第35話 狂戦士と神官
あの黒い
ここからではまだ距離があり、二人の顔の半分、そして立ち姿しか見えない。
「クッ……クククッ……おっさん、あんた本当にお人好しなんだな……こんなとこまで、捕まった奴らを助けに来たってかァ」
ガディとシーマは、武器以外何も手にしていない。防具が失われている。
その代わりに、全身に黒い皮膜のようなものが貼り付いている。階層主の黒い体組織に首以外浸かり、そのまま引き上げられたかのような状態だ。
「黒い人形を作り出すだけでなく、生きている人間を操ることもできるということか……」
アールが腰に帯びた剣に手をかける。ガディたちとリィズを結ぶ射線を遮るように立っている――前衛としての意識が徹底されている。
「おい、俺のことを忘れちまったのか? 俺はよく覚えてるぜぇ、あんな目立つところで恥かかされちまってよォ……」
「……余計なことを話している場合ではありません。あの方に危害を加えんとする者は、排除しなければ」
「……ん? よーく見たら、ガキの他に女が二人も増えてるじゃねえか。おっさん、あんたも隅に置けねえなあ」
「ファレル様や皆さんを侮辱するような発言はやめてください」
セティが前に出る――その声を聞いたガディの口元が釣り上がる。
「俺が何を言うかは俺が決める。今はいい気分なんだ……ジュノスの奴もそのうち出し抜いてやれる。力の使い方を理解するってのは気持ちがいい……なあ、シーマ」
「……今だけは同意しましょう。ジュノスにも理解してもらうべきです、この感覚を」
ジュノスに従っているように見えた二人の言動がこれほど変わるとは――階層主による催眠か、それとも精神の侵蝕とも言うべきものか。いずれにせよ、言葉で正気に戻せるとは思えない。
「か、彼らは何を言って……魔物に従わされているんですか?」
「あの状態でも、特級パーティのメンバーだ。加減できる相手じゃない」
「ククク……そうだよなぁ、あんたは俺に対して『加減』していた。だがそんなことは今となってはどうでもいい」
ガディが戦斧を構える。今まで見えていなかった、もう半分の顔が見える。
ガディの顔の半分は黒い皮膜で覆われ、その瞳は血のように赤く染まっていた。
「あんたじゃその女どもは手に余るだろう。置いてけよ……大丈夫、悪いようにはしない」
「断る。今の自分の顔を鏡で見てみろ……俺でも少し引くくらいだ」
「――抜かせっ!」
速い――最初の一歩がすでに街で見たガディの動きとは違う。
「ズァァァァッ!!」
獣のような雄たけびと共に繰り出される戦斧――大剣で受け、さらに勢いを殺すために大剣の背に手を当てて押し返す。
「っ……!」
筋力を一気に引き出される――苔むした地面に踏ん張った足が沈み込む。
「ははははっ、なんだ、そんなもんか……!」
「――そいつはどうかな」
魔力によって筋力を瞬間的に強化し、ガディの戦斧を弾くように押し返す。
「がっ……ぐほぁっ!」
すかさず蹴りを繰り出し、ガディのガードが浮いたところを狙う――腹に蹴りと同時に魔力を叩き込む。先程のカエルと同じ要領だが、ガディは下がりながらもまだ立ったままでいる。
「くっ、くくっ……この鎧には通じねえ……そして……!」
「――ファレル様っ!」
ガディの身体に貼り付いた皮膜が生き物のように動き、蹴りを入れた瞬間に針状に変化した――しかし。
「――うぉぉぉぉっ!!」
「なっ……!」
俺は黒い針の反撃にも構わず、そのまま突進して大剣による突きを繰り出す。『スパイラルチャージ』――先程岩盤を削った技を、人間に繰り出す。
「ぐぉぉぉぁぁっ……!!」
回転しながら繰り出される大剣――それをガディは戦斧で受け、そのまま地面を削りながら大きく後退し、最後は吹き飛んだ。
俺のブーツは特別製で、簡単に貫通されることはない。迷宮探索でこんな重い靴を履くのは俺くらいだが、険しい地形を踏破するには何より頑丈な靴が必要だ。
「まったく……猪突猛進で困りますね、殿方は」
シーマは加勢しなかったのではなく、詠唱の途中だった――俺の足元に魔法陣が生じ、急激に集中が削がれ、戦意を削られる。
「これはっ……神官でありながら、このような魔法に手を出すとは……っ!」
「神官としてではなく、私は生き残るために魔法を行使しているのです」
感情というものがおおよそ感じられない、そんな印象はあったが――初めてシーマが薄く笑みを浮かべている。いつも眇められていた目が、恍惚じみた喜色を帯びている。
「そんなぼろの装備をしているから、正しい評価ができていませんでしたが。あなたは戦士としては価値があるようですね」
「……光栄だとでも言うところか? ゴミを見るような目をしていたあんたが、随分と変わるもんだな」
「力を隠していたあなたに言われたくはないですね」
全く悪びれる様子はない――そして、シーマの片目には魔法陣のようなものが浮かび上がっている。俺の足元に現れているものと同じだ。
「ですが、いい機会です。あなたの仲間にも見せてあげましょう……和解するのはこれからでも遅くありません」
シーマが使っているのは相手を支配する魔法――神官の魔法には含まれないはずなので、彼女が独自に習得したものだろう。
そして和解というのはどんな意味なのか。シーマの身体を覆う黒い皮膜が溶けて、その下にある白い肌が現れる。
だが、彼女には誤算がある。
俺にはシーマが自信を持っている魔法は完全には効かないこと。
そして――俺の仲間たちが、この状況を放っておくわけがないこと。
「――いい加減にしてくださいっ!」
セティの声と共に、飛んできた火球が炸裂する――黒い組織が手のような形に変化し、火球からシーマを守る。
「その程度の炎で、あの方から頂いた『生きた鎧』を破ることは……くふっ……!?」
シーマが悠然と答え終える前に。
アールが光り輝く手のひらで、掌底をシーマの脇腹に叩き込んでいた。
「あ、あなた……いつの、間に……」
「勝手に勝ったと思わないでもらえるだろうか。私も、リィズもいるのだぞ?」
「生……意気なっ……」
黒い組織が針のように変化し、アールに反撃しようとするが、彼女は剣で弾きながら後退する。
「――はははははぁっ! こんなもんで終われるかよ……皆殺しにしてやる……!」
「なかなかしぶといな……リィズ、あの魔法を頼む。ここは押し通るしかなさそうだ」
「はいっ、ファレルさんっ!」
俺たちを侮っていたガディとシーマが、純粋な殺気とともにこちらを見ている。
階層主まで力を温存するべきだが、彼らとの戦いで手を抜くこともありえない――ここもまた正念場だ。
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