえ」


 転移陣が完成し、シーマが詠唱すると呼応して陣が輝き始める。かなりの魔力を使っているが、それを気にする様子はない。


「準備が終わりましたので、陣の上に置いたものを順次転移させることができます。今の私の力では、階層主をすべて範囲に入れることはできません……申し訳ありません」

「いや、一部だけ持ち帰ることができればいい。これに価値をつけられる人がいるなら、その人に直接見てもらいたいところだ」

「かしこまりました。私は一通りの転移を終えましたら、街で待機することになるかと思います。『黎明の宝剣』は、私達が戻らなければ見切りをつけて先に進むと思いますし……」


 シーマはそう言うが、俺にはそうは思えない。条件付きとはいえ迷宮から一瞬で脱出することができるのなら、ジュノスがそれを当てにしていないわけがないからだ。


「今回のことで魔法の使用回数は使い切ってしまうでしょうし、そうすると……私の信徒に捧げてもらっている『信仰の力』を貰わなければいけないのですが。そういった行為は、きっとファレル様は許されないでしょう」

「……俺はあんたに名乗ったか? まあ、こっちも知ってはいるからお互い様だが」

「っ……も、申し訳ありません、仲間の方がお名前をお呼びしているのが聞こえたもので……」

「責めてるわけじゃないが。あんたも自分でおかしいと思わないのか、俺たちにこうやって従っていることに」

「ファレル様のお力を、ガディと戦った時に見せていただきましたが。その時には、素直に言って感嘆しておりました。私の支配魔法も通じませんでしたし……この方にならば、ねじ伏せられても文句は言えないと……」

「あのな……あんたの趣味は知らないが、変に想像を膨らませないでくれるか」


 つまり負けたら負けたで喜ぶという、困った人物らしい――俺の言うことを聞いているのも、階層主から支配が引き継がれたからだけではないということか。


「……しかし、ジュノス……リーダーがこのことを知った時に、私はどうなるか……殺されることまでは無いと思いますが、彼を怒らせると本当に手がつけられないので」

「まあ、その時は俺に相談してくれ。特級パーティを抜けるのがあんたのためになるのかは何とも言えないが、この状況であんたがジュノスから罰を受けるってのも違うだろう」

「ファレル殿、そこまでの配慮を……私はパーティの問題は、パーティ内で解決すべきだと思ってしまっていた」

「いえ、あなたの言う通りです。覆面の剣士様……あなたはラウラと同じくらいには腕が立ちそうですね。そちらの僧侶の方も、本当は魔法より格闘が得意なのでしょうか」

「は、はい……子供の頃からやっていたのは格闘で、僧侶の修行を始めたのは後から……って、何故あなたに説明しないといけないんですの」


 アールとリィズについて触れたあと、シーマがセティを見る。瘴気避けのマスクをして角を隠してはいるが、セティの姿を見て本当に何も気づかないものなのか。


「……あなたを見ていると、不思議な気持ちになります。そんなはずはないのに、どこかで会ったような」


 やはり、シーマは気づかない。セティがもう死んだものだと思っているから。


 セティは何も言わずシーマと向き合っている。自分を見捨てた人間に対して、何を言えばいいのか――その答えは自分自身で出すしかない。


「僕は……あなたに会ったことは、ありません」

「……そうですか。やはり、私の世迷い言だったようですね。ごめんなさい」


 それは『見捨てた人間』に対する謝罪ではない。それでも、シーマが他ならぬセティに謝罪することに一定の意味がある。セティの様子を見ていると、そう思えた。


「ファレル様はきっと、あなたを優しく導かれているのでしょうね。冒険においても、暮らしにおいても」

「……はい。僕は今、幸せです。ファレル様といられるだけで」


 いつかは何かのきっかけで、シーマは事実を知ることになるのかもしれない。だとしても、その時はその時でいい。


 『黎明の宝剣』にセティが生きていることを知らせる必要はない。あの連中に関心を向けられることは、しがらみでしかない――セティは出来る限り自由であるべきだ。


「お、おい……あんた達……」


 声がして振り返ると、そこにはガディが立っている。あれだけ威勢の良かった男が、今は見る影もなく小さく見える。


「……あの化け物を倒したのか? あんた達だけで……?」

「ああ。どうする? 今からでも俺ともう一度やるか」

「っ……か、勘弁してくれ……っ、もうあんたに舐めた口は二度と聞かないし、街で騒ぎも起こさない。絡んだ店には謝罪する、弁償もする……っ!」


 シーマはガディを街に転移させたいと言っていたし、見捨てたわけではない。だがそれを知らないガディは、ここで置いていかれたらと恐れているのだろう。


 あまりに虫のいい話だ。他者を見下し、奪おうとして、そして今は許されようとしている。


「……それでいいと思うか?」


 ガディに対してではない、俺はセティに問いかけた。この男をどうするべきか、それはセティが決められることだ。


 セティはしばらく俯いたまま――すっと歩き出し、ガディの前に立つ。


「歯を、食いしばってください」

「っ……ま、待てっ、それはさすがに……っ」


 セティの手が稲光をまとい、バチバチと音を立てる――彼はどうやら、雷の力を制御できるようになったようだ。


 怯えきっているガディ――こちらを見られても、俺に言えることは一つだ。


「甘んじて受けろ。それでようやく、償いの一部だぞ」

「ぎぃっ……わ、分か……ぬわぁぁぁぁっ!」


 セティがガディの頬に平手打ちをする――瞬間、雷撃を浴びたガディの全身の骨が透けて見えた。


「……こ、こんなに痛ぇなら……死んだ、方が……」

「それならもう一度やってあげましょうか……?」

「ヒェッ……!」


 セティに告げられた途端、ガディはガクガクと震え、卒倒して泡を吹き始めた。


「ふぅ……」

「よくやった、セティ。こいつはこれくらいしても懲りるかどうかだけどな」

「その時は、もう一回お仕置きをします。分かってもらえるまで何度でも」

「セティさん、毅然としていて素敵でしたわ。でもこの方、再起不能になってしまうのでは……」

「話を聞く限り、街でも悪さをしていたようだし……報いは受けるべきだろう」

「彼の仲間だった者として、私からも謝罪します。そして、ご寛恕かんじょをいただきありがとうございます」

「まあ、本気で脱出しようと思えば一人でも帰れるかもな。明かりもなく、リィズの魔法もなければ真っ暗闇で、普通ならいくらも経たずに恐慌状態に陥るが」

「っ……やはり迷宮とは恐ろしい。ファレル殿といると、学ぶことが多いな」


 シーマも言っていたが、アールは特級パーティのメンバーにも遜色ないほどの腕前を持っている。


 そんな人物がなぜエルバトスに流れてきたのか、そして冒険者をやっている理由は何なのか。そんなことが今になって気になったが、何にせよ話をするのはエルバトスに戻ってからだ。

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