第36話 大剣

 ガディの身体を覆っていた黒い皮膜が、戦斧に移動していく――攻撃に特化しようとしている。


「はははっ……我ながら化け物じみてるが……さすがにこいつは防げねえだろうなあ、あんたでも」

「試してみるか?」

「っ……!!」


 ガディの怒気が増す――挑発する気はないが、やってみなければ分からないとしか言いようがない。


「中級冒険者風情が、俺に勝っていいわけがねえだろうが……っ!」

「……戦いの神トゥールよ、彼の者の怒りを炎に変えよ」


 シーマが詠唱を終えると、ガディの身体を黒い炎のようなものが包み込む。


「消し炭も残さねえ……ひゃはぁっ!」

「ファレル様っ……!」


 ガディが戦斧を振りかぶりながら突進してくる。間合いの外で振り下ろされた戦斧の刃が、3つに分かれる――そしてそれぞれが黒炎を纏っている。


 俺に黒炎を浴びせ、怯んだところに戦斧を叩きつけるつもりだろう。


 本来のガディならば使わなかっただろう戦法。だからこそ思う――本気で戦士として俺の前に立ったなら、もっと違う戦いになったのかもしれないと。


「――大剣一刀・『風迅』」


 構えた大剣を振り抜き、回転する――生じた豪風は黒炎を逸らし、さらに回転することで炎は巻き上げられて拡散する。


「なっ……んだ、その技は……で、出鱈目だ……っ、人間業じゃ……!」

「特級っていうのは、人間を超えてると思っていたんだがな」

「――ふざけるなぁぁぁっ!」


 戦斧による強襲――しかし、炎を浴びせたあとの追撃でなければただの一撃に過ぎない。


 ガキン、と大剣の刃で戦斧を受ける。黒い皮膜がどろりと溶け、大剣に絡みつこうとする――ガディが笑みを浮かべ、そして。


「――リィズ、頼む!」

「女神の祝福よ、魔を払う光となれっ!」


 リィズのかけてくれた魔法が大剣を光で包む――大剣の刃に絡みついていた黒いものが焦げるような音を立てて、逃げるように離れていく。


「馬鹿……なっ……」


 大剣の刃が食い込んだ戦斧に、大きく亀裂が入る。瞬間、大剣の背に拳を入れると、戦斧の刃が破砕される――。


「――うがぁぁぁぁっ!」


 最後の意地なのか、ガディが殴りかかってくる――しかし感情に任せた拳を躱すことは難しくはない。俺は大剣を地面に突き刺し、拳を構える。


「――ふっ!」

「んぐぉっ……お……おぉ……」


 交差して繰り出した拳がガディの顔面を捉える。顔を覆っていた皮膜は、光を纏った拳で殴れば再生できず、ひび割れてパラパラと崩れていく。


 膝を突いたまま動かないガディ――眼球はぐりんと上を向き、気を失っている。


「ここまでですっ……!」

「――はぁぁっ!」

「くっ……!」


 シーマはセティの火球を防御魔法で防いだ直後に、アールの繰り出した斬撃で杖を斬られる。


「こんなところで……下賤の者たちに、敗れるわけには……っ!」


 捨て台詞のようなことを言って、シーマの姿がかき消える――足元には魔法陣の痕跡が残っている。どうやら転移したようだ。


「三人とも、よくやってくれた。見事な連携だったな」

「正直なところ、ファレル殿の戦いに意識を奪われてしまっていたがな。あのシーマですら呆然としていたほどだ」

「戦いの最中に気を逸らすとは、特級の審査には見直しが必要なんじゃないか」

「いえいえいえ……ファレルさん、ずっと謙遜ばかりしていますけれど。特級パーティの人に魔物が取り憑いちゃってもっと強くなっているみたいなのに、明らかに全然相手になってなかったですわ……っ!」

「そうか……?」

「普通は大剣術で風を起こすなど考えられない……片手剣を回転させて攻撃魔法を防ぐという技はあるが、そういったものとは根本的に違う」


 アールは驚きを通り越して呆れているという様子だ。俺にも、自分の技について全て説明することはできないので、頬を掻くことしかできない。


「ファレル様はやはりお強いです……剣技が理屈を超えているというのでしょうか」

「そう言われても何も出ないが……とりあえずその話は置いておいて、今は先に進もう。グレッグたち、それに他の冒険者も階層主に捕まっているはずだ」

「この人はどうしましょう……?」

「階層主を倒すまでは、起こせば敵に回る可能性がある。今は進むしかあるまい」


 アールはそう言ってガディを一瞥する。気絶しているかと思ったら、何かうわ言を言っているが――その内容を聞いて、苦笑するほかなかった。


「……怪物……怪物だ……人間の形をしたバケモンだ……」


 それをお前が言うのかと言いたくなるが、そんなことをしている場合でもない。


 『女神の眼』は本当に優秀な魔法で、まだ視界が維持されている。本来なら真っ暗だろう道を進むことができる――そして。


 俺たちは前方の広間に、幾つもの柱が立っているのを目にする。


 その一柱ずつに囚われているのは、冒険者たち。彼らから何かを吸い上げて、蓄えているのは――全身を黒くぬめる粘液に覆われた、巨大な蛸のような魔物だった。


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