第31話 魔獣の正体

「ゴァ……ッ!」


 大剣の刃と牙がせめぎ合う――邪眼を受けたはずの俺が動いていることは、黒い魔獣に少なからず動揺を与えている。


「て、てめえ……」

「なぜ、動いて……邪眼を受けたはずなのに……」

「そういうは効かない」


 ガディとシーマには聞こえていない、声を張って教えることでもない――魔獣に蹴りを入れて吹き飛ばし、怯んだ隙に大剣を振りかぶる。


「おぉらぁぁぁぁぁっ!」


 大地を踏みしめ、大剣を振り下ろす。黒い魔獣の装甲の隙間に刺さったショートソードに衝撃が伝わり、より深く打ち込まれる――どれだけ硬い魔物でも、内部に衝撃が伝われば無傷とはいかない。


 だが――手応えが途中から、急に消えるような感覚。魔獣の身体が急に萎み、後には黒いゼリー状の組織が残る。


「うぉぁっ……く、クソが……こんな所で、俺がっ……」

「魔法が封じられているのは、このせい……っ、あぁぁっ……!」


 振り返るとガディとシーマの下に、黒い泥濘ぬかるみが生じている――その中に二人は飲み込まれてしまう。


「あぁ……お、同じだ……俺の仲間も、ああやって……」


 触手から解放された冒険者は、頭を抱えて震えている――完全に恐慌に陥っている。


「大丈夫か、しっかりしろ。気付けの薬草だ」

「ぐっ……げほっ、げほっ」


 昨日の依頼で採取した薬草は、すり潰したものを飲むだけでも鎮静効果がある。小瓶に入れた薬液は飲みにくくはあるが、せながらも何とか飲み込んでくれた。


「……あんたたち……あの化け物をたった二人で……」

「さっきあそこにいた二人が地面に飲み込まれるのを見たな。同じことが、あんたの仲間にも起きたのか」

「ああ……全く同じだった。魔法士は魔法が使えなくなり、あの黒い魔獣と戦っているうちに、次々に地面に沈んで……っ」

「ファレル様、僕たちが戦ったのは、偽物だったということですか?」

「あれは分体だ。シーマという神官が魔法を封じられていると言っていたが、この辺り一体が階層主の『領土』で、それに付随する効果だと考えられる。セティの吐息ブレスは封印の対象にはならないみたいだな」

「は、はい。魔力が無くなったりもしていないみたいです、少し『吸われている』ような感じはしますが……」


 この辺りに入るだけで徐々に魔力を奪われる。それは魔法の一種によるもので、抵抗力のある人間でなければ魔力の消耗は無視できないが、俺もセティも幸い抵抗できている。


 黒い魔獣は階層主の体組織の一部を使って作られたもの――それくらいのことを、大迷宮の階層主ならばやってみせてもおかしくはない。


「……装甲は別の魔物のものを利用していたのか。黒い体組織はスライム……いや、ローパーに近いな。こいつの触手は触れるだけで魔力を吸われるし、麻痺毒がある。そして、分体を動かす核となっているのが……」


 時間が経つと色が変わって、ゼリー状の組織の色が透明に近づいていく。


 魔獣の眼だったものが、ゼリー質の中に埋もれている。取り出してみると、弾性のある球状のものに変化していた。


「これが邪眼……さっきの魔獣の核といえるものだ。階層主は、これを幾つも持っているような怪物ってことになるな」

「目がいっぱい……こ、怖いですね……でも、そんなことは言っていられないです」


 グレッグたちが捕まったのかは分からないが、他に捕らえられた冒険者は解放したい。


 しかし、ガディとシーマ――俺たちにとって因縁の相手である二人もまた、恐らくは捕らわれている。


「……あの、ファレル様、ガディたちも驚いていましたが、どうして邪眼を見ても大丈夫だったんですか?」

「邪眼の力っていうのは『呪い』なんだ。その類は、俺にはほとんど通じない」

「凄い……シーマも呪いを防ぐ専門家のはずなのに、彼女が防げなかった邪眼が効かないなんて……」

「ただ鈍いだけだよ。あの二人は、組み合わせとしては戦闘向きじゃなかった……特級と言っても判断ミスはする。俺たちも心して行こう」

「俺はあんた達のおかげでほとんど無傷だ、ありがとう。ここで階層主に攻撃されたってことはギルドに伝えておくよ。加勢が来てくれるかは分からないが……」

「――ひぇぇぇっ!」


 平静を取り戻した男が、そう話した直後だった――今度は別の方向から、悲鳴のような声が聞こえてくる。


「待ちなさいちょっと、こんなナメクジくらいで……っ」


 まず走ってきたのは――昨日、1層で助けた僧侶のリィズ。その後ろを追いかけてきたのは、顔をマスクで覆い、外套を羽織ってフードを被った剣士だった。


「「あっ……」」


 リィズと剣士の声が揃う。とりあえずリィズの方は知り合いということで、俺は軽く手を上げた。


「もしかして、階層主討伐で来たのか?」

「こ、こんにちは、ファレルさん、セティさん。あっ、そちらは新しい仲間の方ですか?」

「いや、彼は行きがかりで助けた。階層主の本体はまだ見てないが、分体に襲われたんだ。もうここは縄張りの中だが、大丈夫か?」

「『領土』の影響を防ぐお守りは持っていま……いえ、持っている。き、貴公はこれから、階層主の討伐に向かうのか?」


 声からして女性だが、人見知りでもするのか何かぎこちない――しかし、かなり腕が立つというはある。


「アールさん、急にどうしたんですか? そんなに畏まって……」

「私は畏まってなどいない。申し遅れたが、彼女の言う通り、私は冒険者のアールという。き、貴公の名前を聞かせてもらいたい……っ」


 なぜか振り絞るような声で名前を聞かれる――俺のようなしがない中級冒険者に、そんなに緊張することはないはずなのだが。


「俺はファレル・ブラックという。中級冒険者には不相応だと思うだろうが、階層主討伐の依頼を受けて来た」

「……ファレル……ブラック……」


 俺が名乗ったその名前を、女剣士が繰り返す――その声が、かすかに震えている。


「そして、彼はセティだ。俺とパーティを組んでいる」

「パーティ……貴公と……?」

「は、はい。まだパーティに入れていただいて間もないですが……ファレル様の家でお世話になってもいます」

「……お世話……お世話に……貴公とこの少年が、一緒に生活を?」

「ま、まあそうだが。俺たちのことは置いておいて、事は一刻を争う状態だ。この近くにある洞窟に、おそらく階層主がいる。一緒に来るか? リィズには、正直言ってまだ早いと思うが……」

「い、いえっ、決してお邪魔はしないので連れていってください、私、ヌメヌメしたものはまだ慣れてなくてっ、一人で帰れと言われたらどうすればいいか……」

「そうか……そういうことなら良いが、どうする? 合同で行くか、それとも分かれて行くか」


 アールはリィズとともに頷きを返す。セティも同行に異存はないようだ。


「じゃあ……改めて、よろしく頼む」


 右手を差し出すと、アールはそれを見てしばらく固まったあと、慌てて小手を外し、右手を伸ばしてくる――しかし。


「っ……」


 ちょん、と触れただけで引いてしまう。フードの奥の顔も真っ赤になっているように見える――男性が苦手とか、そういうこともあるのか。


「……ま、まだ私の力を見せていないし、握手は早い。全て終わった後にすべきだろう」

「わ、悪い……そうだな、一理ある。リィズもよろしくな」

「私は握手とかそういうことにはならないんですのね……ではセティさんと」

「よろしくお願いします、お二人とも」

「ははは……兄さんたち、恐ろしくつえぇのに普段はのんびりしてるんだな」


 ずっとその場にいた彼にも、妙な光景を見せてしまった――気を引き締め直して、階層主の潜むと思われる場所を探すとしよう。


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