第22話 雷の影響

 依頼札の一つに『一層東側で飛び茸を十個集める』というものがあったので、岩窟の奥で採取する。


 採ろうとするといきなり矢のような勢いで飛び出してくる危険な茸だが、ある程度反射神経があれば掴んで止められる。


「はっ……!」


 掛け声とともにセティが茸をキャッチしている。目が片方しか使えないセティには危険だと言ったのだが、俺がやっているのを見てできそうだと言うので、任せてみたら全く危なげなかった。


「この茸は何に使うんでしょう?」

「そのまま焼いても煮込んでも旨い。セティは茸を食べたことはあるか?」

「ええと……昔閉じ込められていたときに、牢屋の中に茸が生えていて、それを食べたことがあります。味はあまりしませんでした」


 そういうこともあるかもしれない、という想像力が足りていなかった。ずっと奴隷として扱われてきたセティに、昔を思い出させることを聞くのは配慮が欠けている。


「あ……大丈夫です、平気です。拘束具をつけられていたことが幸いして、覚えていることはぼんやりしているので」

「そうか……済まない、気を遣わせてるよな」

「いえ、ファレル様が本当に心配してくださっているのが分かるので……いけないことだとは思いますが、それが嬉しいっていう気持ちの方が大きいです」


 咎めることをせず、ただ全て肯定してくれる。あんな目に遭って、それでもセティは穏やかさを失わずにいる。


「僕はファレル様と一緒に食べるのなら、この茸もとても美味しく感じると思います。だから、楽しみです」

「羽根が生えてる茸なんて食べられるか、って奴も結構いるぞ。瘴気抜きも要るしな」

「はい、それでも楽しみです。もしファレル様がお料理を失敗することがあっても、それでも僕は食べたいです」


 何でもいいのか、とつい言ってしまいそうになるが、そうではないと良く分かっている。


「知らない食材に関しては、やはりチャレンジになるところはあるからな。俺が先に毒味をするから、その後に続いてくれ」

「……僕が先に味見をするのが良いと思いますけど、ファレル様がそうおっしゃるのなら」

「あまりいい子すぎると、俺の立つ瀬が無くなるからな。たまには我儘を言ったりもしてみてくれ」


 冗談のつもりで言ってみたが、セティは真剣に考えてくれている――そして。


「……で、では。お家に戻ったら、お風呂でファレル様のお背中をお流ししたいです」

「……それは我儘とは言わないんじゃないか?」

「僕にとっては、それが今一番の我儘なんです」


 家に来た初日、俺がセティの背中を流したからということか。まあ二人で風呂に入った方が時間の節約にはなるが、こんなおっさんとでは狭くないだろうか。


「ファレル様、外は雨が止んだみたいです」

「そうだな。依頼札もあと一つだし、それをこなしたら街に戻るか」


 さっき逃したバウンドラビットの仲間は、俺たちを見かけても攻撃してこない。笑顔で手を振るセティを横目に、岩窟を後にした。


   ◆◇◆


 ――だが、外に出た途端。遠くから、またも誰かの悲鳴が聞こえてくる。


「ファレル様、他のパーティが襲われているみたいです……っ!」

「……さっきの雷が原因か。初級くらいではかなり厳しいことになってるはずだ」


 雷が落ちたときのセティの反応を見ると、おそらくに行って戦うことになる相手は難敵になる。


 だが、放っておくという選択はない。皆まで言わなくても、セティも俺も走り出していた。


 森の中を悲鳴が聞こえた方向に走り、俺たちはそれを見た――雷を帯びて全身が発光した小鬼たちの姿を。


「きゃぁぁっ……わ、わたしは美味しくありませんっ……!」

「こ、こいつら……なんで雷の、攻撃なんかっ……あががががっ!」


 迷宮の落雷は、時に一部の魔物を活性化させる。沼の北側に住み着いている小鬼たちは、雷を浴びると一時的に狂騒状態となり、普段狙わない格上の相手にも襲いかかる。


「ギシャァァァッ!」

「ギィッ、ギィッ!」

「来ないで……っ、駄目……あぁぁっ……!!」


 雷を帯びたボロボロの短剣を振りかざし、女性の冒険者に攻撃を仕掛ける鬼たち――この距離では間に割り込めない。


「――喰らえっ!」

「ギャフッ……!」

「ギヘェッ……!」


 投石で二匹の小鬼を牽制する――つもりが、命中した時点で仕留められた。触れるだけで痺れてしまうのなら、触れなければいい。だが、後衛の僧侶は一度距離を詰められてしまうと離れるのは難しくなる。


「に、逃げろ、お嬢さん……っ、うぐぁっ……!」


 同じパーティなのか、それとも通りすがりか。男の戦士が小鬼に立ち向かうが、麻痺した手では武器は握れず、小鬼たちの斬撃を受ける。


「あ……あぁ……っ、神様かみさまかみさま……っ」

「くそっ……数が多い……上にっ……!」

「そこを通してください……っ!」

「――シャァァァッ!」


 まだ小鬼は十体ほどもいて、俺とセティを足止めしてくる――セティは触れるわけにもいかず攻撃を避けて火の吐息ブレスを放つが、小鬼の放った雷球で相殺される。


(ゴブリンシャーマン……群れでの戦いに慣れている……!)


 雷を帯びた小鬼は、ただでさえ動きが通常より速くなる――詠唱の速度も。


「――セティ!」


 セティがもう一度吐息を吐く前に、シャーマンが詠唱を終える。


「はぁぁぁっ!」


 しかし、セティはそれを読んでいた――火を吐こうとしたのは引っ掛けで、雷球を回避して地面を蹴り、ゴブリンシャーマンに斬撃を浴びせる。


「負けてられないな……来いっ!」

「「「ギギィーッッ!」」」


 残りの小鬼が俺に向かってくる――ただの戦士と見て、近接攻撃による反撃ができないと判断したのだろう。


 だが、それは大きな間違いだ。俺は魔力を剣に集中し、渾身の力で地面に突き刺す。


「おぉぉらぁぁっっ!!」

『ンギォォォッ……!!?』


 地面が砕け、爆ぜた土塊が小鬼たちに命中する。そんな攻撃があると思ってはいなかったのか、命中を免れた小鬼たちは一歩、二歩と後ずさる。


「……まだやるか?」

「「ギヒィッ……!」」


 悲鳴のような声を上げて小鬼たちが逃げていく――そのうちに彼らが帯びていた雷の力も消える。


「……あ、あんた……変人のファレルさん……」

「変人は余計だ。災難だったな」

「へへ……俺のことはいいから、そこのお嬢さんを……俺の仲間は、先に逃げておそらく無事だ……」


 全滅を避けるために逃げるしかないというのはある――この男だけは、小鬼の襲撃に居合わせてしまった人を見逃せなかったのだろう。


「もう大丈夫ですよ、魔物はいなくなりましたから」

「……ま、待って……くらはい……しびれれ……」


 小鬼の攻撃を受けてしまったのか、僧侶の女性――少女というべき年齢か――は痺れて呂律が回らなくなっている。


 痺れを抜く薬草は森の中でも採れるはずだ。ひとまず怪我人の二人を安全なところに避難させて、応急手当をしなくては。


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