第32話 闇の洞窟

 3層に向かう経路からそう外れていない場所にある洞窟――すでに場所が把握されていて内部の探索も終わっていそうなものだが、そこに階層主がいるというのは入り口に近づいただけで感じ取れた。


「さっきの魔獣……階層主の分体が、同じように冒険者を襲った。木がなぎ倒されているし、この粘液はおそらく分体の体組織だな。時間が経ってほとんど透明になってるが」

「ファレル殿はこの階層主のような魔物と戦った経験があるということですか?」

「断定はできないが、ローパーの類に特徴が似ている。階層主って言ってもその辺りに分布する魔物と全く違う個体ってわけじゃなく、既存の魔物が変異を起こしたようなものの場合がほとんどだ」

「ローパー……私にとっては因縁の魔物ですわね……っ」

「そうなんですか? リィズさん、少し震えているみたいですけど」

「い、いえっ。昨日ちゃんと魔法を使えるようにお祈りなどをしてきましたし、足を引っ張るだけではない……と思うのですが……」


 それでもやはり震えているリィズ――僧侶の帽子を引っ張って深くかぶろうとするその姿を見ると、多少心配ではある。


「だ、大丈夫です。まだお見せしていませんが、私もこの通り、棍を使った格闘の経験はありますし」

「しかし軟体の魔物では打撃が通りにくいのではないか?」

「大丈夫です、その時はその時です。決して迷惑はかけません、ですから……」

「腹を括ってるならそれでいい。できるだけ守るが、修羅場になる覚悟はしておいてくれ」

「は、はいっ……ありがとうございます!」


 リィズが勢い良く頭を下げる――やはり帽子が脱げないようにしっかり押さえているが、帽子を取れない理由が何かあるのだろうか。


「……やはり、この方は……度量の広さもお変わりない……」

「ん……何か?」

「い、いや……何でもない。先を急がなければな」

「洞窟の中は何があるか分からないから、あまり先行しすぎないようにな」

「はい、ファレル様」

「了解した、ファレル殿」


 セティの返事が素直なのはいつものことだが、アールの方もそれに近い返事をする――まだ会ったばかりなので、どうにも不思議だ。


「やはり暗いな……カンテラを使うか」

「あっ、早速お役に立てる時が来たようですの。洞窟内でも周囲の状況が分かるようになる魔法を使いますわね。光よ、闇を照らし我らを導きたまえ……『女神の眼ブライトネス』」


 リィズが詠唱を終えると、暗い洞窟の中が明るく見えるようになった――光を発生させると敵に気づかれるので、闇をものともしない視界を借りているという感覚だ。


「『女神の眼』か……僧侶魔法は凄いな、やっぱり」

「私自身は、夜目が利くのでこの魔法はあまり使わないのですが。お役に立てて光栄ですわ」

「ずっと緩やかに下っていくようだ……皆、足元に気をつけて……ひゃぁっ!」


 アールが足を滑らせ、近くにいたセティにしがみつく。セティは咄嗟に受け止めると、特に困った様子もなく微笑んでみせた。


「僕で良かったらいつでもつかまってください」

「っ……やはり、貴君もさる者ということか。この闇の中で私を受け止められる、安定した体幹……只者ではないな」

「セティは確かに強いが、アールも腕は立つんだろう。そういう目は利くつもりだ」

「そうなんです、アールさんはここに来るまでも魔物を一刀で斬り伏せてしまいましたから」

「こちらを喰らおうと襲ってくる魔物ばかりは、斬らなければ仕方がない。できれば標的のみを倒したいのだがな」


 アールが持っている剣はブロードソード――彼女の体格からするともう少し軽い剣の方が合っていそうだが、かなりの重量のものを使っている。


「……アール、いつもはもう少し軽い剣を使っているんじゃないか?」


 武器の重量のために、移動にも影響が出ている――そう見えたが、アールはこちらを見て笑ったようだった。


「この剣を使い始めて何年も経つ。いつもは迷宮の中ではなく、平地で振るばかりなのでな……こういった場所での訓練もしておくべきだった」

「いや。すまない、不躾なことを聞いたな」

「気にしなくていい。この大迷宮においては、貴公の方が大先輩なのだから」

「っ……ファレル様、道が途切れています」


 セティに追いついてみると、どうやら崩落があったようで、地面が崩れ落ちている。


 この崩落によって別の地下空間につながり、今まで確認されなかった階層主が出てきた――推論ではあるが、状況的にそう考えていいだろう。


「み、皆さんっ……崩れたところから、だ、誰か、上がって……っ」


 リィズがそう言った時には、全員が身構えていた。


 ――グレッグとオルセン、そしてクリム。三人の姿を模した黒い人形が、こちらに向かって歩いてきている。


「……見つ……けた……今、行く……」

「クリム……逃げるんじゃ……逃げな、ければ……」

「ファレルさん……助けて……私、まだ死にたく……」


 三人が実際に発した言葉を真似てでもいるのか――口のない黒い人形が声を発する姿に、誰もが絶句している。


「……囚えられている者たちを侮辱するか。そういった輩ならば、加減はできんぞ」

「皆、あれは階層主の作り出したものだ。本物の三人はこの洞窟の奥にいる」

「必ず助けます……っ、こんな偽者を作るなんて……っ!」


 セティはショートソードを構えてグレッグの偽物に駆け寄る――だが繰り出した斬撃は浅く、グレッグの姿が崩れ、反撃の触手が襲いかかる。


「くっ……!」

「――おぉぉぉぉっ!」


 オルセンの偽物に向けて、大剣を突き出す――やはり攻撃が当たる前に形が崩れ、体組織が触手に変化して反撃してくる。


「賢しいことを……ならば……っ」


 アールの繰り出した薙ぎ払いは、同時に水の飛沫を散らす――斬撃だけでは怯まない黒い人形が、初めて変形できずに切り裂かれた。


 それでも決定打には至らない。両断されたクリムの偽物はすぐに再生する――そして。


「きゃぁぁぁっ……!!」


 リィズの悲鳴――振り返ると、天井から落ちてきた黒い塊が、別の冒険者の姿に変わるところだった。


「リィズッ!」


 助けに入るにも間合いから外れている。触手による攻撃を阻止できない――そう思った瞬間だった。


「女神の祝福よ、魔を払う光となれっ!」


 リィズは俊敏な動きで触手の攻撃を回避し、光り輝く棍で目にも止まらぬ連撃を繰り出す――黒い人形が吹き飛び、再生することもなく、ぐにゃりと力が抜けたようになる。


「あ……み、皆さんっ、私の魔法で何とかなるみたいですっ!」

「でかした……っ!」

「ありがとうございます……っ、これで……!」

「リィズ殿、このような魔法を……かたじけない!」


 リィズが魔法を唱え、俺たちの武器が輝きを纏う。三者三様の攻撃を浴びた偽物たちは、グレッグたちの姿を模倣する力を無くし、再生を止めた。

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