第24話 依頼完了

 『天駆ける翼馬亭』に戻り、受付に向かう。イレーヌは他の冒険者に対応していたが、ちょうど話が終わったところだった。別室に案内され、テーブルを挟んで着席する。


「お疲れ様です、お二人とも。無事に戻られて何よりです」

「ああ、お疲れ様。預かった依頼だが、薬草採取と宵闇草の採取、飛び茸の採取をこなしてきた」

「今日一日で三つも……やっぱりファレルさんは凄いですね。セティさんもお疲れさまです、迷宮はいかがでしたか?」

「魔物と戦ったりもしましたが、楽しかったです……あっ、お仕事なのにそういう言い方をしては駄目ですよね」

「楽しむのは悪いことじゃない。そうじゃないと続かないしな」


 迷宮に対して苦手意識を持つこともなく、セティはよく動いていた。判断力も優れているし、俺よりも視界が広いというか、俺が気づかないものを見つける力がある。


「ファレルさんも嬉しそうです。セティさんとの探索は、それくらい楽しかったんですね」

「ん……ま、まあな。途中でグレッグたちに会ったりもしたし、色々あったが」

「お三方ともに無事で戻っていらっしゃいました。ファレルさんは救助活動を行っていますので、勲章が授与されますよ。すでにかなりの数になりますよね」

「迷宮に入ると色々あるしな」

「特級冒険者でもこれほど救助勲章を持っている方はいないですよ。授与数を発表すると騒ぎになるので、ファレルさんのお願いで伏せているんです」


 途中からイレーヌはセティの方を向いて話す――キラキラとした目を向けてくるセティを、照れが出てしまって見られない。


「これで『中級』に留まっているなんて……と、そういうことを言うとファレルさんを他のギルドに逃してしまうかもしれませんから、言わぬが花としておきます」

「全部言ってる気がするが……最近は結構攻めてくるな」

「ファレルさんの腕前を一番よく知っているのは、間違いなく私ですから」


 自分のことのように誇らしげにするイレーヌ。それを見て、セティが何か言いたげにしている。


「どうした、セティ」

「あ、あの……ファレル様とイレーヌさんは、どのようなご関係なのでしょうか」

「っ……げほっ、ごほっ。いや、普通に仕事上の付き合いというか……」

「前任者から引き継いで、もう二年になりますでしょうか。ファレルさんはこのギルドの影のエースとも言える人で、難しい仕事は彼に任せろと、その前任者の方もおっしゃっていたんです」

「そんなこと言ってたのか……全く、食えない人だ」


 イレーヌの前任で受付をしていた女性はかなりのやり手で、二年前に別の街のギルドに転属となっている。『天駆ける翼馬亭』は他の街にも支部があって、そこの副支部長として移った形――つまりは栄転だ。


「セティさんを助けに行ってくださったときも、中級冒険者では本来依頼されない深層の依頼を受けて行かれたんですよ」

「そうだったんですね……ファレル様らしいです」


 あくまで仕事のついでという体で彼を助けた――まだ短い付き合いだが、セティはそれを察してしまったようだ。


「そういう人ですから、ファレルさんのことを一度知った方は、皆さん一目置かれているんですよ」

「そんな大層なもんじゃない。まあグレッグたちが無事で良かった。依頼のほうだが、報酬の精算を頼めるか?」

「はい、それでは確認させていただきますね」


 薬草1本で銅貨2枚になるが、20本集めたうちの15本を納品する。


 飛び茸は相場が上がっていて1本銅貨4枚、合計10本買い取られた。これも15本取ってきてあるので、余った分は家の貯蔵庫に入れる予定だ。


「宵闇草は綺麗な花をつけるので、私も好きです。夜になると淡く光るのもロマンチックですね」


 宵闇草の蕾は22本取ってきたが、納品数は8本だったので、リィズに渡した分を除くと6本残った。


 俺に花を飾る趣味はないので、薬の材料としてメネアさんに売ってもいいか――と思ったが。


「…………」


 無言でセティがこちらを見てくる。今の会話の流れでそういう反応をするということは、宵闇草の花がどんなものか気になるのかもしれない。


「……家に帰ったら、宵闇草の花を見てみるか?」

「っ……あ、ありがとうございます。すみません、我儘を言ってしまって」


 何も言われていないが、あんなふうに見られては鈍い俺でも察せようというものだ。


「セティさんは今回複数の条件を達成されましたが、昇格試験を受けるには、階層主の討伐に参加することが残りの条件になります」

「ああ、分かった。1層の階層主で、やりやすい奴を選んでみるよ」

「階層主……ですか?」

「魔物の親玉みたいなやつで、一つの階層に複数いる。準備をして挑めばそこまで強敵じゃない……そして、中には珍しい食材が採れるやつもいる」

「ああっ……ファ、ファレル様。また魔物食材なんて、そんな危ないものを……いくら美味しくても、本当に気をつけた方が良いですよ?」


 イレーヌも迷宮の食材に興味はあるようなのだが、まだ振る舞ったことはない。


「ファレル様が作るお料理はとても美味しいので、イレーヌさんも食べてみたらお気持ちが変わられるかもしれません」

「ははは……まあ、無理強いはしないのが粋ってもんだ」

「セティさんも召し上がるのなら、私も……い、いえ。ファレルさんのお家にお伺いしたら、おじゃま虫になってしまいますし」

「そんなこともないけどな」

「はい、やっぱり私は……えっ?」


 俺がどう反応するかを予想していなかったのか、イレーヌは目を丸くしている――セティがいると客を招いても二人きりにならないと思っただけだが、驚きすぎではないだろうか。


「で、では。機会がありましたら、ぜひ……」

「わぁ、良かったです! 絶対絶対美味しいですから、きっとびっくりしますよ」


 セティがいると、今までにできた周囲との関係にも変化が生じる。それは決して悪いことではないはずだ――なんて、真剣に考えすぎているか。


 報告を終えてイレーヌと別れ、ギルドを出るまでに、ホールで見知った人々の姿を見つける。


「おっ、ファレル! 会えると思って待ってたぜ!」

「ファレルさん、さっきはありがとうございました! 不肖クリム、今日は潰れるまでご一緒させていただきます!」

「今日のうちに会えて良かった。ファレル、そしてセティ殿。改めて礼を言うぞ」


 グレッグ、クリム、オルセンの三人がこちらにやってくる。三人ともすでに酒が入っているのか、顔を赤くしつつも上機嫌だ。


 家に帰ってやることは色々とあるが、軽く飲んでからでも悪くはない。セティを見やると、やはり何も言わずとも察してくれて、笑顔で頷きを返してくれた。



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