第30話 魔獣の森

 大迷宮の入り口まで来ると、物々しい空気になっている――鳥竜を預かってくれた青年も困惑している様子だ。


 情報は少しでも欲しいので、青年に事情を聞いてみることにする。


「……階層主の件は聞いたか?」

「ええ、未帰還者が出てるってことで……階層主がここまで上がってくることはないですけど、やっぱり緊張はありますね。あまり強いのが出てくると1層にも影響は出ますし」

「大迷宮から出てきてないパーティも結構いるのか?」

「そうですね、帰還する経路で魔物の襲撃があったってことなんで。一部だけ逃げられたパーティの人たちも、仲間のかたが見つかるのを待ってますよ」


 そんなことを話しているうちに、神官と護衛団という構成のパーティが大迷宮に入っていく。一定範囲内の冒険者の遺体を回収する専門の魔法があり、それを使って遺体を回収しているのである。


 その労力の大きさと、回収の魔法を習得できる神官が希少であることから、教会での蘇生代金は非常に高額となる。


 神官たちの一行を見ていたセティに、ふと浮かんだ疑問を投げかける。


「『黎明の宝剣』には神官がいたな。神聖魔法を使えば不死者に対処できたはずだが……」

「彼女は自分が良しとしたときにしか魔法を使いません。神聖魔法を得るには神への祈りや奉仕が必要ですが、それをしている様子もなくて……」

「……なんとなく、何をやってるのかは想像がつく。神官が魔法の使用回数を増やすための裏技みたいなもんがあってな……まあ、法の上じゃ禁止されてるが」

「っ……あの人が、そんなことを……」

「そういう奴が過去にいたっていうことだ。その神官が協力してくれれば、もし回収されてない死者がいても街には戻せる……だが、期待しない方がいいだろうな」

「彼らは、他に目的があれば素通りをする……僕もそう思います」


 後から追いかけても『黎明の宝剣』の姿を見ることはないだろうが、もし彼らが想定しない事象があれば追いつくことはありうる。


 ほとんど一触即発の状態だが、とりあえずは行くしかない。俺たちは2層への最短経路を行き、魔物との戦闘を避けて進んだ。


   ◆◇◆


 2層に向かう『中央大斜面』を降りると、これまでとは異なる形の樹木が生えた森が広がっている。


 この区域には、樹木に隠れて幾つもの洞窟がある。魔物が掘ったもの、天然で存在していたもの――これらは数が多すぎて、まだ全てが探索されていない。


「ファレル様、魔物の気配がします。こちらを見ているみたいですね」

「ちょっと道を外れると魔物がいるからな。まあ、おとなしい奴なら襲ってはこない」


 冒険者たちが切り開き、形成された道。そのうちの一つが、北東に向かう道――これは、3層に向かう際にも通ることのある道だ。


 障害物を避けつつ、黙々と進んでいく。木の枝から垂れ下がっているロープだと思ったら蛇だった、なんてこともあるので気をつけなければ――セティが今まさに蛇に絡まれたが、噛まれることもなく生きたまま逃がす。


「よく蛇を慣らせるな……俺でも結構勇気がいるぞ」

「急に出てきたらびっくりしますが、そうでもなければ大丈夫です……ひゃぁっ!」


 今度はぼたっ、と何かが木の上から落ちてきた――ナメクジのような何かだ。無害な生き物なのでむんずと掴んで放り捨てる。食材として適するかどうかは寡聞にして知らない。


「……大丈夫か?」

「は、はい……っ、大丈夫です、ちょっと驚いただけなので」


 セティは俺に抱きついていたが、パッと離れて再び移動を始める。


 ――そして、俺たちは地響きのような音を聞く。セティが俺に目配せをして先に進んでいき、木の陰に隠れて音の主の姿を視界に入れる。


「……あいつか……!」


 黒い甲殻で全身が覆われた、四足獣の魔物。首の周囲にたてがみのように生えているのは、触手――それぞれが生き物のように動いている。


「あ、あんた達……頼む、俺たちの仲間を……っ」


 黒い魔獣に襲われたのか、傷ついた冒険者が助けを求めている――その視線の先にいるのは。


「チッ……道が寸断されてやがるのか。余計なことをしてくれたな」

「調査は済みました。報告には十分でしょう」


(ガディ……そして、あの神官……!)


 この先の道は、付近の木々が倒されて塞がれている――『黎明の宝剣』は何か理由があって、ガディと神官だけを別行動させたようだ。


「(っ……ファレル様、あの人が……っ!)」

「うわぁっ、あぁっ、い、嫌だっ、うぁぁぁぁっ……!!」


 魔獣の触手に絡め取られ、冒険者はまるで繭か何かに囚われたような姿に変わる。


 その姿を見てもガディは不快そうに眉をひそめるだけで、神官も何もしようとはしない。それどころか魔法の詠唱を始める――転移魔法の詠唱、しかし。


「っ……魔法が無効化されています」

「ったくよぉ……肝心な時に使えねえ……!」


 爆発的に筋肉を膨張させ、ガディは黒い魔獣に肉薄し、背負っていた戦斧を振り下ろす――しかし。


「なっ……ん……だ、こいつ……!」

「――ガディッ!」


 ガキン、と頭部の甲殻に刃が受け止められる。即座に魔獣から離れようとするガディだったが、鋭利な槍のように触手が姿を変え、その胸と脇腹を貫く。


「ぐぅぁっ……!!」


 吹き飛ばされながらも回転して姿勢を変え、地面を削りながらガディが止まる。


「仕方がありませんね。神よ、癒やしの慈悲を……」

「シーマ、待っ……!」


 ガディが警告した瞬間だった――標的を変えた魔獣が、その眼光をシーマに向ける。


「くぅっ……ま、まさか……麻痺の毒ではなく、邪眼……っ、あぁっ……!」


 ガディの怪力をものともしない装甲、高位の神官でも防げない邪眼。


 もし俺たちより先にグレッグたちがここに来ていたら――今は、それを想像するよりも。


「――セティ、行くぞ」

「はいっ!」


 初手は、触手に囚われた冒険者の救出。先に出たセティが火の吐息ブレスで魔獣を牽制し、合わせて駆け込みざまに大剣を振り下ろす。


「うぉぉぉぉっ!」


 魔力を帯びた剣は触手を寸断する――反撃の触手を紙一重で避け、セティは魔獣の胴体に斬撃を浴びせる。


「くっ……!」

「刃が通る場所を探せ! 装甲を削るのは無理だ!」

「はいっ……やぁぁぁっ!」


 セティは魔獣が前足で繰り出した薙ぎ払いを避け、カウンターで懐に入り、ショートソードを突き立てる。


 同時に俺に向けられたのは――邪眼。相対しただけでシーマという神官を麻痺させたその技に、俺は正面から向き合った。


「グォォォォァァァッ!!」


 俺の動きを止めたと確信して食らいつく魔獣――その生臭い息に辟易しながら、俺はのように大剣を使い、噛みつきを止めた。

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