第23話 光る果実

 麻痺に効果のあるハーブを見つけ、その葉を痺れている二人に噛んでもらう――あとは効いてくるのを待つだけだ。


「ありがとよ……ここらの小鬼ゴブリンが、雷であんなことになるとは……」

「は、はひ……びっくりしました、本当にもう駄目かと……」

「俺も前に一度見たきりだが、迷宮内では雷の力で強くなるやつがいる。落雷のあとは気をつけた方がいい」


 二人は木にもたれかかって休んでいる。セティはというと――少し離れたところで、上のほうを見上げていた。


「どうした? 何か見つけたのか」

「この木に、変わった果実がっているんです」


 セティが指差す先を見ると、見上げるほど高い木の枝に光る実が生っている。


「……俺もあんなふうに光るのは見たことがないな。いつもはただの酸っぱい実が生るんだが」

「ファレル様、あの実を取ってきていいですか?」

「あ、ああ。念のために、小手をつけて取ってみてくれ。革の小手ならある程度防護効果があるから」


 指示通りに小手をつけると、セティはするすると木を登り、光る実を取って降りてきた。


「凄い……ずっと光っているようなら、このまま明かりに使えそうですね」

「危険がないかどうか、とりあえず鑑定してもらったほうが良さそうだな」


 落雷のあとに見つかったことから、雷と何か関係があるような気もするが――覚悟して素手で触れてみても何も起こらない。ただ、並々ならぬ力が宿っているような感じはする。


 光る実を革袋に入れて収納具ザックにしまうと、二人の麻痺が解けており、僧侶の少女が回復魔法をかけていた。


「ああ、面目ねえ。こんな綺麗に傷が塞がっちまうんだな」

「ありがとうございました、助けていただいて。そちらのお兄さまがたにも、ぜひお礼を……」

「それはいいが、一人でここに来たのか? 僧侶一人で迷宮に行くなんて、よくギルドが許可を出したな」

「そ、それは……その、事情がありまして。さっきみたいに急に魔物が強くなったりしなければ、私一人でも大丈夫だったんですよ?」


 少女は変わった形の棍棒を握って言う――前にも見たことがあるが、格闘戦で使う特殊な形の棍棒だ。


「金属製の棍棒なので、相手に触ると痺れてしまいまして……」

「あんた達、二人ともとんでもなく腕が立つんだな。兄さんの剣技は並大抵の筋力じゃできねえ芸当だったし、あんたの方は魔法剣士か? 火球を放ったあとの身のこなしは電光石火ってやつだったな」

「い、いえ……その、僕は大したことは……全部ファレル様のおかげです」

「いや、セティのおかげだ」

「ふふっ……お二人とも、とても仲が良いんですね。まるできょうだいみたいです」


 兄弟というには歳が離れすぎている、と言っている場合でもない――セティはというと、顔を赤くして黙ってしまう。それはどういう反応なのだろう。


「――おーい、生きてるか!」

「おおっ……お前ら、来てくれたか! あれが俺のパーティの仲間だ」

「合流できて良かったな。仲間によろしく言っておいてくれ」


 彼を追いていってしまったからか、多少申し訳なさそうな顔をしながら、四人の冒険者がこちらに向かってきている。今回のことで関係が悪化したということもなさそうだ。


「また街で見かけたら礼をさせてくれ。あんたはどのギルドを贔屓にしてる?」


 『天駆ける翼馬亭』だと答えると、男は頭を下げてから仲間のもとに走っていった。


「さて……あんたはどうする? 俺たちは、今日のところは引き上げようと思うが」

「できればわたくしもご一緒させていただければ……ああっ、いえ、もしご迷惑なら……」

「こっちは全然構わない。セティはどうだ?」

「もちろん大丈夫です。ファレル様が今おっしゃいましたが、僕はセティです」

「私はリィズと言います。ファレルさん、セティさん、先程は本当にありがとうございました」


 リィズは帽子が落ちないように押さえたままで頭を下げる。セティもそれに応じている――なんとも平和な光景だ。


「お二人にも回復の魔法を……と思いましたが、すみません、今日使える回数は使いきっていましたわ」


 僧侶の魔法は神の恩恵であり、一日に使える回数は限られている。魔法使いの魔法は魔力がある限り使えるので、それが大きな違いだ。


「何か依頼を受けて来たのか?」

「はい、宿賃を稼がないといけませんので……でも、この依頼札に書いてあるものは見つかりませんでした」

「あっ……この花なら、余分に取ってきています。ファレル様、おすそ分けしても大丈夫ですか?」

「ああっ……これが『宵闇草』ですのね。もう少しで私も沼地に着くところだったのですが……」

「じゃあ、あんたも必要な数だけ持っていくといい」

「っ……そ、そんな。助けていただいたばかりか、そのようなことまで……だ、ダメですわ。そんなことをしたら、恩が返せないくらい大きくなってしまいます」


 遠慮するリィズを前に、俺は革袋に宵闇草を必要な数だけ取り分け、セティに渡す。


「……どうぞ」

「ああっ……ど、どうしてそんなにあなた方は、初対面の私に優しくできるんですのっ」

「まあ、また俺たちが困った時に助けてくれればいい。これから冒険者として頑張っていくつもりなんだろ?」


 リィズの瞳が揺れる。やがて彼女はセティの差し出した袋を受け取り、目元を拭った。


「……人の情けというものが身に沁みますわ。貸したままでいられると思ったら大間違いですからね」

「ああ、覚えておくよ。ほどほどに期待しつつな」


 そう言いはするが、あくまでもほどほどだ。見返りを期待するようなことじゃない。


   ◆◇◆


 迷宮の入り口まで戻ってきたあと、街に行くための鳥竜を借りたところで俺たちはリィズと別れることになった。


 先に走っていくリィズの姿を見送りつつ、俺の隣にセティが鳥竜を寄せて並走する。


「元気な方でしたね。あの棍棒をどんなふうに使われるのか、見てみたかったです」

「街には訓練場もあるし、機会があれば手合わせしてみるのもいいかもな」

「……そ、それなら……ファレル様に稽古をつけていただきたいですっ」

「……それだ。さっき、魔法剣士かって言われてたよな。セティには向いてる職業かもしれない」

「そ、そうでしょうか……魔法剣士……」

「職業は変えられるから、訓練場で適性を見てとりあえずやってみるといい。ちなみに俺はただの剣士だ」

「そうなんですか? でも、ファレル様は……」


 剣士でも魔力を扱うことはできる――だが、俺の技がその範囲のものではないというのは、見る人間が見れば分かってしまう。


「……ファレル様の剣は、僕が見た中で一番力強い、勇者の剣です」

「っ……そ、そうか……それは、買いかぶりすぎだな」


 セティはそれ以上何も言わなかった。ただ、その横顔は微笑んだまま。


 鳥竜は走り続ける。日が落ちる中で、俺たちはエルバトスの西門に辿り着いた。



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