第26話 大きな服
風呂から出てくると、起きてきたクリムとセティが談笑していた。
「あっ、ファレルさん……ちょ、ちょっと、お風呂上がりっていつもそんな格好なんですか?」
「普通に服を着てるが……何か問題あるか?」
「い、いえ、全然そういうわけじゃ……分かってはいましたけど、鍛え方が凄いですよね、ファレルさんは。その、鎖骨とか……」
「どこを見てるんだ……」
寝る前なので軽装なのだが、クリムはまだ気分が高揚しているのか、俺の格好が気になるらしい。
「そ、そういえば……セティはさっきどこに行ってたの?」
「あっ……え、ええと……」
「俺の背中を流してくれてたんだ。迷宮探索してるときから言われていて……ど、どうしたセティ」
なぜかセティがこちらを見つめてくる――というか、これは一応睨んでいるのだろうか。俺に向ける眼力には限界があるらしく、小動物が威嚇しているかのようだが。
「セティもお年頃なので、お兄さんと一緒にお風呂っていうのは葛藤があるんですよ。いくら弟みたいなものだと言ってもですね、親しき仲に礼儀ありですよ?」
「なぜ俺が説教されているんだ……」
「い、いえ、違います、そうじゃなくて……今のは、僕の間違いです」
何というか誤魔化すのが下手だが、クリムの言うことも全く外れているわけではないということか。
「分かった、親しき仲にも礼儀ありだな。あまり家の中のことを言うもんじゃない」
「あー、いいですね。もう、二人は家族っていう感じで……」
「……家族……」
セティはそう呟くと、再び俺をじっと見る――今度は威嚇でもなく、ただ見ているだけ。
「っ……」
そして急に真っ赤になり、部屋の隅に逃げていってしまう。家族という響きが恥ずかしかったというなら、それは俺も同じだったりする。
「本当に初々しいですねぇ。本当のお兄さんと弟でも、こんなに仲良いのは珍しいですよ」
「あまりそっちの方面ではからかわないでくれ、セティが隅っこから戻ってこないだろ」
「あはは……あっ、そういえばお礼を忘れてました。ファレルさんのハーブティ、胸のむかむかとかが全部吹っ飛んじゃいました。すっきり爽快です♪」
「そいつは良かった。どうする? 家に帰るなら送っていくし、泊まっていっても構わないが」
「グレッグさんとおじいが酔い潰れてたら心配なので、探しに行こうかなと思ってたんですけど。二人も大人なので大丈夫ですよね、きっと」
「グレッグはともかく、オルセンはよほどのことがないと潰れないだろうな。酒に耐性があると言ってたから」
それにしても大事なパーティメンバーを、俺のようなおっさんに預けてもいいのか――と思いはするが、おそらく無害な生き物だと見られているのだろう。
クリムの方はさっきからこっちを見る視線が泳いでいる感じなので、何か上から着た方がいいのだろうか。筋肉質な男性なら、冒険者をやっていれば幾らでも見ているはずだが。
「クリム、風呂はどうする? さっき俺が入ってたから、湯は替えるか?」
「そんなそんな、入れるだけでも十分なので。お金がないときは沐浴だけのときもありますからね」
「では、準備をしておきますね。僕はクリムさんの後に入らせていただいて良いですか?」
「ああ、わかった」
セティは一礼して浴室に向かう。それを見ていたクリムは感心しきりで、にやにやとこちらを見てくる。
「……今度はなんだ?」
「いえ、本当にいい子だなと思って。『孤高のファレル』の心を開くだけはありますよね」
「一人で迷宮に潜ってる変人……の間違いだろう」
「そんなことないですよ、ファレルさんの腕を知ってる人はみんな、変わったところはあっても凄い人だって分かってますから。冒険者になる前は、何をしていたんだろうって」
「その話か。まあ、いつか話すかもしれないし、話さないかもしれないな」
「……前だったら、もっとはっきり『話せない』ってふうでしたよ?」
クリムが言う通り、俺の考え方は少し変化している。
自分の中の頑なだった部分が、セティと会ったことで溶けかけている。
「こうやって私を家に入れてくれることもありませんでしたよね。冒険者の心得を勉強したいっていうのは、本当のことなんですけど」
「そう言われても、俺はただの中級冒険者だからな」
「私だけじゃなくて、グレッグさんやおじいよりも経験がある冒険者ですよ」
確信を持ってクリムはそう言う。彼女も俺が深層に単独で潜っていることを知っているので、誤魔化しはきかない。
「……分かった、今度仕事に付き合う。それで勘弁してもらえるか?」
「いえ、そんなつもりじゃないんです。せっかくなので、思っていることを言っておこうかなと思っただけなので」
「まあ、けじめだよ。俺個人としてのな」
「それなら……もっと違うことをお願いするのは、有りだったりします?」
空気が変わる――クリムが席を立って、すぐ前まで来て見上げてくる。
「ファレルさんって、やっぱり自分で言っている年齢より、若く見えるというか……」
クリムがすっと俺の頬に手を伸ばしてくる。その意図が読めないが、このまま触れさせていいのか――と思ったところで。
脱衣所の扉が開く音がする。クリムはくすっと笑うと、手を引いて身体の後ろに隠した。
「じゃあ、お風呂借りちゃいますね」
「ああ、風呂にあるものは好きに使ってくれ」
クリムは軽い足取りで浴室に向かい、セティと何か話している。俺はテーブルに座り、少し気が抜けて頬杖をつく。
「ファレル様、お疲れ様です……何か、僕にできることはありませんか?」
「ん? ああいや、今は大丈夫だ。楽にしていてくれ」
「はい。いつでも、何でも申し付けてくださいね」
至れり尽くせりというセティの態度に、そんなにかしこまらなくていいと言いかけて、それすらも飲み込む。
「……何だか楽しいです、お客さんがいらっしゃっているというのは」
「まあ……そうだな。あいつはどうも、俺をからかうことに情熱を燃やしてるみたいなんだが」
「そんなことはありません、見ていれば分かります。クリムさんが、ファレル様をどれくらい慕っているのか」
「そこまでのことは何もしてないんだがな」
「してないつもりでも、している……というのが、ファレル様だと分かってきました」
何を言っても上手く返されてしまう――セティも、なかなか手強くなってきたものだ。
「……そういえばそのシャツ、俺のでは大きくないか?」
「っ……す、すみません、ファレル様の服をお借りして良いと聞いていたので……」
「まあおっさんのお古を着るよりも、新しい服を買った方がいいな。そうだよな、装備を整えて服を買ってないってのは片手落ちだった」
当然のことを言ったつもりが、セティは複雑そうな反応だ。
そして余っている袖から手を出しつつ、控えめに身構える仕草をする。
「……ファレル様の服は大きくて、着ていると安心します」
「そ、そうか……でもぶかぶかすぎるしな」
「は、はい……すみません、変なことを言って」
「まあ、たまに止むを得ず俺のを着るくらいならいいぞ。一緒に住んでるんならそういうこともあるしな」
「っ……そうですね、止むを得ず……ありがとうございます、ファレル様」
彼の純朴さを見ていると、俺は気を回しすぎなのかもしれないと思ったりはする。
しかし、その後クリムが着替えとして出された俺の服を着て出てきて、やはり泊まり客用に着替えは別に用意しておくべきだという結論に至った。
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