第25話 薬草と蜂蜜

 俺はエール酒を二杯飲んだくらいだったが、クリムは少し飲みすぎたらしく、気がつくとテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。


「いやはや……いつもこんなに飲まねえんだが、クリムも立派になっちまったもんだ」

「うぅ~……今まで酔ったことなんて無かったのでぇ、これは酔ってるわけじゃないんですよぉ。ひっく」


 グレッグもオルセンも千鳥足なので、俺がクリムを背負って歩いている。セティは少ししか飲んでいないが酔ってはいるようで、微笑んでこっちを見るばかりだ。


「ファレルは飲んでも全く顔に出ぬのだな……もしかせずとも酒豪か」

「これくらいなら水みたいなもんだ。オルセンの宗派は酒を飲んでもいいのか?」

「ドワーフの信仰する神は酒を禁じておらぬ。我らにとってはそれこそ水と同じなのでな……はっはっはっ」

「爺さんはまだ飲み足りなそうだな。ファレル、悪いがクリムのことを頼めるか? お前の家はそんなに遠くなかったよな」

「そんな~、ファレルさんとセティに迷惑ですよぉ~。本音を言うと行きたいですけどぉ、うっ……」

「ちょっ……吐くなら言ってくれ、いったん降ろすからな」

「なんとか乗り切りましたぁ~。えへへ……ファレルさんのお家……」


 グレッグとオルセンは二人して夜の街に歩いていく――どうやら梯子はしごをするつもりらしい。今から水を差すのも悪いだろうか。


「ファレル様、クリムさんに早く休んでいただきましょう。その……危ないみたいですし」

「ほらクリム、年下のセティに心配されてるぞ。そんなことでいいのか」

「は~い、お姉さんで~す。セティのお姉さんなので、ファレルさんのお家の子になりま~す」

「これは駄目みたいだな……早くなんとかしないと」

「……クリムさんは、ファレル様のことを慕っていらっしゃるのですね。僕と同じです」


 同じというのは語弊があるが――と問答をしている場合でもない。またクリムが危機に陥らないうちに、渋々ながら家に運ぶことにした。


   ◆◇◆


 家にたどり着き、居間の明かりをつけて長椅子にクリムを寝かせる。無防備に寝息を立てている姿に嘆息しつつ、一つ瓶を持って貯蔵庫に入る。


 霧蜂の巣から少量の蜂蜜を瓶に入れる――全て蜂蜜を取り出すときは、専門の店に任せた方が良い。今は少量だけ使って、クリムが起きたときのためにハーブティを作る。


 ポットに水を入れて湯を沸かし、布の小袋に薬草の葉を入れて滲出させる。


「わぁ……いい香りです」

「さっき取ってきた薬草だが、葉の先の部分だけ使って茶を入れると、渋みもなくすっきりした味になる。これに蜂蜜を大さじ二杯入れて混ぜる」

「二杯……少し多くはないでしょうか?」

「霧蜂の蜂蜜は甘みがすっきりしてるんだ。だから多めに入れるとちょうど良くなる。柑橘を絞ったり乳を入れてもいいが、それはお好みだな」


 完成したお茶をカップに注ぎ、セティに勧める。セティはカップを手にとって香りを吸い込んだあと、口をつけた。


「んっ……あ……凄くほっとする味です。何だか、喉がすっきりもしますね」

「この薬草はヒールミントって言うんだが、傷薬を作る材料に使う以外にもいろいろ効能があるんだ。セティが言う通り喉が腫れた時に効くし、風邪を引いた時にも飲める」

「効能の中に、酔い醒ましもあるということですね。身体が火照っていたのが、少し引いてきた気がします」

「いや、蜂蜜と合わせると頭痛と吐き気止めに効くんだ。二日酔いに良いってことだな」

「そ、そうなんですね……ひっく。すみません、やっぱりすぐに酔いは醒めたりしないですね」

「酒を抜くには薬草蒸し風呂が効くらしいがな。セティも今度行ってみるか? 俺はまだ未体験なんだが」

「い、いえ。僕は、お家のお風呂の方が落ち着きます。でも、いつかは行ってみたいです」


 風呂の話をしていて思い出すが、クリムが寝ているうちに入ってしまってもいいだろうか――まったく起きる気配がないし、気分が悪そうというわけでもないので、いったん席を外しても大丈夫だろう。


   ◆◇◆


「ふぅ……」


 セティに一番風呂に入ってもらうつもりが、逆に勧められてしまった。


 桶に湯を汲んでかぶり、一日を振り返る。セティはいつも笑っていたように思う――人と話しながら探索するのは久しぶりだが、これほど充実して感じたことは久しくなかった。


 一人で生きていくと決めた俺が、誰かと一緒に家に戻り、こうして暮らしている。セティに会う前は、こんな変化は想像もすることができなかった。


「……変わるもんだな」

『っ……ファレル様、やっぱり入っては駄目……ですよね』


 独り言のつもりが、脱衣所から返事があった――不透明なガラスの向こうでも、申し訳なさそうにしているのが分かる。


「あ、ああ……そういえば、言ってたな。背中を流したいって」

『は、はい……すみません、騙しうちのようなことをしてしまって』


 どうやらセティは俺に先に入浴してもらい、静かに後から入ろうと考えていたらしい。


 いつもは控えめというか、奥ゆかしい性格なのに、大胆なことを考える。少年の頃の俺よりは、悪戯にもずっと可愛げがあるが。


「じゃあ、お願いするよ。せっかく来てくれたんだしな」

『っ……はいっ、せっかくなので……!』


 俺の言葉を繰り返すと、セティは戸を開けて浴室に入ってくる。


 濡れても大丈夫なようにということか、セティは上半身に白いシャツを羽織り、ズボンを膝上までまくりあげていた。


「……包帯はずっと巻いてるんだな。苦しくないか?」

「はい、大丈夫です。巻いていないと落ち着かないくらいです」


 上半身に巻かれた包帯は、身体の動きを阻害していないようなので、問題ないといえばそうだが――外した方が楽になるのでは、と思いはする。


「では、お背中を流させていただきます……っ」

「ははは……こちらこそ、よろしく頼む」


 セティはかしこまった態度で気合を入れると、布を泡立てて俺の背中を洗い始める。


「っ……く、くすぐったいな。もう少し力を入れてもいいぞ」

「これくらいで大丈夫ですか? 痛くありませんか?」

「ああ、ちょうどいい。なかなか上手いな」


 ゴシゴシと強めにこすられるくらいが良いので、それくらいで洗ってもらう――それにしてもセティは丁寧で、隅々まで洗ってくれている。


「手を出していただけますか?」

「そんなに丁寧にしなくてもいいんだぞ、セティが疲れてしまうからな」

「全然疲れたりしません。ファレル様の手は大きいです……この手で剣を握ったり、美味しいお料理を作ったりしているんですね……ありがとうございます」


 手に感謝を述べつつ洗われる――さすがにそれは照れるものがある。


「……セティ、包帯に泡がついてるぞ」

「っ……あ、ありがとうございます。すみません、お見苦しいところを」


 包帯は一重になっているところがあり、やはりその部分は濡れると肌の色が透ける――相対して手を洗ってもらっていると、どうしても目に入る。


 男同士なので問題はない。ないはずなのだが――セティの胸を覆う包帯が、動いた拍子にずれる。セティは咄嗟に腕で押さえ、顔が見る間に真っ赤になる。


「あっ……す、すみません。ちょっとずれてしまって」

「あ、ああいや……そろそろ大丈夫だから、上がってくれていいぞ」

「……いえ、もう少しだけ。ファレル様の髪を洗ってもいいですか?」

「い、いや、もう俺は……」

「駄目です。僕も洗っていただいたので、ファレル様のことも洗わせていただかないと……」


 酒が遅れて回ってくるという人もいるが、セティもそれに当たるのだろうか。結局髪を洗うことまで任せると、今日のところは満足してくれたようだった。


 俺はひとり湯船に浸かりながら、酔うとあんなふうになるのかと、明後日の方向で感心していた。

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